早実のエース斉藤投手の目に涙が溢れた。
試合中はどんなにピンチでも顔色一つ変えなかった斉藤くんが、優勝が決まって、アルプススタンドに駆け寄る瞬間、喜びと感動で溢れてくる涙を何度もぬぐった。
4連投しながら、投げる球に全く衰えを見せず、・・最後までスピードもコントロールも衰えず投げ抜いた今大会屈指のピッチャー斉藤君が今日のヒーローといえよう。
9回表、最後のバッターボックスは、苫小牧のエース田中君・・・ファウルで粘る田中君をみごと三振に・・その瞬間、早実の夏の初優勝は決まった!!
大先輩の王監督もなしえなかった夏の高校野球の覇者となった早実ナインは、深紅の大優勝旗を掲げ閉会式のあとグラウンドを一周、選手たちは優勝の偉業をなしとげた喜びの笑顔に溢れていた。
惜しくも敗れた駒大苫小牧の選手たちにも観客から惜しみない拍手が送られた。
早稲田実 - 駒大苫小牧
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
駒大苫小牧 0 0 0 0 0 1 0 0 2 3
早稲田実 1 1 0 0 0 1 1 0 X 4
<高校野球>早実、悲願の初優勝 駒大苫小牧3連覇成らず
2006年8月21日(月) 15時5分
第88回全国高校野球選手権大会の37年ぶりとなる決勝再試合は21日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で行われ、早稲田実(西東京)が4-3で駒大苫小牧(南北海道)を降し初優勝を飾った。駒大苫小牧は、戦前の中京商(現・中京大中京)以来73年ぶり2校目の3連覇を目指したが果たせなかった。
[試合経過]
駒大苫小牧はエース田中ではなく、3試合連続で、2年生の菊地を先発のマウンドに送った。早稲田実は4日連投となるエース斎藤が先発した。
早稲田実・斎藤は一回表、速球、変化球を低めに集め、駒大苫小牧の三谷を遊ゴロ、三木を左飛、中沢を空振り三振に仕留め、上々の滑り出しを見せた。
その裏、早稲田実は小柳の二塁内野安打などで、2死一、三塁とし、船橋が中前適時打で1点を先制。駒大苫小牧はここでエース田中を投入、最少失点に抑えた。
早稲田実は二回、四球の内藤が白川の送りバントで二進。2死後、川西が田中の速球を流し、痛烈な左翼線二塁打。1点を加えた。
駒大苫小牧は四回2死から、中沢がチーム初ヒット。しかし、続く本間篤が倒れ、無得点。
駒大苫小牧は五回、岡川、山口の安打で2死一、二塁としたが、小林は斎藤の鋭いスライダーに三振を喫した。
斎藤は五回まで被安打3で7奪三振。駒大苫小牧・田中もスライダーがさえて三、四、五回は無失点に抑えた。
駒大苫小牧は六回に反撃した。先頭の三谷が、斎藤の低めスライダーを振り抜き、左中間本塁打。1点を返した。
早稲田実も六回、2死から内藤が四球を選び、白川が左翼フェンス直撃の二塁打を放って、再び2点差とした。
早稲田実は七回、死球の川西を小柳がバントで送って、2死後、後藤が左前適時打。点差を3とした。
駒大苫小牧は九回、三木が左前打で出塁。続く中沢が中越えに2点本塁打を放ち、1点差。しかし斎藤が踏ん張って早稲田実が逃げ切り、夏の初優勝を果たした。駒大苫小牧はあと一歩で夏3連覇を逃した。
[ 毎日新聞 8月21日 15時18分 更新 ]
早稲田実が初優勝=37年ぶり決勝再試合制す-駒苫の3連覇成らず・全国高校野球
2006年8月21日(月) 15時31分
第88回全国高校野球選手権大会最終日は21日、兵庫県西宮市の甲子園球場で37年ぶりとなった決勝再試合が行われ、早稲田実(西東京)が3連覇を狙った駒大苫小牧(南北海道)を4-3で破り、27度目の出場で初優勝を果たした。
同校は「春の甲子園」で知られる選抜大会では、プロ野球ソフトバンクの王貞治監督が投手として出場した1957年の29回大会で優勝している。東京代表の選手権大会優勝は2001年の日大三(西東京)以来6度目(5校目)。
駒大苫小牧は31~33年の中京商(愛知=現中京大中京)以来73年ぶり史上2校目の快挙は成らなかった。
早稲田実は1回に船橋悠選手の適時打で先制し、その後も小刻みに加点。4日連続先発の斎藤佑樹投手が2本塁打を浴びたが、逃げ切った。
両校の決勝戦は20日に行われたが、1-1のまま延長15回で決着せず引き分け。大会規定により、69年の松山商(愛媛)-三沢(青森)以来2度目の決勝再試合となった。
[ 時事通信 8月21日 16時0分 更新 ]
早実の斎藤 群馬の故郷離れ、東京で兄と2人暮らし
2006年08月21日
9回表、1点差に詰め寄られてから、甲子園には大歓声が響き続けた。早稲田実のエース、斎藤佑樹君が投げる。5万人が息をのみ、一瞬、歓声が弱まった。空振り三振。ゲームセット。体を震わすような、一段と大きな歓声と拍手が球場にとどろいた。
優勝を決め喜ぶ、斎藤投手(手前)ら早稲田実の選手たち=21日午後、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で
優勝を決め、マウンド付近で喜ぶ早稲田実の選手たち=21日午後、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で
選手たちが一斉にマウンドに駆け寄った。みんな叫んだ。斎藤君を中心に、高々と腕を突き上げ、勝利の喜びを爆発させた。
普段は、ピンチでも、三振をとっても、表情を変えず「クール」と呼ばれたエースが泣いた。その肩を、背中を、仲間たちがたたき続けた。
アルプス席でも、野球部員たちが両手の白いメガホンを突き上げ、雄たけびを上げた。チアリーダーは涙でくしゃくしゃになった顔をポンポンでおおった。「よくやった」「いいぞ早稲田!」。応援席から選手たちに声がとんだ。
前夜の宿舎。和泉実監督は、斎藤君を先発させるつもりはなかった。「肩がぶっ壊れちゃうんじゃないか」。斎藤君のはり師は「いや、投げられる」。朝、本人も「大丈夫です」と言った。戦う姿勢を見せられ、和泉監督も腹を決めた。
1回表、相手打線を三者凡退にとる上々の滑り出しに、斎藤君の母のしづ子さん(46)は「抑えてくれたけど、ハラハラです」。試合前、炎天下での応援を気遣う息子から「今日は試合を早く決めるから」というメールが届いていた。
1回裏、無死一塁で盗塁が失敗。和泉監督は試合後、「選手たちに『こうやって戦うんだ』という姿勢を伝えたかった」。
この日も斎藤君の低めの球を捕手の白川英聖君は再三、体で止め、後ろにそらさなかった。昨年5月までは投手だった。肩の良さを買われて捕手に。最初は斎藤君のワンバウンドする鋭いスライダーはもちろん、直球もうまく捕れなかった。OBに教わり、捕れなくても胸を張り出して球を止めることを覚えた。この夏、捕逸は0。打ってもこの日、2安打を放った。
主将の後藤貴司君は5回表、無死一塁で、三遊間のヒット性の当たりを好捕した。「守りで斎藤をもりたてないと、と思っていた」
斎藤君は、4日で計553球を投げきった。今大会通算では948球。アルプススタンドから見つめていた斎藤君の兄で大学生の聡仁さん(21)は、えんじ色のタオルに顔をうずめた。群馬県の故郷を離れ、東京で斎藤君と2人暮らしを続けてきた。「弟の苦労を一番近くで見てきたから……。お疲れ様でした、と言いたい」。あとは涙で続かなかった。