よく晴れた初秋の日曜の午後、休暇をとってJR湘南ラインに乗ると横浜から池袋までは意外と近いことを実感する。“ペルシャから東西へ、シルクロードを行く弦の旅”という副題がつけられた、ウード・リュート・19世紀ギター・筑前琵琶とうたが共演する音楽会シリーズ「月の沙漠コンサート」を聴きにいってきた。
会場となっている自由学園明日館講堂は、遠藤新の設計により1927年(昭和2年)に竣工した重要文化財の建物で、通りを挟んだ向かいにはその遠藤と師匠のF.L.ライトの共同設計による、やはり重要文化財の明日館本館(1921年=大正10年の一次竣工)が池袋の高層ビルを背景に芝生広場を囲んで両翼を拡げるかのようにたたずんでいる。この二つの建物(さらに同時期に竣工した旧帝国ホテル新館=正面玄関部分を明治村に移設)はそのなりたちからして兄弟のようなもの、簡素でありながら調和がとれていて意匠的にも美しく、学園の建学精神である“簡素な生活、高き理想”を現しているかのよう。そこを会場としたサロンコンサートのような音楽会であれば、それだけでもって期待感でワクワクしてくる。
何度か訪れたことはあるものの、会場内に足を踏み入れると教会堂のようなすこし崇高な雰囲気を感じてしまう。舞台の両側大谷石のプロセニアムの存在感、傾斜のある天上、中央部分が平土間の椅子席、両脇が高土間席で二階席も含めて300席ほどの客席はほぼ満席の様子。少し考えて舞台に向かって上手側高土間の舞台全体がちょうどほどよく見渡せる位置に座ることにした。長椅子席に落ち着くと窓から見渡せる建物周囲の樹木の葉が、午後の陽だまりの中で風にやさしくそよいでいるのが目に映ってきて、ゆったりとした気分になる。この建物空間に独特の抱擁力とおおらかさが感じられるのは、来年竣工後88年米寿を迎えるからなのだろうか。
音楽会前半は、まずはウードの調べから。ウードはアラビアンナイトにも登場する中近東の民族弦楽器で、大きなイチジクの実のような本体に太めのネックがつき、ギターやリュートなどの源流となったという優美な響き。今回のものは11弦が張られていて、フロント面には太陽と月を模した飾り模様が美しい。トルコの古典器楽曲をふたつ続けて聴く。
続いて登場のリュートは、形態がほぼウードと同じ、でもその響きはもう少し西洋的に洗練されてかつ繊細な感じがする。カノンで知られるJ.パッヘルベル(1653-1706)の組曲で、タイトルすべてに「恋人」がついているロマンチックなバロック曲。
前半の最後は、19世紀ギターの伴奏でF.シューベルト(1797-1828)の歌曲を大城みほさんのソプラノで聴く。モダンギターよりも小ぶりで素朴かつ温かみのある響きが、大城さんの澄んでささやくような歌い方にもよく合う。うっとり聴いているうちになんだか首筋が暖かく感じられ、ああ音楽のせいかしらと思ったら、午後の傾き始めた初秋の陽光が差し込んできたためでした!
後半の最初は、窓にブラインドが下ろされて舞台に照明が当てられ、ウードの伴奏で童謡「月の沙漠」から始まる。大正12年(1923)つまり、関東大地震の年に発表されたこの童謡は、房総御宿海岸の砂浜の情景からから着想を得たものだそうで、アラブとオリエンタルの世界が混じったなんとも懐かしく不思議な印象の曲調だ。あらためてウードの調べにこの歌詞を聴くと、月のひんやりとした光のもと沙漠をしずしずと進んで行く二頭の駱駝に乗った王子とお姫さまを描いたアンリー・ルソーの絵画のような静謐な情景が浮かぶ。内陸の砂漠ではなく、あくまでも海岸沿いに拡がる“沙漠”の風景。日本には駱駝はいないはずだが、シルクロードから大陸を隔てて空想の世界で東洋の果ての日本とつながった情景なのだろうか?
ふたたび、ウードによるソロがあり、次はいささか振幅の幅が大きい感はするけれど、歴史的にはアラブ民族弦楽器をルーツとして“縁(えにし)の糸”のつながりで結ばれた筑前琵琶の登場で、平家物語の語りを聴く。そしてウードとソプラノでアラブ歌曲が歌われ、盛りだくさんの舞台の最後はすべての縁の糸=弦楽器が登場しての合奏とうたでフィナーレ。
すこし涼しくなり始めた帰り道、JR山手線沿いを目白駅を目指して歩く。道中、“縁の糸”か、そういえば、竹内まりやの新アルバム「TRAD」最初の曲は、まさしく「縁(えにし)の糸」だったな、なんて思いながら駅前までくると、学習院正門の向かい側、かつての「コマース」という商業ビル跡に、駅舎横のJR系列ホテル「メッツ目白」とはいい並び感で、新しいレンガ外壁のシックな四階建てビルがほぼ完成して外観が望めるようになっていた。何気なくビル名を見るとなんと!「TRAD MEJIRO」と書かれていて、そのあまりの偶然にオープニングテーマ曲?としてどうかしらと思ってみたりして。
帰ってからこの商業施設HPを見ると「TRAD=伝統的な変わらぬ良さを意味し、目白の暮らしや歴史、自然を守りながら地域とつながり、まちの文化を創造・発信する施設になるという思いを込めた」とあって、尾張川藩当主がお住まいの川ビレッジはすぐ近くだし、椿山荘やかつての目白文化村の伝統もある目白ブランドを捉えた真っ当なコンセプトに素直に感心してしまった。
ちなみにテナント構成はというと、高級スーパーマ―ケットの伊勢丹クイーンズ、札幌から宮越珈琲店、原宿に本店がある広東料理の南国酒家、イタリアンレストラン、コンビニエンスストア、、医療機関、地階には地元小林紀子バレエスクール(以前のビルからあった)、そして2フロアを占めるのが結婚式場である。目の前の学習院や川村学園の卒業生をターゲットにしているのだろうか?このテナント構成、はたしてコンセプトにかなっていて地域住民を満足させることができるのかどうか。
「TRAD MEJIRO」の開業は11月20日、この先ちょっと気になることではある。(書出し9/30、初校10/1)
会場となっている自由学園明日館講堂は、遠藤新の設計により1927年(昭和2年)に竣工した重要文化財の建物で、通りを挟んだ向かいにはその遠藤と師匠のF.L.ライトの共同設計による、やはり重要文化財の明日館本館(1921年=大正10年の一次竣工)が池袋の高層ビルを背景に芝生広場を囲んで両翼を拡げるかのようにたたずんでいる。この二つの建物(さらに同時期に竣工した旧帝国ホテル新館=正面玄関部分を明治村に移設)はそのなりたちからして兄弟のようなもの、簡素でありながら調和がとれていて意匠的にも美しく、学園の建学精神である“簡素な生活、高き理想”を現しているかのよう。そこを会場としたサロンコンサートのような音楽会であれば、それだけでもって期待感でワクワクしてくる。
何度か訪れたことはあるものの、会場内に足を踏み入れると教会堂のようなすこし崇高な雰囲気を感じてしまう。舞台の両側大谷石のプロセニアムの存在感、傾斜のある天上、中央部分が平土間の椅子席、両脇が高土間席で二階席も含めて300席ほどの客席はほぼ満席の様子。少し考えて舞台に向かって上手側高土間の舞台全体がちょうどほどよく見渡せる位置に座ることにした。長椅子席に落ち着くと窓から見渡せる建物周囲の樹木の葉が、午後の陽だまりの中で風にやさしくそよいでいるのが目に映ってきて、ゆったりとした気分になる。この建物空間に独特の抱擁力とおおらかさが感じられるのは、来年竣工後88年米寿を迎えるからなのだろうか。
音楽会前半は、まずはウードの調べから。ウードはアラビアンナイトにも登場する中近東の民族弦楽器で、大きなイチジクの実のような本体に太めのネックがつき、ギターやリュートなどの源流となったという優美な響き。今回のものは11弦が張られていて、フロント面には太陽と月を模した飾り模様が美しい。トルコの古典器楽曲をふたつ続けて聴く。
続いて登場のリュートは、形態がほぼウードと同じ、でもその響きはもう少し西洋的に洗練されてかつ繊細な感じがする。カノンで知られるJ.パッヘルベル(1653-1706)の組曲で、タイトルすべてに「恋人」がついているロマンチックなバロック曲。
前半の最後は、19世紀ギターの伴奏でF.シューベルト(1797-1828)の歌曲を大城みほさんのソプラノで聴く。モダンギターよりも小ぶりで素朴かつ温かみのある響きが、大城さんの澄んでささやくような歌い方にもよく合う。うっとり聴いているうちになんだか首筋が暖かく感じられ、ああ音楽のせいかしらと思ったら、午後の傾き始めた初秋の陽光が差し込んできたためでした!
後半の最初は、窓にブラインドが下ろされて舞台に照明が当てられ、ウードの伴奏で童謡「月の沙漠」から始まる。大正12年(1923)つまり、関東大地震の年に発表されたこの童謡は、房総御宿海岸の砂浜の情景からから着想を得たものだそうで、アラブとオリエンタルの世界が混じったなんとも懐かしく不思議な印象の曲調だ。あらためてウードの調べにこの歌詞を聴くと、月のひんやりとした光のもと沙漠をしずしずと進んで行く二頭の駱駝に乗った王子とお姫さまを描いたアンリー・ルソーの絵画のような静謐な情景が浮かぶ。内陸の砂漠ではなく、あくまでも海岸沿いに拡がる“沙漠”の風景。日本には駱駝はいないはずだが、シルクロードから大陸を隔てて空想の世界で東洋の果ての日本とつながった情景なのだろうか?
ふたたび、ウードによるソロがあり、次はいささか振幅の幅が大きい感はするけれど、歴史的にはアラブ民族弦楽器をルーツとして“縁(えにし)の糸”のつながりで結ばれた筑前琵琶の登場で、平家物語の語りを聴く。そしてウードとソプラノでアラブ歌曲が歌われ、盛りだくさんの舞台の最後はすべての縁の糸=弦楽器が登場しての合奏とうたでフィナーレ。
すこし涼しくなり始めた帰り道、JR山手線沿いを目白駅を目指して歩く。道中、“縁の糸”か、そういえば、竹内まりやの新アルバム「TRAD」最初の曲は、まさしく「縁(えにし)の糸」だったな、なんて思いながら駅前までくると、学習院正門の向かい側、かつての「コマース」という商業ビル跡に、駅舎横のJR系列ホテル「メッツ目白」とはいい並び感で、新しいレンガ外壁のシックな四階建てビルがほぼ完成して外観が望めるようになっていた。何気なくビル名を見るとなんと!「TRAD MEJIRO」と書かれていて、そのあまりの偶然にオープニングテーマ曲?としてどうかしらと思ってみたりして。
帰ってからこの商業施設HPを見ると「TRAD=伝統的な変わらぬ良さを意味し、目白の暮らしや歴史、自然を守りながら地域とつながり、まちの文化を創造・発信する施設になるという思いを込めた」とあって、尾張川藩当主がお住まいの川ビレッジはすぐ近くだし、椿山荘やかつての目白文化村の伝統もある目白ブランドを捉えた真っ当なコンセプトに素直に感心してしまった。
ちなみにテナント構成はというと、高級スーパーマ―ケットの伊勢丹クイーンズ、札幌から宮越珈琲店、原宿に本店がある広東料理の南国酒家、イタリアンレストラン、コンビニエンスストア、、医療機関、地階には地元小林紀子バレエスクール(以前のビルからあった)、そして2フロアを占めるのが結婚式場である。目の前の学習院や川村学園の卒業生をターゲットにしているのだろうか?このテナント構成、はたしてコンセプトにかなっていて地域住民を満足させることができるのかどうか。
「TRAD MEJIRO」の開業は11月20日、この先ちょっと気になることではある。(書出し9/30、初校10/1)