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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

小暑七夕、静岡への旅

2017年07月12日 | 旅行
 早朝、私鉄の終点小田原でJR東海道線に乗換える。相模湾から駿河湾へと連なる風景を眺めながら、在来線を乗り継ぎ、西へと向かう旅。空模様は曇りだけれども、おそらく雨降りにはならないだろう。根府川ホームでしばらくの停車、遠く水平線の境目がつながっているように見えるくらいの明るさ。
 そうして約二時間ほど、車窓を眺めながら西方へと移動につれて海辺が近づいたり、街並みの向こうに隠れたりしながら、午前十時半すこし前に静岡駅に到着した。そのまま構内新幹線改札前での待ち合わせ時間を待つ間、ほんとうにうまく再会できるのだろうかという思いは、うす空色のショールをまとった夏姿を改札の向こうに見つけたことで杞憂に終わった。ゆっくりとした静岡の時間がはじまる。

 まずはシャトルバスに乗りこみ、日本平へ向かう。駅から南に下って約三十分、標高三百メートルほどの小高い丘陵にひらかれたゴルフコースに隣接したホテルの芝生広場は、南東方向にひらけていて清水港と三保の松原のむこうに駿河湾が一望できる風光絶佳の眺め。もしこの暑さによる水蒸気が上がっていなければ、東方の山並みの視線の向こうには、日本平の名にふさわしく富士の霊峰が望めるはずだ。芝生のなかの木陰に入れば、海の方向から吹き上ってくるそよ風がひたすら心地いい。谷の向こうからウグイスの鳴く声がきこえてくる。のんびり、ゆったりとした時間が過ぎていく。
 ホテルのラウンジに戻って、ガラス越しの芝生に点在するいくつかの庭石と緑と遠い海を眺めながら冷たい飲み物でひと休み。ここでは、地上の喧噪は遠い世界のことのようだ、ほんのすこしの距離なのに。


 晴れてきた日本平から清水港、三保の松原を望む(2017.07.07)

 ふたたびシャトルバスで街中にもどったら、遅めのランチをとったあとに駅の反対側、駿府城公園口へと出て歩き出す。その名の通り、中心に池を配した日本庭園を抱えるようにして、浮月楼と呼ばれる日本家屋と中層ビルに囲まれた一角。駅前からすぐなのにそこには大木が茂ってこころもちか少し涼しい。 
 こじんまりとした庭園の植栽のうち、そのシンボルは水辺に枝を伸ばして緑陰を作り出しているハル楡と日本家屋の脇にある大きな泰山木だろう。泰山木は庭から見上げてもわからないけれど、建物八階の窓から眺めると大きな白いよく目立つ花をいくつか付けている。もう少し早い時期なら、たくさんの花々模様が緑に映えて見事なことだろう。もうひとつ珍しいのは、その泰山木のすぐ近くで見つけた温暖系樹木ナギの木で、厚手の青々とした葉を茂らせている。神がつかわした八咫烏がくわえている姿として描かれ、縁起モノとして尊ばれていたりする。
 もともとの庭園中央池のなりたちは、安倍川の伏流水が噴出して集まってできたものらしく、復原されたと思われるせせらぎが二方向から注ぎ込んでいた。橋の手前には蘇鉄、竹林、半夏生、百日紅など、説明書には作庭小川治平衛とあるけれど、現在の姿からはその面影は薄い。かなり当時の敷地が失われてしまっているのだろう、それでも貴重な緑と歴史的遺構がいまに健在で活用されているはいいことだ。
 池に架かる弓反り橋に立って眺める向かいのお茶室は、ライトアップされると壁面の黄金色が妖しくて、外からは想像ができない情景だろう。そのまぶしさに惑わされたのか、池の水面に月の浮かぶ姿が映っていたのかどうかは、見損ねてしまっている。

 夜の静岡の街中をそぞろ歩き、駿府城公園の手前までいって暗くなってしまった園内に入ることはあきらめた。市庁舎の角から繁華街の方向へもどって、宿の近くの渋いたたずまいの居酒屋へ入る。大正時代の創業なのだそうで、にぎわっていて、まちなかでみんなに愛されいるのがその中に入った瞬間から伝わってくる。安くておいしく、昭和時代の堆積した空間でしばしの寛ぎ、よき静岡の七夕の夜。
(2017.07.12 書出し、07.16 初校)