この夏、新装なった日本青年館ホールの竣工記念演奏会を聴きに、久しぶりに都心に出る。ちょうど三年後に迫った2020年東京オリンピックの開閉会式場、陸上会場となる新国立競技場建設のため、旧敷地を提供して外苑前駅寄りに新築移転したのだ。
東京駅から中央線快速を四谷駅で各駅停車に乗換えて、最寄りの千駄ヶ谷駅でおりる。駅前の東京体育館を横切ったさきのぽっかり生まれた空き地に大型クレーンが林立している。ここが新国立競技場の建設現場で、いまは基礎工事の真っ最中だ。
その設計コンペ選考結果を巡ってひと騒動の末、当選したザハ・ハディド設計案の白紙撤回、そして再公募による隈研吾+大成建設案による新プラン決定を経てのようやくの着工開始だ。いっそのこと、名誉ある撤退か、五十年前のオリンピックの遺産である旧競技場の改修案、あるいはここがもし建築物がなにもない大都会に出現した原っぱのままでいこうという英断がなされていたならば、未来にむかっての豊かな環境形成におおきく貢献していただろうと夢想する。はたして、いまここに三年後のオリンピックを迎える高揚感はあるだろうか。
暑さのせいもあって、いささか重苦しい雰囲気が漂う巨大クレーンのそのむこうには、外苑聖徳記念絵画館を巡る緑がひろがっていて、都心の高層ビルがスカイラインを突き破って立ち並んでいる。
外苑西通りを日本青年館へとむかって歩く。この季節のこの時刻まだ日は長く、演奏会開演までにはまだ少し時間がある。通り沿い行列店、ホープ軒のカウンターに連なり、白濁スープのラーメンでお腹を満たすことにした。外観が黄色のビルは、間口は長いが奥行きは極端にせまく、厨房のすく先に裏通りが見えている。もとはタクシー運転手が深夜立ち寄るうちに、次第に評判を呼んで繁盛店となっていった古くからの店舗をそのラーメンの売り上げだけで、ついに四階建てのカミソリ型ビルを建てるにおよんだのだろうか。
すぐさきの仙寿院トンネルの交差点、その角には窓がまったくない巨大な白い箱型のビクター音楽スタジオビルがある。ここではサザンオールスターズをはじめ、有名ミュージシャンのレコーディングがいくつも行われていて、ポピュラー音楽業界では有名な場所らしい。たしか、原由子さんの新聞連載エッセイで読んだかな。
その交差点を渡った通りの右側は、いまは再整備のため、高い鉄板にかこまれてしまってる。かつての明治公園および古びた都営霞が丘住宅があった場所だと気がつく。そのまま少し進んで、旧日本青年館のあった場所を右折して神宮球場が近づいてくると、見えてくるのが15階建の真新しい建物、一般財団法人日本青年館ビルだ。
一階のエントランスとロビーは、通りに沿って間口は長いがさほど広さは感じられない。建物二階から四階に新しいホールを内包し、そのうえの中層階がオフイスフロア、そして九階以上の高層階が宿泊施設となっている。前に比べると敷地が狭くなった分を高層化していて、やや味気ない感じがするのは仕方ないか。せっかくだから、九階のホテルフロントまであがってみる。エレベーターをでた先のロビーは全面ガラス張りの眺望のよさで、なんと神宮球場を一望に見下ろすことができる。もちろん、外苑周辺の森一帯や秩父宮ラグビー場、青山通り沿いや港区方面の高層ビルなどもこれぞ都会風景!といった感じでそのままに望める。このあたりでは貴重な公共的ホテルは八月一日が正式オープンとのことで、いまは招待客の宿泊期間中で、本番開業の予行演習もかねているらしい。フロントスタッフの様子がどことなく見習い風の雰囲気がしたのはそのせいだろうか?まあ、余り気取られるよりも、そのほうがいいかな。
しだいに球場のカクテル光線がきらめきだす。内外野スタンドがそくぞくと観客で埋まりだした。フィールドでは、キャラクターのぬいぐるみたちとチアガールたちの華やかなショーが始まっている。今夜はプロ野球の公式戦があるらしい。そのうちに選手たちがベンチ入りをはじめた。やっぱり、こころから野球を楽しむには、ドーム内ではなく、屋外で汗をかきながらでなくては!
その夕暮れの空のもとに広がる情景に見とれながら、ロビーのソファーで、再読をはじめた村上春樹×川上未映子「みみずくは黄昏に飛び立つ」の読みかけの頁をめくる。この都心には、みみずくは棲息してはいないだろうけれども、ひょっとしたら明治神宮の深い杜には、野生のコノハズクくらいは何羽か棲みついていてもおかしくないだろう。そのコノハズクは球場のカクテル光線が消えた後に、夕暮れのビル街を飛び回っているのかもしれない。
新国立競技場建設のクレーン、左側の黒い影は東京体育館の屋根(2017.07.22)
日本青年館ホテル九階ロビーからの眺め。神宮球場の芝生、秩父宮ラグビー場と青山通りのビル群。
夜の演奏会のほうは「日欧室内楽の夕べ」のタイトルにふさわしく、前半が筝・尺八・津軽三味線の邦楽器三重奏、A.ドヴォルジャークの弦楽三重奏、さらにその両方の全楽器がジョイントした現代曲「アース・スペクトル」(これが美しいアンサンブルでよかった)、後半が男性兄弟ピアノデュオによるリスト「ハンガリー狂詩曲」、A.ピアソラのモダンタンゴをジャズ風にアレンジ、最後が全員による現代曲でにぎやかなフィナーレ。なんとも真新しい舞台に映えての明るくまぶしい印象の演奏だった。
演奏会が終わってまだ日中の暑さが残るなか、もうすこし都会のさんざめきの余韻を楽しもうという気分になる。ほんとうに久しぶり、外苑前から青山通りをそのまま表参道入口まで歩いて地下鉄駅にもぐると、ちょうどやってきた郊外乗り入れの列車に乗って帰ることにしよう。
(2017.7.23 大暑の日に記す)
追記:この文章をアップした翌日、青山通りの老舗ベーカリー「アンデルセン」の閉店ニュースを夕刊新聞で目にした。広島市中心街にレンガ造りの本店があって、住まいのちかくのデパートにも支店があるが、ここはシャレた青山通りに面した暖かい雰囲気のレストランを併設した大好きな店で、若き友人がしばらくの間、アルバイトをしていたのを思い出す。今月31日までの営業だそうだが、それまでにもういちど訪れてれてみることは叶うだろうか。
東京駅から中央線快速を四谷駅で各駅停車に乗換えて、最寄りの千駄ヶ谷駅でおりる。駅前の東京体育館を横切ったさきのぽっかり生まれた空き地に大型クレーンが林立している。ここが新国立競技場の建設現場で、いまは基礎工事の真っ最中だ。
その設計コンペ選考結果を巡ってひと騒動の末、当選したザハ・ハディド設計案の白紙撤回、そして再公募による隈研吾+大成建設案による新プラン決定を経てのようやくの着工開始だ。いっそのこと、名誉ある撤退か、五十年前のオリンピックの遺産である旧競技場の改修案、あるいはここがもし建築物がなにもない大都会に出現した原っぱのままでいこうという英断がなされていたならば、未来にむかっての豊かな環境形成におおきく貢献していただろうと夢想する。はたして、いまここに三年後のオリンピックを迎える高揚感はあるだろうか。
暑さのせいもあって、いささか重苦しい雰囲気が漂う巨大クレーンのそのむこうには、外苑聖徳記念絵画館を巡る緑がひろがっていて、都心の高層ビルがスカイラインを突き破って立ち並んでいる。
外苑西通りを日本青年館へとむかって歩く。この季節のこの時刻まだ日は長く、演奏会開演までにはまだ少し時間がある。通り沿い行列店、ホープ軒のカウンターに連なり、白濁スープのラーメンでお腹を満たすことにした。外観が黄色のビルは、間口は長いが奥行きは極端にせまく、厨房のすく先に裏通りが見えている。もとはタクシー運転手が深夜立ち寄るうちに、次第に評判を呼んで繁盛店となっていった古くからの店舗をそのラーメンの売り上げだけで、ついに四階建てのカミソリ型ビルを建てるにおよんだのだろうか。
すぐさきの仙寿院トンネルの交差点、その角には窓がまったくない巨大な白い箱型のビクター音楽スタジオビルがある。ここではサザンオールスターズをはじめ、有名ミュージシャンのレコーディングがいくつも行われていて、ポピュラー音楽業界では有名な場所らしい。たしか、原由子さんの新聞連載エッセイで読んだかな。
その交差点を渡った通りの右側は、いまは再整備のため、高い鉄板にかこまれてしまってる。かつての明治公園および古びた都営霞が丘住宅があった場所だと気がつく。そのまま少し進んで、旧日本青年館のあった場所を右折して神宮球場が近づいてくると、見えてくるのが15階建の真新しい建物、一般財団法人日本青年館ビルだ。
一階のエントランスとロビーは、通りに沿って間口は長いがさほど広さは感じられない。建物二階から四階に新しいホールを内包し、そのうえの中層階がオフイスフロア、そして九階以上の高層階が宿泊施設となっている。前に比べると敷地が狭くなった分を高層化していて、やや味気ない感じがするのは仕方ないか。せっかくだから、九階のホテルフロントまであがってみる。エレベーターをでた先のロビーは全面ガラス張りの眺望のよさで、なんと神宮球場を一望に見下ろすことができる。もちろん、外苑周辺の森一帯や秩父宮ラグビー場、青山通り沿いや港区方面の高層ビルなどもこれぞ都会風景!といった感じでそのままに望める。このあたりでは貴重な公共的ホテルは八月一日が正式オープンとのことで、いまは招待客の宿泊期間中で、本番開業の予行演習もかねているらしい。フロントスタッフの様子がどことなく見習い風の雰囲気がしたのはそのせいだろうか?まあ、余り気取られるよりも、そのほうがいいかな。
しだいに球場のカクテル光線がきらめきだす。内外野スタンドがそくぞくと観客で埋まりだした。フィールドでは、キャラクターのぬいぐるみたちとチアガールたちの華やかなショーが始まっている。今夜はプロ野球の公式戦があるらしい。そのうちに選手たちがベンチ入りをはじめた。やっぱり、こころから野球を楽しむには、ドーム内ではなく、屋外で汗をかきながらでなくては!
その夕暮れの空のもとに広がる情景に見とれながら、ロビーのソファーで、再読をはじめた村上春樹×川上未映子「みみずくは黄昏に飛び立つ」の読みかけの頁をめくる。この都心には、みみずくは棲息してはいないだろうけれども、ひょっとしたら明治神宮の深い杜には、野生のコノハズクくらいは何羽か棲みついていてもおかしくないだろう。そのコノハズクは球場のカクテル光線が消えた後に、夕暮れのビル街を飛び回っているのかもしれない。
新国立競技場建設のクレーン、左側の黒い影は東京体育館の屋根(2017.07.22)
日本青年館ホテル九階ロビーからの眺め。神宮球場の芝生、秩父宮ラグビー場と青山通りのビル群。
夜の演奏会のほうは「日欧室内楽の夕べ」のタイトルにふさわしく、前半が筝・尺八・津軽三味線の邦楽器三重奏、A.ドヴォルジャークの弦楽三重奏、さらにその両方の全楽器がジョイントした現代曲「アース・スペクトル」(これが美しいアンサンブルでよかった)、後半が男性兄弟ピアノデュオによるリスト「ハンガリー狂詩曲」、A.ピアソラのモダンタンゴをジャズ風にアレンジ、最後が全員による現代曲でにぎやかなフィナーレ。なんとも真新しい舞台に映えての明るくまぶしい印象の演奏だった。
演奏会が終わってまだ日中の暑さが残るなか、もうすこし都会のさんざめきの余韻を楽しもうという気分になる。ほんとうに久しぶり、外苑前から青山通りをそのまま表参道入口まで歩いて地下鉄駅にもぐると、ちょうどやってきた郊外乗り入れの列車に乗って帰ることにしよう。
(2017.7.23 大暑の日に記す)
追記:この文章をアップした翌日、青山通りの老舗ベーカリー「アンデルセン」の閉店ニュースを夕刊新聞で目にした。広島市中心街にレンガ造りの本店があって、住まいのちかくのデパートにも支店があるが、ここはシャレた青山通りに面した暖かい雰囲気のレストランを併設した大好きな店で、若き友人がしばらくの間、アルバイトをしていたのを思い出す。今月31日までの営業だそうだが、それまでにもういちど訪れてれてみることは叶うだろうか。