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現代川柳『泥』序文・・・原子修

2007年07月28日 | 川柳
   ☆序文☆ 泥は原質である 原子 修 

 泥は原質である・・・旧約の神は、はじめての人を、まず、粘っこい泥から創造した。何故か?泥こそは、大地の血まぶれの肉であり、世界の胎(はら)から生まれでるすべての生命の原材だったからだ。

 あらゆる芸術が、もし、創造活動のまぎれもない原点からういういしくたちのぼるもの、とするならば、大地の血まぶれの肉たる泥をもって素材とせずに、なにをもって、それぞれのジャンルを構築すべきか。

   しかも、P・ピカソは言う・・・「芸術とは、永続革命なり」

 しからば、われら、洩れなく、それぞれの芸術分野のマテリアルをして、共通の原郷たる普遍的感動の一点へと、おやみなく、循環させ、たちかえさせ、再生させるべし。

 まして、詩とは、一瞬一瞬の建設と破壊の終わりなき逆転劇とするならば、われら、臆せず、そのステージたる己の時空に殉ずべし。

と、こう、十八歳の頃の純粋な変革エネルギーに燃える自分に回帰して、高校時代のクラスメートたる青葉さんの詩的爆発に心からのエールを送るべく、火となって燃えさかる泥土の熱い神話の世界に足をふみ入れたのも、ひとえに、詩の原郷を共有するもの同士の連帯感のせいにほかならぬ。

 2002年・・・さらに、この世は昏迷し、詩の未来は定かならぬ。
であればこそ、われら、さらに、旧幣にしだれかからず、決然と、己の意思を研ぎ、何かをなさねばならぬ。

2002年・・・今こそ、詩のあたらしき天末線をたぐるものの、苦難な前途をもって詩友たるわれらの固き盟約とせよ。・・・2002年1月元旦(詩人)
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