屯田物語

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旭川のふだんぎ

2008年12月06日 | 旭川の風景


友人Mさんからの贈り物、紫陽花のドライフラワー・・
素敵な花瓶と一緒に戴いたのである。



富貴堂書店で「旭川のふだんぎ」を購入して”ちろる”へ・・
同期のN君が「高校時代の仲間たち」というタイトルで、
先日亡くなられたM君との交友録を寄稿している。

N、Mの両君とは旭川東高校新聞部からの長い付き合いである。
新聞部時代の彼のエピソードは 羊蹄山 ←(クリック)  をご覧ください。

昭和35年、高校を卒業して上京、
この時代は安保闘争で社会が騒然として、
われわれも熱に浮かされたように国会議事堂の周りをデモ行進していた。

・・六十年安保と文学仲間の世界にのめり込みながら、
住まいに窮してT君の兄上の間借り先に寄生した。
そこは三畳間で、そこにT兄弟とS君と私の四人が一時住んだ。
そこに何回かM君が訪ねてきていたが、
まだ、北都中学出身の彼らに私は打ち解けていなかったように思う。・・
(「ふだんぎ」 N君の文から一部抜粋)


昭和35年6月15日、東大の樺美智子さんが警官隊と衝突して死亡。
そのことを知らないまま、身も心もぼろぼろになって国会議事堂から石神井川へ戻ってきた。
そして、この日がわたしの学生運動の終わりでもあった。

練馬の石神井川の畔・・
東京に勤務していたころ、昔の棲家をさがし歩いたことがある。
でも、すでに石神井川は暗渠になって、当時の面影はまったくなかった。

旭川のふだんぎ(←クリック) に興味のあるかたは、富貴堂書店に問い合わせてください。
前回もふだんぎを持ってちろるで珈琲を飲んでましたね。