丸瀬山(まるせやま)鳥取県八頭郡八頭町
鳥取県八頭郡八頭町にそびえる丸瀬山(まるせやま)登山
急登の遊歩道を辿り山頂手前で丸瀬山霊場の游界上人の墓に出会う
広く平坦な山頂からは展望は望めない
丸瀬山(まるせやま)鳥取県八頭郡八頭町
鳥取県八頭郡八頭町にそびえる丸瀬山(まるせやま)登山
急登の遊歩道を辿り山頂手前で丸瀬山霊場の游界上人の墓に出会う
広く平坦な山頂からは展望は望めない
景石城山(かげいしじょうやま)鳥取県鳥取市用瀬
鳥取県鳥取市用瀬にそびえる景石城山(かげいしじょうやま)
登山口の案内によれば、この城が何年頃築かれたかは明らかでないが、太平記に延文の頃(1360年頃)既にあったと記されている
その後、山名の城となったが天正八年(1580)豊臣秀吉の鳥取城攻略の重要な拠点として磯部兵部大輔にこの城を攻めさせ、山名勢を追い払い、磯部を城主として鳥取城への備えとした
ところが磯部が若桜鬼ヶ城に所用のため不在の折、鳥取山名に攻め落されたが、翌天正九年、秀吉再度の鳥取城攻略により、鳥取城は落城この際磯部は許されて再度景石城主となった
以来城下町として用瀬宿を発展させたが、関ヶ原の戦いに西軍に味方したため咎を受け、この城を去らなければならなかった
替って智頭八東二郡の領主となった山崎左馬介の持ち城となったが、元和元年(1615)一国一城の端城御禁制の令が出され、この城は廃城となったと、ある
青島(あおしま)鳥取県鳥取市
鳥取県鳥取市の湖山湖に浮かぶ青島(あおしま
青島大橋を渡り遊具施設のある青島へ入る
野外ステージ横から遊歩道に入り、木漏れ日の下を進む
広く平坦な青島山頂には休憩用の東屋が建ち
東に久松山、扇ノ山、摩尼山など特徴的な山容の山を眺める