出雲大社
2011年11月28日 | 旅
出雲大社の祭神の大国主大神は、神代の昔、皇室の祖先の天照大御神に国を譲り、この壮大な神殿に鎮まった。
『口遊 』(970)には、建物の大きさのベスト3を掲げ「雲太・和二・京三」と記し、「雲太」(出雲大社の神殿)が東大寺大仏殿や平安京大極殿より大きく、本殿は高さ16丈(約48m)を誇る高大なものと記されている。いまも神社建築の中では日本一を誇り、高さは約24mで国宝。しめ縄は太く長さ6.5m重さ1t、しかも一般の神社とは逆向きになっており、「逆説の日本史(著:井沢元彦)」では大国主大神を封じ込めるための説があるくらい。
そして、拝礼も一般が二礼、二拍手、一礼を、出雲では二礼、四拍手、一礼。さらに、手を合わす際、指の節と節をずらして「節合わせ(不幸せ)」にならぬよう右手を少しずらす。他に四拍手するのは、大分県の宇佐神宮がある。
大国主大神
因幡の白兎
出雲大社に詣でたので、iinaのに記した場所で行ってない所は、陸奥の多賀城(宮城県)を残すのみとなった。ただ、出雲大社の本殿が修造中だったのは、残念。上の2枚目の菊を置く拝殿を御仮殿にしていた。
出雲文化伝承館は、大地主であった江角家の母屋、長屋門を移築したもの。
出雲流の枯山水の回遊式庭園を見学。この松頼亭の奥には、茶人大名として有名な松江藩第七代藩主・松平不昧(1751~1818)が造ったといわれる茶室「独楽庵」を再現している。
この伝承館前で出雲名物のソバをいただく。
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私も1度だけ行きました。
やはり1度は行っておきたい処ですね。
不謹慎ですが、玉を背に両手で玉を受け取るように写真を撮った記憶があります。(玉と書きましたが正式名はわかりません。)
重さが1tもあるとは知りませんでした。
この注連縄もそうですが、お社の大きいのには驚きました。
神社建築で日本一だったのですね。大きいのにも頷けます。
注連縄に小銭は刺さりましたか?(*^.^*)
最近初めて井沢元彦著『日本史集中講義』を読みましたが、面白いですね(^^)
出雲大社、素敵ですね♪1度だけ母と参拝しましたが、大きな注連縄と御蕎麦が記憶に残っております。
歌謡曲歌手竹内まりや女史ですね。この人も、
出雲大社の目の前にある旅館の娘さんだそうです。また、
エズミではなくエスミですが同族の女優江角マキコ女史も、
高校生のときに大社で巫女のバイトをしたそうです。ところで、
江角という名字ですが、ちょっと出雲から離れて、
長崎県の管轄になる壱岐島は、「触(ふれ)」という村落単位が大昔から、
元寇のときに高麗人に男は虐殺され、
婦女子は手に穴をあけられ船に吊るされてもなお
現在まで続いてます。触はその字のごとく「おふれ」で、
首領からの連絡網みたいなものです。元来、
触の数は「九十九」あったそうです。
つくも=つつも=つつ(足りない)・も(百)
壱岐は神社が異様に多い土地です。そして、
出雲と結びつきがある物部(もののべ)氏と同じ
物部(ものべ)という地名が壱岐にあります。それから、
江角触(えすみふれ)という地区があります。ともあれ、
edzumi(えずみ)とizdumo(いずも)は、
(i←→e, i←→o : 母音交替)同じ語です。