108画の「ぼんのう」と読む漢字。
当然、画数の多い漢字として名高い 「 鬱(うつ,29画) 」 より多い。
108の煩悩の根拠は、四苦 (4×9) 八苦 (8×9) で、四苦八苦を合わせて108 (36+72=108)。
このように、数学的にも巧く証明される。
しかし、108の煩悩については諸説あり、宗派によっても異なるため、その一部を次に挙げてみた。
1.人には感覚を生じさせることで迷いを起こさせる 六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)があり、それぞれに好(気持ちがよい)・悪(不快)・平(どちらでもない)の三種を掛けた18の煩悩(6×3)があると言われる。
さらに、この18に浄(綺麗)と染(汚い)の二種を掛けて36、そこに過去・現在・未来の3つの時間を掛けて、36×3=108となると言われる。
2.一年における月の数(12)と二十四節気(24)と七十二候(72)を足した数と言われる。
3.昔から日本では「たくさんの」という意味があるものに、8という数字を使っていた。
例えば、八百万の神も実際に八百万の神様がいるわけではなく、それくらい無限にいるという意味。このことから、煩悩の数が108と言われるのも、本当に108あるわけではなくたくさんの数という意味があると言われる。
四流體性と呼ばれる4つの煩悩を主流とした考えにもとづいて108の煩悩を説明する。
1.欲流・・・欲望によって善良な心を流されてしまうこと
・人間にとって根本的な欲望である「愛」についての煩悩が5
・憎しみ、怒りである「恚」(い)についての煩悩が5
・仏教の教えを疑う「疑」について煩悩が4
・自身の心の中にある悪が外へでる「纏」の煩悩が10
・他人と比べてしまう、驕ってしまう「慢」について煩悩が5 小計29
2.有流・・・煩悩のあるものの考えが善良な心を流してしまうこと
・愛についての煩悩が10
・慢についての煩悩が10
・疑についての煩悩が8 小計28
3.見流・・・思想や観念の迷いが善良な心を流してしまうこと
・欲望にとらわれた生き物がすむ世界「欲界」の煩悩12
・物質的色欲にとらわれた生き物が住む「色界」の煩悩12
・上記2つの欲は超越したが精神的条件にとらわれた生き物が住む「無色界」の煩悩12 小計36
4.無明流・・・無知が故に善良な心が流されてしまうこと
・欲界の煩悩5
・色界の煩悩5
・無色界の煩悩5 小計15
以上をすべて合計すると108になる。
念のために、漢字「煩悩」を解体した14文字の画数を合計してみると、驚くべきことに確かに108画あった。
苦の画数…8画。平の画数…5画。耳の画数…6画。舌の画数…6画。鼻の画数…14画。惡の画数…12画。意の画数…13画。目の画数…5画。艮の画数…6画。淨の画数…11画。染の画数…9画。女の画数…3画。子の画数…3画。身の画数…7画。
「煩悩」とはどういう意味があるのか?
辞書や様々な仏教の考えを総合して簡潔に説明すると「人間の苦しみの元になる考え方や生き方」になるみたいだ。
わかりやすい例で言うと「強欲」や「嫉妬」に囚われると自分を苦しめる。
その煩悩の内容には、まず人間の感覚は6つある。すなわち眼・耳・鼻・舌・身・意。これがそのまま6つの煩悩になる。
さらにその6つの煩悩にそれぞれ「好き」「普通」「嫌い」の三つの状態がある。
6×3=18
で、この18の煩悩にさらに「浄」と「不浄」という状態が加わる。
18×2=36
さらに36の煩悩に「過去」「現在」「未来」の三つの状態がある
36×3=108
これで煩悩108個、ということらしい。
九十八随眠
説一切有部では、『倶舎論』「随眠品」などにも見られるように、伝統的に「煩悩」(随眠)を九十八随眠として表現することもある。
これは、貪・瞋・痴・慢・疑・見の六随眠を起点とし、三界の内の欲界に32、色界に28・無色界に28、計88の見惑(見道所断によって断たれる煩悩)を配置し、更に10の修惑(修道所断によって断たれる煩悩)を加えて、九十八随眠としたものである。
これに十纏(てん)とよばれる10の煩悩を付け加えたものが、俗に108つの煩悩と呼ばれているものである。
当然、画数の多い漢字として名高い 「 鬱(うつ,29画) 」 より多い。
108の煩悩の根拠は、四苦 (4×9) 八苦 (8×9) で、四苦八苦を合わせて108 (36+72=108)。
このように、数学的にも巧く証明される。
しかし、108の煩悩については諸説あり、宗派によっても異なるため、その一部を次に挙げてみた。
1.人には感覚を生じさせることで迷いを起こさせる 六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)があり、それぞれに好(気持ちがよい)・悪(不快)・平(どちらでもない)の三種を掛けた18の煩悩(6×3)があると言われる。
さらに、この18に浄(綺麗)と染(汚い)の二種を掛けて36、そこに過去・現在・未来の3つの時間を掛けて、36×3=108となると言われる。
2.一年における月の数(12)と二十四節気(24)と七十二候(72)を足した数と言われる。
3.昔から日本では「たくさんの」という意味があるものに、8という数字を使っていた。
例えば、八百万の神も実際に八百万の神様がいるわけではなく、それくらい無限にいるという意味。このことから、煩悩の数が108と言われるのも、本当に108あるわけではなくたくさんの数という意味があると言われる。
四流體性と呼ばれる4つの煩悩を主流とした考えにもとづいて108の煩悩を説明する。
1.欲流・・・欲望によって善良な心を流されてしまうこと
・人間にとって根本的な欲望である「愛」についての煩悩が5
・憎しみ、怒りである「恚」(い)についての煩悩が5
・仏教の教えを疑う「疑」について煩悩が4
・自身の心の中にある悪が外へでる「纏」の煩悩が10
・他人と比べてしまう、驕ってしまう「慢」について煩悩が5 小計29
2.有流・・・煩悩のあるものの考えが善良な心を流してしまうこと
・愛についての煩悩が10
・慢についての煩悩が10
・疑についての煩悩が8 小計28
3.見流・・・思想や観念の迷いが善良な心を流してしまうこと
・欲望にとらわれた生き物がすむ世界「欲界」の煩悩12
・物質的色欲にとらわれた生き物が住む「色界」の煩悩12
・上記2つの欲は超越したが精神的条件にとらわれた生き物が住む「無色界」の煩悩12 小計36
4.無明流・・・無知が故に善良な心が流されてしまうこと
・欲界の煩悩5
・色界の煩悩5
・無色界の煩悩5 小計15
以上をすべて合計すると108になる。
念のために、漢字「煩悩」を解体した14文字の画数を合計してみると、驚くべきことに確かに108画あった。
苦の画数…8画。平の画数…5画。耳の画数…6画。舌の画数…6画。鼻の画数…14画。惡の画数…12画。意の画数…13画。目の画数…5画。艮の画数…6画。淨の画数…11画。染の画数…9画。女の画数…3画。子の画数…3画。身の画数…7画。
「煩悩」とはどういう意味があるのか?
辞書や様々な仏教の考えを総合して簡潔に説明すると「人間の苦しみの元になる考え方や生き方」になるみたいだ。
わかりやすい例で言うと「強欲」や「嫉妬」に囚われると自分を苦しめる。
その煩悩の内容には、まず人間の感覚は6つある。すなわち眼・耳・鼻・舌・身・意。これがそのまま6つの煩悩になる。
さらにその6つの煩悩にそれぞれ「好き」「普通」「嫌い」の三つの状態がある。
6×3=18
で、この18の煩悩にさらに「浄」と「不浄」という状態が加わる。
18×2=36
さらに36の煩悩に「過去」「現在」「未来」の三つの状態がある
36×3=108
これで煩悩108個、ということらしい。
九十八随眠
説一切有部では、『倶舎論』「随眠品」などにも見られるように、伝統的に「煩悩」(随眠)を九十八随眠として表現することもある。
これは、貪・瞋・痴・慢・疑・見の六随眠を起点とし、三界の内の欲界に32、色界に28・無色界に28、計88の見惑(見道所断によって断たれる煩悩)を配置し、更に10の修惑(修道所断によって断たれる煩悩)を加えて、九十八随眠としたものである。
これに十纏(てん)とよばれる10の煩悩を付け加えたものが、俗に108つの煩悩と呼ばれているものである。
六随眠 ・ 貧(ひん) ―むさぼり。5欲などの迷いの世界の生存に執着すること。 ・ 瞋(しん) ―憎しみ・怒ること。 ・ 痴(ち) ―真実を了解しないおろかさ(無明) ・ 慢(まん) ―慢心。他者と比べて優越意識を持つ。 ・ 疑(ぎ) ―真理を疑うこと。 ・ 見(けん) -悪見。(下記の5種類がある) ・ 我見(がけん)(有身見)。我が心身、持ち物に執着した見方。 ・ 辺執見(へんけん)(偏見)。一辺に固執する偏った見方。 ・ 邪見(じゃけん)。道(道理)にそぐわない見方。 ・ 見取見(みとりけん)。自己の見解を最勝とする見方。 ・ 戒禁取見。誤った信念をもって、それに固執する見方。 (かいごんしゅけん) 三界 (自我世界) ・ 俗界―欲望の世界 ・ 色界―具体的、具象的、物質の世界 ・ 無色界―抽象的、概念的、精神の世界 | 常に働いている煩悩、心を縛りつけて成長を邪魔するものを纏(てん)という。 枝末煩悩といわれるもので、特に重いものを取り上げて10の煩悩がある。 十纏(てん) (随煩悩) ・ 無漸(むざん) -内面的に恥じないこと。 ・ 無愧(むき) -人に恥じないこと。 ・ 嫉(しつ) -ねたみ。 ・ 慳(けん) -ものおしみ。 ・ 悪作(あくさ) -後悔。 ・ 睡眠(すいめん)-眠りに陥らせる(心を閉ざす)精神作用。 ・ 掉挙(じょうこ)-精神的な躁状態のこと。 ・ 沈(こんじん) -精神的な鬱状態のこと。 ・ 忿(ふん) -いきどおり。いかること。 ・ 覆(ふく) -罪を覆い隠すこと。嘘をつくこと。 |
「強欲」や「嫉妬」に囚われて自分を苦しめます。
108の根拠は、
四苦 (4×9) 八苦 (8×9) で、四苦八苦を合わせて108 (36+72=108)。
このように、数学的にも巧く証明されています。
* 新ノ城さんのブログアドレスをコメント上に置きました。
「薔薇」の漢字は、読めても綴りは難しいですから書けません。
108画の「ぼんのう」と読ませる漢字は、いったい何方が考えたのでしょう( ^ω^)・・・❔
(夢見)さんのブログアドレスをコメント上に置きました。
クイズなどで難読漢字も問題に出ますが このぼんのうの漢字は凄まじい画数です
一字で 押し寄せてくるような圧 迫力を感じます
四苦 (4×9) 八苦 (8×9) の「四苦八苦」を合わせて 108 (36+72=108)もの「煩悩」がありますからね。
* (法専寺)さんの当該ブログ記事のアドレスをコメント上のURLに置きました。
(2007sp)さんの当該ブログ記事のアドレスをコメント上のURLに置いています。
頓智みたいな判じ物なのですね。
現代人か接すると、「どんだけ~」といわれそうです。
当方も「ことば遊び」コーナーを連載してますが、一文字で「煩悩」と読ませる漢字がありますょ。
(遅生)さんの当該ブログ記事のアドレスをコメント上のURLに置きました。
それで東大総合研究博物館入口にアインシュタインが乗ったエレベーター昇降装置が置いてあったのでしたか。
どうしても、意義深く考えてしまいます。
ところで、エレベーターで押した階数ボタンをキャンセルできるのをご存知でしたか?
次のようにすると解除できます。 お試しください。こんなことを考えるのも、煩悩のなれる悩みでしょうか ( ^ω^)・・・。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/40dec459a4285bc0005ad319d5b2864e
あればこそ生きている証ですね。
冒頭のいちご畑の網が、緑と白とで絵になっています。
それでも、一輪のシャクナゲがさえ見落とさない気の入れようでした。^^
阿蘇の涅槃像も、いつもとは逆向きでしたが、世の中を注意深く見渡しなさい というかのようです。
そうすると煩悩をひとつ減らせるかも・・・、だらといって、どういう意味があるのかは不明です。
この歳になっても小生はまだたくさん煩悩を持っているようです。
煩悩を断ちきって悟りを開く境地には到底達っしそうにはありません。
精神としては心に留めおきたいと思います。
>似たような話題では、越中ふんどしがあります。これは、越中(富山)の特産かと思いきや、越中守が作らせたからです。
子供の頃、越中ふんどしで泳いでいました。
親父は夏になると裸に6尺ふんどしで夏の暑さを凌いでいましたね。
ひえっ~!!
これで感じ一文字ですか \(◎o◎)/
初めて 見聞きしました
108の煩悩について 詳しく知ることが出来ました
しかし
人間様は煩悩が あるから
文化やテクノロジーの進歩があるのでしょうね
ちなみに
自分は 煩悩は多いけど・・進歩はありません(^o^)