13. 共生と棲み分けによる緑の地球生物多様性(その2)
熱帯雨林の骨格となる樹木の水や栄養塩を吸収する根は表層30センチに集中しており、その狭い空間で巨大な地上部を支えるための栄養摂取が行われている。他の森林と同様であるが熱帯雨林でも、樹木の多くが菌類との共生した菌根をもっている。菌根とは、植物の根の組織にカビやキノコの仲間が感染して、栄養摂取のための共生体を形成するのである。
多くの樹木は菌糸が根の中に入る内生菌根をもつが、熱帯雨林で優占するフタバガキ科、マメ科ジャケンイバラ亜科などでは、外生菌根をもつ樹木がある。外生菌根菌は、菌糸を根から、外の土壌中にマット状に拡げて、より広い範囲の栄養塩を吸収する。
植物は、根から菌に光合成産物である糖を与え、菌は植物に窒素とリンを与えている。樹林の種と外生菌根菌の種の間には、ある程度特定の関係があって、ある植物には決まった菌が共生するらしい。
共進化の森として、熱帯雨林を考えると「かなめ」になる動物や植物と、それらとの共進化した生物相が、それぞれの雨林の性質を形作っている。アフリカの森林に於けるマルミミゾウ、アジアの森林に於けるフタバガキ、南米の森林に於けるハチドリなどが「かなめ」となる生物である。
アフリカの雨林からサバンナへ連続する植生には、地上性哺乳類の多さでは、他を凌ぐ。アフリカにはアフリカゾウの一亜種で森林に生息せるマルミミゾウによって散布される一群の植物がいる。これらゾウ散布の果実には、果肉が繊維質でほとんど甘くないものが多い。アフリカでは、ゾウに散布される植物を数十種あげることが出来る。
東南アジアでは高木や突出木として優占しているフタバガキ科植物は外生菌根菌との共生で現在の繁栄を勝ち得た。アジア大陸には、フタバガキ亜科16属530種が分布している。フタバガキの菌根菌は、ブナ科植物のもつ菌根菌と同じ系統の菌類である。
南米の熱帯雨林は、エネルギーと物質の流れが川を中心にまわっている水の森である。鳥媒花が多く、菌状の真紅の花があれば、ハチドリによって送粉されていると考えて間違いない。世界中で鳥類は約9千種しかいないがハチドリの仲間だけで340種を占めている。
コスタリカの熱帯雨林では、600種の被子植物のうち約100種がハチドリ類によって送粉される。熱帯雨林は、菌根菌、被子植物、昆虫、鳥類、動物へと食物連鎖し、それぞれの生命が土壌の養分となり、生命体の食欲、有性生殖による性淘汰を個々の生命体は駆動力にしながら、相互依存と共生、生存競争しながらも、熱帯雨林の各パートを棲み分けながら、熱帯雨林は、進化して来た。
熱帯雨林での一番多くの種は昆虫であり、さらには様々な毒素を持つ植物、昆虫、両生類の世界でもある。この毒素も棲み分けによる生物多様性への進化なのであろう。
すなわち、被子植物が花蜜や花粉を昆虫、鳥類、コウモリに提供することによって、それぞれの被子植物に適応する形で、生命を多様化させた。熱帯雨林は、生物多様性という形で、エントロピーに逆走してきた。しかしながら、その再生力は、この「かなめ」を失った時、あまりにもかよわい。(熱帯雨林 湯本貴和)(第17回)
13. 共生と棲み分けによる緑の地球生物多様性(その1)
緑の地球は、被子植物の繁栄に支えられている。被子植物の成功の秘密を一言でいえば、花粉の媒介を風などの物理的手段から昆虫などの動物の送粉にきりかえたことである。
自ら移動することのできない植物は、花粉の受け渡しを、昆虫や鳥、コウモリなどの飛翔能力のある動物に頼り、鮮やかな色や香りで動物を誘い寄せる。花粉を運ぶ動物、すなわち送粉者は、花粉や花蜜を報酬として得る。
このような相利共生的な関係は長い進化の過程によって、生じたものであり、美しく精妙な花の機構と花に適合した送粉者の行動は、自然界に於ける適用のみごとな実例である。(「昆虫の誘い寄せる戦略」より)
熱帯雨林はサンゴ礁と並んで、生物が造りだした地球上でもっとも複雑で巨大なある種の生命体である。ボルネオ島の熱帯雨林で最大のフタバガキやまめの仲間の高さ70mに達する。そこには1ヘクタールに400種以上の樹木が生育し、さまざまな地形と土壌を含む50ヘクタールでは1,200種を超える。
熱帯雨林の骨格は、林冠を頭ひとつ飛び抜けた70メートルにも及ぶ突出木、林冠を構成する高木、林冠には達しないが、10メートル以上に生長して非常に多くの樹種を含む亜高木、数メートルの高さで花を咲かせ果実を結ぶ低木によって構成されている。
それにシダやランなどの着生植物や、おとなの腕よりも太い蔓を延ばす蔓植物が絡みついて、熱帯雨林特有の景観が形づくられる。成熟した熱帯雨林では、林冠で浴びる光エネルギーの1%程度しか林床に達しない。
熱帯雨林の多種多様な樹木で構成される複雑な空間は、動物たちにさまざまな生活の場を提供している。葉を食う昆虫の多くは、特定の樹種の葉を食べる。このことは、植物の種の何倍あるいは何十倍の昆虫の種が存在することを意味している。林冠に住む昆虫、クモなどの節足動物は、ほとんどが未知のものであり、その種類は、数千万種に達すると推定されるようになって来た。(第16回)