4. 苦境からの脱出 (安藤百福著 平成4年発行)
『保存性、簡便性の二条件を満たすには、乾燥するのがよさそうだが、短時間で元に戻る乾燥法である必要がある。人類は有史以前から、食物の保存に知恵をしぼってきた。気まぐれな自然のなかでは、不作、不漁は、避けられないからだ。
塩蔵、乾燥、燻煙など、さまざまに工夫がなされて来た。私は結局、油熱による乾燥にたどりつくのだが、伝統的な保存法を一つ一つたどっては捨てていった。最初のうち、油熱も多くの乾燥法の一つにすぎなかったのである。
油熱のヒントはテンプラにあった。材料にメリケン粉を水で練ったころもをつけて熱した油に入れると、ころもは瞬間的に水をはじきだして、ポッポッの穴が沢山できる。私は自分で料理を楽しむ趣味を持っていたから、このことを熟知していたのである。
めんのかたまりも、油を通すと、同様に無数の穴ができる。つまり多孔質を形成するのだ。湯に入れると多数の穴に侵入し、短時間で元に戻る。』
『カップは、即席めんを包む包装材料である。ところが、湯を注いで蒸らす時、それは調理器具となる。さらにフォークで食べるとき、食器の用を足す。一つで三役をこなす。上が広く、底が狭い逆円錐形容器にものを収めるのは、考えたほど簡単ではなかった。』
『めんのかたまりを容器より小さめにして、下に落とし込めば、ストンと入るだろう。しかし、これでは衝撃でめんが痛む。運搬中に転がって、めん自体が崩れる原因にもなる。上にのせたつもりのかやくも、こなごなにくだけて、めんと混じってしまう。しかも、湯をかけたとき一様に戻らない。
「容器にものを入れる」「包む」といった作業は、たいていの場合、簡単に考えがちである。ところが、時によると商品化の死命を制することさえある。私の前に立ちふさがった壁がまさにそれであった。
「底につけてだめなら、中ほどに浮かしてみようじゃないか」開発するものによっては袋小路を出られない場合がある。しかし、それは常識のワクの中だけで考えているためである場合が多い。古来、宙に浮かして包むという方法はない。だから、できないし、やるべきでないというのが常識だった。時代がかわれば、技術は進歩する。すでに非常識は常識化しているのだ。
「宙づりにしたからといって、どんなメリットがあるのか」誰もが、最初のうちは半信半疑だった。いいだした私でさえカップヌードルを製造する上で決め手となるほど重要なアイデアとは、思いもよらなかった。だが、具体化してみるとその利点は驚くべきものがあった。
まず、第一に宙づりのめんが、カスガイの役目をして、容器を補強する。運送中、乱暴に扱われても、こわれることはない。第二に、しっかり固定されるので、めんが揺れて崩れる心配がない。第三に、めんを戻すとき、湯が平均にゆきわたり、ムラができない。底にへばりつくこともない。
めんのかたまりを、上が密で下が疎につくっておけば、平均的に戻る。下部の空間に降りてきた熱湯はめんを下から包み込み、全体をやさしくほぐしていくからだ。第四に、上部の空間にかやく類を体裁よく盛ることができる。フタを開けたとき、エビや、卵、肉、野菜がパッと目に入り、商品価値が高まる。
宙づりのアイデアは、”中間保持”の実用新案として確立した。カップ入り即席めんの製法としていまだにこれ以上の方法はない。というより宙づりにしなければ、商品価値はいちじるしく劣る。』
カップめん開発の経過とブレークスルーの詳細を現場で頭の中身まで、観察しているように、明瞭に記述されている。(第5回)