112. 英語で味わう名言集 (ロジャー・パルバース著 2011年3月)
本書は前々回紹介しました「英語で読む啄木」の著者の本です。そこで感じたパルバースは、英語力もさることながら、日本語力には舌を巻くものがあります。英語をより理解するには日本語をより理解する必要があり、言語をより理解するには、文化を理解する必要があります。
本書はパルバースが選んだ200の名言が書かれています。そのうち70人ほどが日本人のもので、英語にはパルバース自身が翻訳しています。それぞれの名言の出典が巻末に明記されてます。
ここでも、一つ一つの名言の意味を著者自身が深く理解し、名言の作者の人間的魅力についても言及しています。名言は、日本語であろうと、英語であろうと名言自体に力というか、含蓄が含まれてなければなりません。〔RP〕は、著者 Roger Pulvers が翻訳したことを示します。English : 日本語 は私の蛇足です。
『 Chance favors those who are mentally prepared for it. 〔RP〕 原文はフランス語
好機は心の準備ができている者のもとにやってくる。 (ルイ・パスツール フランスの化学者・細菌学者)
科学の発見には偶然のチャンスが大きな役割を果たすことを、科学者はほかの誰よりもよく知ってます。でも同時に、そのチャンスが目の前にやってきたとき、それに気づくことができる鋭敏さを持ち合わせていなくてはならないのです。
ここでの chance は「偶然の幸運、好機」といった意味。本当に幸運な人とは、その幸運が他の誰かのところへ行ってしまう前に、しっかりつかまえられる人のことです。 favor : 好意を示す
If you wish to accomplish something in life, be honest to a fault. Oh, don't just let your talents fly. 〔PR〕
事を成し遂げるのもは、愚直でなければ。あー才ばかり走ってはイカヌ。 (勝海舟 江戸・明治時代の政治家)
日本語の「愚直」は――似た言葉でもっと親しみやすい「ばか正直」もそうですが――とてもすてきな言葉ですね。英語にはこれに一語で相当する単語はありませんが、ぴったり同じ意味のフレーズならあります。それが honest to a fault です。 accomplish : 成し遂げる
True talent comes from belief in yourself, in your own power. 〔RP〕 原文はロシア語
本当の才能は、己自信を信じ、己の力を信じることから生まれる。 (マクシム・ゴーリキー ロシアの作家)
ゴーリキーの戯曲「どん底」の中の、とあるセリフから取った言葉です。この作品では、 down and out (落ちぶれ、絶望の底にある)な人々が描かれています。
私たちも down and out なとき、あるいはちょっと down (落ち込んでいる)なとき、この名言が何らかの助けになってくれるかもしれません。
Ordinary people think merely of how to spend their time. A person of talent strives to use it. 〔RP〕 原文はドイツ語
凡人はただ時間の過ごし方だけを考えるだけだが、才能のある人は時間を使おうと努力する。 (ショーペンハウエル ドイツの哲学者)
この名言でおもしろのは、時間を「過ごす」(spend)ことと、「使う」(use)ことの対比です。ショーペンハウエルは、時間を過ごすだけではだめだ、有意義に使わなくてはならない、と説いています。strive : 努力する
I do not know anyone who has got to the top without hard work. That is the recipe. It will not always get you to the top, but should get you pretty near.
努力なしに頂点に立った人など、ひとりも知りません。努力こそが秘けつです。努力があれば必ずとは言えませんが、頂点にかなり近づけるはずです。 (マーガレット・サッチャー イギリスの元首相)
recipe (レシピ)という語が、料理とは何の関係もない文脈で使われていることに注目。これは「秘けつ、やり方」といった意味で、a recipe for disaster (災いのもと)という決まり文句もあります。 』
『 Luck is a dividend of sweat. The more you sweat, the luckier you get.
幸運とは、流した汗に対するボーナスです。汗をかけばかくほど、幸運になるのです。 レイ・クロック(アメリカの企業経営者)
この名言の中核をなすのは dividend という語です。これは divide (分ける)をいみするラテン語から来た単語。つまり dividend とは、受け取るべき「分け前」のこと。予想していなかった「おまけ、ボーナス」を意味することもあります。
To cultivate bravery, you must endeavor to nurture not only the boldness to forge ahead but also the calm courage to retreat and stand your ground. True bravery is a combination of the two. 〔RP〕
勇気を修養する者は進む方の勇ばかりでなく、退いて守る方の沈勇も、またこれを養うように心がけなければならぬ。両者が揃うて真の勇気が成る。 新渡戸稲造(教育者、農学博士)
これは驚くべき名言ですね。前に進むための強い勇気と、退却するための静かな勇気とを結びつけて表現しています。私も勇気を持って、「勇」を boldness と英訳してみました。
foge ahead は「どんどん前進する」という意味。 stand your ground は「自分の地位や立場を守る」というニュアンスです。cultivate : 修養する、bravery : 勇気、endeavor : 務める、nurture : 養う、forge : 進める、ahead : 前へ、calm : 穏やかな、courage : 勇気、retreat : 退却
I love the sky and flying more then anything else on earth. Of course there's danger; but a certain amount or danger is essential to the quality of life.
私は、空を飛ぶことを何よりも愛している。もちろん危険はある。しかし、適度な危険は人生を豊かにするのだ。 チャールズ・リンドバーグ(アメリカの飛行家)
この名言に使われている essential 「不可欠な、必要事項」といった意味になります。
Everything that is happening at this moment is a result of the choices you've made in the past.
今起きていることはすべて、過去にあなたが行った選択の結果である。 ディーパク・チョプラ(インド出身の医学博士)
Deepeak Chopra (1946- )インド出身のアメリカの医学博士。心と体の健康を総合的にとらえる医学およびウェルビーイングを提唱。
Anything can be done, but only if you try. If nothing's done, the fault lies with you. 〔RP〕
成せば成る 成さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 成さぬなりけり 上杉鷹山
この言葉はとても有名ですね。意味をくみ取って思いきって意訳してみました。その際に使った fault という単語をご紹介しましょう。これは「(過失)責任」を表し、 one's fault で「~のせい」という意味になります。 lie : ある
上杉鷹山(ようざん)(1751~1822)1767年、財政破綻にあった米沢藩(山形県)藩主となる。農村復興、倹約の奨励、藩校の創立など大胆な藩政改革を行う。
1961年、米国大統領に就任したジョン・F・ケネデ ィは、日本人記者団からこんな質問を受けた。「あなたが、日本で最も尊敬する政治家はだれですか」 ケネディはこう答えた。「上杉鷹山(ようざん)です」という有名な話があります。 』
『 Life is like riding a bicycle. To keep your balance you must keep moveing.
人生は自転車だ。倒れたくなければ走り続けよ。 アルベルト・アインシュタイン (息子への手紙より)
鋭く、そして楽しいこの名言は、simile (直喩)で始まっています。直喩とは like や as を使って物事をたとえること。この名言でおもしろいのは、最初の文が謎かけになっていることです。
なぜ人生は自転車に乗ることなのか? それは、こぎ続けなければ倒れてしまうから、とアインシュタインは言います。人生は動きつづけなくてはだめだ、ということです。 keep … balance (バランスを保つ)はよく使われる表現です。
People can say of me what they will. But the fact remains that no one knows what makes me tick like I do. 〔PR〕
世の人はわれをなにともゆはばいへ わがなすことはわれのみぞしる 坂本龍馬
この魅力的な言葉の英訳には、いくつか興味深い表現を使っています。まずは、say … what they will。これは「好きなことを言う、勝手に言う」という意味です。 the fact remains は「(~という)事実は変わらない」の意味です。
世の中の人が何を言おうと、自分の信念は変わらない、という強い気持ちを表現するのにこのフレーズを使ってみました。 what makes (someone) tick は、「(人)を動かすもの」。
tick という動詞には「(時計が)カチカチと音を立てる、時を刻む、時が進む」という意味もあります。龍馬の時代から時は大きく進みましたが、彼の思想やその行動、強烈な個性は、現代の人にも大きな影響を与えています。 tick : 動く
Trustworthy managers should possess: first, honesty; second, foesight; third, health. 〔RP〕
信頼できる経営者は、一に誠実、二に先見性、三に健康。 伊夫伎(いぶき)一雄 (1920-2009、元三菱銀行会長)
確かに、この3つは誰でも持っていたいものですよね。2番目の foresight は、日本語の「先見性」と同じく、先のことを見通す力という意味です。反対語は hindsight 「あと知恵」です。 possess : 〈才能など〉を持つ、trust + worthy 〈人などが〉信頼できる
Most mistakes that business leaders make arise from not being willing to face reality and then acting on it.
経営者が犯すミスの大半は、現実を直視しないまま行動を起こすことによる。 ジャック ウェルチ(1935- GEのCEO)
アメリカの企業家による、なかなか興味深い名言ですね。この face は「直面する」という意味。 face reality で「現実を直視する」という意味です。 arise : 起る、willing : …するのをいとわない
Keep your head low and your antenna high. 〔RP〕
アタマは低く、アンテナは高く。 鈴木三郎助 (1922~ 味の素名誉会長)
なんたる簡潔さでしょう! 』
『 Business is not about what you have to do to sell product, but about what you can do to give customers satisfaction and joy. 〔RP〕
事業の原点は、どうしたら売れるかではなく、どうしたら喜んで買ってもらえるかである。 松下幸之助
松下幸之助は「経営の神様」と呼ばれます。理由は、この名言を見れば明らかですね。 satisfaction は「満足」という意味の名詞。
Never tell people how to do things. Tell them what to do and they will surprise you with their ingenuity.
いかにすべきかではなく、何をすべきかを伝えよ。そうすれば、人は驚くべき才能を示す。 ジョージ・パットン(アメリカの軍人)
ingenuity とは「巧妙さ、精巧さ」といった意味。ジョージ・パットン(1885~1945)勇猛果敢な性格で戦術に優れ、第二次大戦でアフリカ上陸、シチリア島侵攻、ノルマンディー上陸作戦でも功績を残した。
Whenever an individual or a business decides that success has been attained, progress stops.
個人であれ、企業であれ、成功を手にしたと思った瞬間に進歩は止まるのです。 トーマス・ワトソン(1874~1956) IBMを世界企業に成長させた
偉大な企業家による、優れた名言です。営業マンからビジネスの階段を駆け上がったワトソンは、self-made man (たたき上げの男)と呼ばれています。attein sucess は「成功を手にする」。 attain は get と同じく「手に入れる、獲得する」という意味です。 individual : 個人
Have the will to become number one in the world in the field of work you've been given. 〔RP〕
与えられた仕事の分野では、世界一になるんだという意気込みを持て。 賀来龍三郎(1926~2001)キャノンを世界的企業に成長させた。
「意気込み」をそのまま英語にすれば、ardor や enthusiasm (どちらも「情熱、熱意」という意味)になるでしょう。しかし、この名言で賀来龍三郎が伝えたいのは、単なる情熱ではなく、成功をつかむんだという強い意志ではないか――そう思って、私は will (意志)という語で訳してみました。
One of the great discoveries a man makes, one of his great surprises, is to find he can do what he was afraid he couldn't do.
ひとりの人間にとっての最大の発見、最大の驚きは、自分にはできないと思っていたことが実はできるのだ、と知ることである。 ヘンリー・フォード(1896~1947) T型フォード車を開発
この名言のポイントは、he was afraid he couldn't do というフレーズです。 afraid は「恐れて」という意味ですが、この場合は「恐怖」ではなく、自信がなくてたじろいでいる、ということです。
ヘンリー・フォードは self-discovery (自己発見)を、まるで科学やテクノロジーの大発見、大発明と同じように語っています。 』
『 Virtue is a kind of health, beauty and good habit of the soul.
徳とは一種の健康であり、美であり、魂のよいあり方である。 プラトン(古代ギリシャの哲学者)
これはすてきな言葉ですね。英知にあふれるこの古い名言以上に真実を表した言葉はないのではないでしょうか。 virtue : 美徳
For attractive lips, speak words of kindness. For lovely eyes, seek out the good in people.
魅力的な唇を手に入れるためには、優しい言葉を話すこと。美しい瞳を手に入れるためには、相手の長所を探すこと。サム・レヴェンソン(アメリカの作家) ("Time-Tested Beauty Tips")より
この本で紹介している名言の中でも、一、二を争う美しい言葉かもしれません。女優オードリー・ヘプバーンが愛したことで知られる詩の一節です。
ポイントとなるのは attractive と lovely という2つの単語。 attractive は attract (魅了する)という動詞の形容詞形で、人を磁石(magnet)みたいに引き付けてしまうパワーがある、というニュアンスです。
There's a way to do it beter ----find it.
もっとよい方法があるはずだ。それを見つけなさい。 トーマス・エジソン
最後に出てくる命令形の find it により、とても力強い名言になっています。まるでエジソンが、私たちにアドバイスではなく命令を下しているかのようですね。 good の比較級 better の使い方も気が利いています。
Making the simple complicated is commonplace. Making the complicated simple ―― awesomely simple ―― that's creativity.
単純なものを複雑にするのは、ごく普通のことだ。 複雑なものを単純に――とてつもなく単純に――すること、それこそ創造というものだ。 チャールズ・ミンガス(アメリカのジャズ演奏家)
まるでチャールズ・ミンガス自身のジャズのように、とてもリズムのある名言です。 awesomely という語の使い方がおもしろいですね。これは awe という、短いけれど複雑な意味を持つ単語からきています。
awe には「驚き、感嘆」のほかに、「恐れ、畏怖」といった意味もあります。この後者の意味から、awful (恐ろしい)という語がうまれました。
形容詞 awesome も、もともとは畏敬の念を表す語でしたが、最近は180度違う「すてきな、かっこういい、すげぇ」という意味で広く使われるようになっています。 complicate : 複雑にする、commonplace : 平凡な
It is not knowledge, but the means of gaining knowledge which I have to teach.
教えるべきは知識ではない。知識を得る方法だ。 トーマス・アーノルド(イギリスの教育者)
根っからの教育者だったトーマス・アーノルドの言葉です。本物の教育とは一生涯続くものであることを、彼はわかっていました。 means は「手段」という意味。 』
『 There is no shame in not knowing. Not making the effort to know: That's a shame. 〔RP〕
知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である。 澤柳政太郎 (教育者、成城学園創立者 「学修法」より)
英語版ぼ最後の3語、That's a shame. には「それは恥である」と「それはもったいない」という2つの意味があります。もともとの日本語版には「もったいない」の意味はありません。これはちょっとした偶然ですが、翻訳によって新たな意味が生まれることもあります。 effort : 努力
All people, whether clever or not, possess a strong point or two. By combining these, they can accomplish great things. 〔RP〕
世の中には賢い人も愚かな人もいるが、それぞれ1つ2つは才能をもっている。それらを統合し事にあたれば、必ず成し遂げられる。 吉田松陰 (幕末の思想家、教育者)
吉田松陰は、相手がどんな能力を持っているか、ぱっと見抜くことができる才能の持ち主でした。教師になろうとするひとには、きっとこうした能力が大切でしょうね。
この名言における「才能」を、私は strong point と表現しました。 possess : (才能などを)持っている
We are becoming the servants in thought, as in action, of the machine we have created to serve us.
今や人間は自分の召し使いとして生み出した仕組みの召し使いである。思考も、行動も。 ジョン・ケネス・ガルブレイス(アメリカの経済学者)
ここで言う machine とは、経済という名の巨大で無常な機械のこと。経済は人間のためにあるべきであり、人間が経済に隷属してはならないのだ、ということです。 serve はこの場合、「仕える、~のために働く」という意味です。
同じ著書( The new industrial state )の中で、ガルブレイスはこうもいって言っています。
What counts is not the quantity of our goods but the quality of life.
肝心なのは私たちの持ち物の量ではなく、生活の質でる。
ガルブレイスは人間を重要視し、人々のニーズを最優先した経済学者だったのです。
Being rich does not mean having lots of money, but having an amount you consider enough. Being poor is not lacking in money, but considering what you have not enough. 〔RP〕
(金持ち)とはお金がたくさんあることではなく、これ以上お金は必要ないと思っている人のことである。(貧乏人)とはお金がないということではなく、お金があってもまだ足りないと思っている人のことである。 久保博正(1938-)作家
これは relativity (相対性理論)をお金に当てはめたもの。 rich か poor かは、自分の見方とその使い方によって変わるのかもしれません。
With nobler desires, greater earnestness and wider sympathy not limited to just a few … the weakest of us may attain success.
高い志と熱意を持ち、少数だけでなく、より多くの人々との共感を持てれば、どんなに弱い者でも事を成し遂げることができるでしょう。 津田梅子 (津田塾大学創立者)
子ども時代のほとんどをアメリカで過ごした津田梅子は、女性の地位向上のために人生をささげました。彼女はここで、日本の若い女性にアドバイスと励ましと希望を与え、成功を手にするにはどうすればいいかを教えています。
自己実現を果たし、成功を手にできる一番の方法は、他人へ心を開くことなのだと、彼女は説いているのです。この名言にはいくつもの形容詞が出てきますが、 noble、great、wide は -er で終る比較級、そして最後の weak は -est で終る最上級になっています。
この3つの -er と1つの -est が作り出すリズムがすばらしいですね。梅子の英語はやや古めかしいスタイルですが、たとえば not limited to just a few (少数の人だけでなく)というフレーズは、現代の私たちでも十分使えます。
彼女はこれを、日本の女性たちに「視野を広げてほしい」という意味で使っています。 』 (第111回)
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