チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「未来企業」

2017-08-10 15:27:51 | 独学

 143. 未来企業  (リンダ・グラット著 2014年8月) (The Key  by Lynda Gratton ©2014)

     How Corporations Succeed by Solving the World's Toughest Problems   [Tough : 折れにくい]

 

 最初に”日本の読者のみなさんへ”より、紹介します。

 『 本書は、いわば、「ワーク・シフト」の企業バージョンです。この本で私は未来の世界を形づくる要因が、企業とそこで働く人々にどんな影響を及ぼすのかについて書きました。

 企業は今後、どのような活動にどのような方法をもって取り組むべきか。どんな企業文化がもっとも望ましいのか。未来企業を導いていくリーダーの条件とは何か———これらの問についての私なりの答えがここにあります。

 その中核にあるのは「レジリエンス」(resilience)である、という考え方です。レジリエンスという言葉のおおもとの意味は、「負荷がかかって変形したものが、元の形状に戻る力」です。これが転じて、ストレスからの回復力、困難な状況への適応力、災害時の復元力、といった意味合いで使われるようになりました。

 本書では、世界のレジリエンス、企業のレジリエンス、個人のレジリエンス、というようなかたちでこの言葉をつかいます。メインテーマである企業のレジリエンスについては、「三つの領域」で考えています。

 企業の中核となる一つめの領域が、従業員が知性と知恵を増幅し、精神的活力を高め、互いの結びつきを深めることができるような職場環境です。

 企業のレジデンスは、社外でも試されます。地域のことを考え、サプライチェーンの末端まで配慮した活動が二つめの領域におけるレジリエンスを形成します。

 もっとも外側にある三つ目の領域におけるレジリエンスは、企業がその資源や能力を活用して若者の失業問題や、気候変動といったグローバルな課題に取り組むことによって実現されます。

 本書「未来企業」では、未来を見据えて、この三領域のそれぞれにおいてレジリエンスを強める取り組みをおこなっている企業の事例を紹介してます。 』


 本書で取り上げられている、企業の例として、

 インフォシス:インドのITコンサルティング会社

 P&G:米国の洗剤、化粧品のメーカー

 ロシュ:スイスの製薬会社

 タタ :インドの自動車メーカー、タタ財閥

 BT :イギリスの電機通信業者

 シスコ:アメリカのネットワーク機器開発会社  などなどの多国籍企業です。すなわち、日本の一流大学を出ても入社することは、かなり難し企業であることが、少し気になります。では、読んでいきましょう。


 『 グローバルなバランスが変化し、どこからでもつながることができる時代には、有能な人材が集まる地域が新たに生まれる可能性がある。

 シリコンバレーの発展は移民に支えられたところが大きく、1980年から1999年までに誕生した新興企業の約25%はインドまたは中国の起業家によって創業された。

 これらの企業は二〇〇五年までに五二〇億ドルを稼ぎ出し、四十五万件近くの新規雇用を創出したと推定される。彼らのおかげで、社会学者リチャード・フロリダの言う「スパイキーな世界」になりつつある。

 とてつもないイノベーションを起こす才能とやる気のある人材がいくつかの地域に偏っているのだ。専門的な仕事をしているクリエイティブ・クラスが集まる地域では、こうした創造性の集積地がすでに形成されている。

 たとえばアメリカの場合、金融部門であればニューヨークへ、バイオテクノロジー部門でればボストンへ、メディアや戦略情報の分野であればワシントンへ、といった具合に人々が移り住む状況が変わらない限り、こうした才能の偏在はなくならない。

 ヨーロッパの場合、ロンドンは世界の金融および創造性の中心地、ミラノとローマはファッションや工業デザインの中心地、シュトゥトガルト、フランクフルト、マンハイムは高性能な工業製品の中心地という状況が続くだろう。

 新興国の場合、インドのバンガロールに強力なテクノロジーの集積地がすでに三つ誕生し、上海はアジアの金融の中心地となりつつあり、ヨハネスブルクとナイロビが商業と電気通信の分野でアフリカのリーダーになる可能性がある。

 経営陣にとって、これは矛盾した現象に見えるかもしれない。

 技術の進化のおかげで仮想空間で働くことが当たり前になり、無人島や山の上でも仕事ができるようになる一方で、人々が都市に流れ込み、同じような才能や関心を持った人々が一部の地域に集中するという一見矛盾した現象が起こっている。 』


 『 どの国においても、不況期に割りを食うのは若者たちだ。実際、二〇一二年の時点で、スペインでは若年層の失業率が五〇%近くに達し、先進国の多くで二〇%を越えていた。

 これは単に景気が悪化したからではなく、求人市場の構造や働き方が大きく変わり、労働が空洞化した影響がある。とはいえ多くの地域で、求人件数が増えているのに若年層の失業率は高いという矛盾した状況が生まれている。

 たとえば二〇一〇年、アメリカでは求人件数が三百万件あったにもかかわらず失業率は上がり続けた。

 研修制度が十分に整っておらず、将来どの仕事の需要が高まるのか不透明で、能力開発の機会が限られているため、スキルギャップは拡大の一途をたどっている。

 興味深いことに、景気対策が十分で教育機関と企業の連携が密接なシンガポールなどの国ではこうしたスキルギャップがほとんどなく、若年層の失業率が低い。

 社会流動性が明らかに失われつつある先進国では、このスキルギャップがさらに広がっており、若者が高度なスキルが要求される仕事に就くことを一層難しくしている。

 幅広く教育や能力開発に投資をしていない国では、こうした労働市場の二極化がさらに進むだろう。とくに、科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学といった分野への投資を怠ると、スキルギャップは広がる一方で、長期間にわたって失業率が悪化し、低い社会的流動性を固定化させてしまう。 』


 『 中国、インド、ブラジルなどの成長を続けている新興国では、ここ三〇年で貿易や資本の入出量が大幅に増えているが、後発発展途上国の多くはそのような状況にない。

 かって世界銀行のチーフエコノミストを務めていたジョセフ・スティグリッツの言葉を借りると、「二〇世紀の終わりの一〇年間に貧困の削減が何度も約束されたにもかかわらず、実際は貧困にあえぐ人は毎年平均二・五%ずつ増えた」のだ。

 二〇一〇年に世界銀行は約二十億人がグローバル化から完全に取り残された国で暮らしていると報告した。そのなかにはパキスタン、インドネシア、そしてアフリカや南米の大半の国々が含まれる。

 これらの地域では、国民所得の減少に伴って貿易が縮小し、経済成長が頭打ちになって貧困が進んでいる。アフリカ人のほとんどは四〇年前のほうが裕福だった。

 こうした地域では収入格差も広がりつつある。たとえばモロッコからバングラデシュ、さらにインドネシアまでを含めたイスラム圏からフィリピンにかけての地域では、一人あたりの平均収入が全世界の半分である。

 第二次世界大戦の終結以降、全世界で貧困を撲滅するためにおよそ一兆ドルの助成金や貸付金が投じられてきたにもかかわらず、世界銀行の報告によると地球の全人口の半分近くがいまでも一日二ドル未満で生活し、全人口の六分の一が一日一ドル未満で生活している。

 貧困の問題は格差の問題でもある。アメリカを例に挙げよう。一九七六年には上位所得者の一%の家計が全所得の九%を占めていたが、二〇〇七年にはその数字が二四%に跳ね上がった。

 これは先進国だけの現象ではない。新興国でも格差は拡大している。 

 経済学者のラグラム・ラジャンの考えでは、いま歯止めをかけなければ、この格差はこのまま定着し、教育や医療を受ける機会にまで影響を及ぼし、さらなる格差につながりかねない。

 その結果、世界経済の亀裂が表面化するケースが増え、社会の分裂や権力争いに拍車がかかる。 』


 ここから、要約しながら話をすすめます。著者は、以下のように論じます。

 企業経営者の影響が及ぶ領域は、三つの円としてイメージすることができる。最も内側の領域(社内のレジリエンスを高める)、中間の領域(社内と社外の垣根を取り払う),最も外側の領域(グローバルな問題に立ち向かう)です。

 最も内側の領域、社内レジリエンスという核を構築するのは、企業の持っている資産と能力です。特に重要なのは人的資産です。企業の従業員は、知性と知識を増幅し、意欲を高め、社会的つながりを通じて能力を発揮することができます。

 人的資産を構成するのは、つぎの三つです。「知性と知恵」は、個人として、チームのメンバーとして、洞察力と分析力が高められるとき生まれる。

 「精神的活力」は、やる気があってじっくり考えられる状態であれば、仕事に創造性とイノベーションをもたらしやすくなる。

 「社会的つながり」は企業が持っている社会的な資産であり、企業の枠を超えてサプライチェーンや社会にまで及ぶネットワークのなかに存在している。

 中間の領域(社内と社外の垣根を取り払う)は、企業が自分勝手に活動できる存在ではなく、地域社会と深く関わっていることを自覚することを求められている。

 最も外側の領域(グローバルな問題に立ち向かう)は、企業が世界全体から影響を受けており、環境の悪化、格差の拡大、若年層の失業、貧困の広がりといった問題は複雑で、解決するためには多くの人々の協力が必要だ。

 これらに立ち向かう姿勢も、リーダーシップのあり方としては、重要になります。


 『 企業が誕生して以来、共同作業のほとんどは少人数のグループが直接顔を合わせておこなってきた。

 だが知性を増幅するためのツールのおかげで、少人数が直接顔を合わせて共同作業をするだけでなく、バーチャル環境を通じて数千人が密に繫がり、アイデアや情報を交換できるようになってきた。

 問題の解決に少人数のグループで取り組む代わりに、十四万人で取り組むとどうなるか想像してもらいたい。洞察力や考え方が異なる膨大な数の人々が集まり、知力を結集するさまを。

 インドのIT企業、インフォシスはまさにこの実現に挑んでいる。同社はグローバルなネットワークを構築し、三十三ヵ国に及ぶ数千人の従業員の意見を出させ、問題解決案を交換させることで、さまざまな革新的なアイデアを掘り起こそうとしている。

 このグローバルなネットワークの威力で、トレンドを見つけ、現状に対する疑問を投げかけ、さまざまな意見を出し合って、数千人が議論を戦わせるのだ。

 インフォシスの経営陣は、この「賢い群衆」を最大限に活かす方法を本気で見つけようとさまざまな試みをおこなっている。最終目的ははっきりしている。

 経営戦略づくりや問題解決を経営陣だけでおこなうのをやめ、従業員からも広く意見を募ることである。そのためには古いやり方を改め、働き方やコミュニケーションの方法を一新し、改善していく必要がある。

 従来の経営手法では、経営戦略をより完璧なものにするために、経営陣は次第に密室のなかで戦略を練るようになっていた。

 しかしこの新しい問題解決手法を取り入れるにあたって、数千人という人々のアイデアや洞察力を増幅するという方法を選択したのだ。 』


 『 まず経営陣が取り組んだのは、社内のヒエラルキーを覆し、入社わずか数年の若い従業員の声に耳を傾けることだった。

 数千人という若い従業員の声を生かすことで、彼らが日常業務をこなすだけでなく、インフォシスの長期的な発展のためにより積極的な役割を担う意欲を持つことを期待したのである。

 この取り組みをさらに加速させ、二〇〇九年には若い従業員のグループが同社の年次戦略会議で経営陣に直接意見を伝えられるようになった。

 この話し合いの首尾は上々だった。経営陣の多くにはY世代(1980~95年生まれ)の子どもがいるが、社内で若者たちの考え方を知る機会はそれまでほとんどなかったのだ。

 その後、インフォシスは若い従業員の意見を長期的な戦略決定に生かすための取り組みをさらに推し進めた。それを可能にしたのは、仮想プラットフォームの急激な進化だ。

 経営陣は最新テクノロジーとY世代との話し合いから生まれたアイデアを組み合わせ、社内全体でのスムーズな話し合いを可能にする仮想プラットフォームをつくった。

 それにより、情報のやり取りが活発になった。たちまち一万二千人を超える従業員がこのプラットフォームにアクセスし、アイデアを共有して、自社が直面している問題について理解を深めた。 』


 『 経営陣はこの成功を足掛かりにして、六十五都市以上にいる従業員同士が顔を見ながら話し合えるミーティング、自社チャンネルでのテレビ放送、アイデアを書き留めるための仮想黒板、重要なテーマについて話し合える「ナレッジカフェ」、社内の専門家とのチャット、全社規模での質疑応答など、世界中でさまざまな取り組みをはじめた。

 その結果、二〇一〇年末までに四万六千人以上の従業員が参加しておよそ二万のアイデアを提供し、これによってインフォシスの未来の戦略が練り上げられた。 

 インフォシスの経営陣は、次に、より積極的に協創して問題を解決するためのツールを社内で開発した。

 二〇一一年に導入された「イノベーション・コ・プラットフォーム」という仮想プラットフォームをつかえば、従業員は協同作業をおこなう相手を見つけ、詳しいデータにアクセスし、専門家に助言を求めアイデアを提供することができる。

 こうした取り組みのおかげで情報が世界中にスムーズに伝達されるようになり、ただちにフィードバックが得られるようになった。

 また、社内で最も知識が豊富でやる気のある従業員がどこにいるのかも特定できるようになった。その結果、経営戦略に強い関心を持ち、やる気にあふれた従業員の人脈が築かれたのである。

 彼らは次第に、各地域、各部署で生れたアイデアを生かすための中心的な役割を担うようになり、なかには経営戦略に関するヒントを得るために勤務時間の二十五%以上を世界各地の同僚との話し合いに費やしている従業員もいる。 』


 『 世界中の同僚と経営戦略について話し合えるプラットフォームづくりへの投資を増やしていくなかで、経営陣が直面した問題の一つは、機密性の高い情報の扱いだった。

 従来の常識では、自社に関する機密情報を閲覧できるのは経営陣のみであり、こうした情報はめったに公開するものではなかった。だが本物の情報が得られなければ、従業員が経営戦略について真剣に話し合うのは難しくなる。

 自由な発想で適切な意思決定を従業員にさせるには、機密情報も含めて本物の情報をリアルタイムで提供しなければならないことに気づいたのだ。

 本物のデータがなければ、どんな話し合いも空虚な理想論になるだろう。具体的には、業界シェア、収益性、他社と比較した競争力といった機密情報が社内で公開された。

 言うまでもないが、従業員を心から信用していなければこのようなことはできない。

 テクノロジーが進化して「賢い群衆」のつくり方が明確になるにつれ、こうした群衆の知恵の生かし方もさらに洗練されてきた。

 こうした知恵は、社内の人材を活用して利益を追求するためのものから、社外の人材を活用して公益を追求するためのものにまで拡大されてきている。 』 (142回) 


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