今回は「英雄の生涯」(リヒャルト・シュトラウス作曲)ならぬ「真空管の生涯」について。
真空管愛好家の特有の心理だろうが、ときどき真空管と人間の生涯を比べてみたくなることがある。両者とも「寿命」という共通の運命に支配されているのでそう無理筋でもないと思うがどうなんだろう。
まず人間の生涯を大まかに分けると「幼年期~壮年期~老年期」に分けられるが、寿命は80年としてその内訳を順に「15年~35年~30年」としよう。もちろん肉体的にというわけだが、真空管はどうなんだろう。
球の種類もいろいろあるので諸説あろうが、十把一からげに大まかに時間単位でいくと寿命を6000時間として幼年期が100時間、壮年期が4000時間、老年期が2000時間といったところかな。人間に比べると幼年期がとても短いのが特徴。人間の幼児教育にはとても時間がかかるのだ(笑)。
さらに人間の場合、己がどの年期に属するのか把握するのは簡単そのものだが、真空管ともなるとはたしてどの時期に相当しているかこれを見分けるのが実に難しい。壮年期ならもちろんいいが、もし老年期に入ったとするといったいどのくらいで姥捨て山に行かせるか、その時期を常に意識せざるを得ないのが共通の課題だ。
それともう一つ、幼年期に冴えなかった球が壮年期に差し掛かると大化けする可能性もあるので、新品のときに「これはダメ」といちがいに決めつけるわけにもいかないので用心しなければならない。
つい最近も似たような経験をしたので述べてみよう。
今年(2016年)の3月頃に非常に信頼できる筋から手に入れた新品の電圧増幅管「MH4」。
持ち主が言うのもおかしいが、マニア垂涎の的と言ってもいいくらい極めて稀少な「メッシュプレート」管である。画像右側の球の「網の目状になったプレート」がお分かりだろうか。通常はここがのっぺりした板状のプレートになっている。
メーカー側にしてみると開発した初期の頃は音質の良さを広くPRしなければならないので手間はかかるが音がいい「メッシュプレート」タイプにするが、そのうちひと通り行き渡ると途端に手を抜きたがるのはどこの国でも同じ(笑)。
なにしろ「(コストを度外視して)いい製品を作るメーカーほど早く潰れる」という悲しい伝説が横行しているのが、この業界の特徴である(笑)。
したがって音質はそっちのけでコストダウンを図って開発費を回収しようとばかりツクリが簡単な「板状プレート」に移行してしまうのが常套手段である。まあ、耐久性への対策もあるんだろうが、音質的にけっして良くないのは同じこと。
したがって、メッシュプレートの球は板状プレートの球に比べて通常では2倍程度のお値段がするが、音さえ良ければそれで良し、期待に胸をふくらませてイザ御開帳。
すると、アレ~、何だか冴えない音!低音域はさすがに良く伸びるが中高音域がキリがかかったみたいにモヤっとしていて見通しが悪い。
おかしいなあ~、ガッカリだなあ~。当時、丁度試聴にお見えになったKさん(福岡)も「これはイケません」とばかり首を傾げられるばかり。
この時点から悶々とした苦悩が始まる。このまま、エージングを続けて大化けを期待しようか、それともいっそのこと新品同様ということでオークションに放出しようか(笑)。
「待て待て、メッシュプレートタイプに駄球はないはずだぞ。しっかりエージングを続けてみろ」と天の声がささやいた。こういうときにブランドとか定評とかが強力に背中を後押ししてくれるわけだが、言い換えると結局権威に頼る弱い自分がいるだけだ(笑)。
以降、忍の一字で我慢して連日5時間以上のエージング。そして、およそ1か月経ったとおぼしき頃から「信じれば通ず」で今ではこの球無くしてアンプの実力発揮は覚束ないほどの存在となった。中高音域が随分こなれて柔らかくなったのである。
やはり大器晩成型というのはあるんですよねえ(笑)。
これが「171シングルアンプ」(インターステージ・トランス入り)。一番左側が俎上に載せた「MH4」真空管だがこの小さな図体のアンプでウェストミンスターを堂々と駆動し、オペラを難なくこなすのである。ただし、高音域(4000ヘルツ~)のJBL075ツィーターのボリュームを通常は11時の位置から2時に変更しているのがご愛嬌だが。
最後に、我が家の顧問弁護士 兼 真空管博士に真空管の寿命のノウハウに関して伝授していただいたので紹介しておこう。
「真空管は頻繁にON-OFFを繰り返しますと著しく寿命を縮めます。真空管の寿命があとどれくらいあるのか推定するのは非常に難しいです。Hickok社のチューブテスタでライフテストを実施するのが最も簡便な方法でしょう。
ご教示ありがとうございました。
以上により、これから我が家では真空管アンプの頻繁なスイッチの切り換えはご法度にした。
具体的には3系統のシステムがあるのでそれらを駆使することにし、平等に使ってアンプのスイッチの入り切りは原則として1日1回に留める。したがって場合によってはいったん入れたアンプの電源はたとえ不在中でも思い切ってそのままにしておく。
それから、チューブテスタを1台持っているととても便利そうだ。ノウハウやメンテナンスが難しそうなので博士のご尽力に負うこと大だが、自分の球のみならず広く仲間の分まで測定してあげることができるのがいい。もちろん測定代は無料にする方針(笑)。