ニュースで、元パラオ共和国大統領「Kunio Nakamura」氏が2020年10月14日亡くなったという記事を見た。ご冥福をお祈りいたします。日系二世で、1993~2001年まで大統領を務め、その間にはアメリカの信託統治領から独立を果たしたという実績も含まれる。
独立したといっても現地通貨は米ドルで、経済と防衛は米国頼みになっている。現地語はパラオ語があるが、ほぼみんな英語を堪能に話すことができる。
Nakamura氏が大統領の時代に、よくパラオは訪れたことがあるので、氏のことは良く覚えています。自分の名前と同じなので、どこに行ってもすぐに覚えられた。知り合いの日本人が、現地のツアーオべーレーターをやっていたこもあったので、ホテルの手配や送迎などを頼んだこともあった。
モトローラのアナログ携帯電話(TACS System)が普及し始めたころだったが高価なため、島には国が設置した広域レピーターがあり、政府関係者はもとより、民間のツアーオペレータなども自由に使っていいというおおらかな時代であった。
ある時ツアー会社に行き、知り合いのツアーオペレーターの〇〇さんに会おうとしたら、生憎仕事で外出していた。
「あの、〇〇さんは?」
「今、出かけているので、あれで呼んだら」と無線機を指差すのであった。
あれ、いいのかなと思いながらも、マイクを握って
「Mr,〇〇 This is Namakura Calling」と言ったら、政府関係の人と思われる人から、「Are you President Nakamura's concerned?」みたいな返事があって、ツアー会社の人が慌ててマイクを取り上げて会社名で呼びなおしたという事があった。
福岡⇔グアム⇔パラオは、当時コンチネンタル航空(現ユナイテッド航空)が就航しており、マイルをためて何度か訪問した。(たまには格安航空券を買いました)単独で行ったこともあり、現地のライセンスを取得しアマチュア無線をやったり、スキューバダイビングのライセンスもここで取得した。
コンチネンタル航空は結構いい加減な会社で、いろいろなエピソードがある。以下、実際に経験したもの。
①福岡でグアム行に乗り込んだら、あろうことかシートがないのである。わが目を疑ったが、キャビンアテンダントに言ったら、どこからともなくシートのみを持ってきて、何事もなかったように置いていった。
②福岡→グアムに飛行中、巡航高度になってから自分のすぐ前あたりの天井の一部が、ばふっと数センチ落ちた。キャビンアテンダント(大柄な女性)がやってきて、ふんっと天井を押し上げて「No Probrem」と言って去って行った。
③どこの区間か忘れたが、シートのロックが壊れており、体重をかけるとオートリクライニングになってしまう。離陸時にシートを戻せと言われたのだが、寄りかかると勝手にリクライニングされるので力を入れて耐えた。
④パラオ→グアム間 始発はマニラで、パラオ→グアムと飛んでいく、いわゆるアイランドホッパーという航路である。登場手続きをすると、当然シートが指定されるのだが、乗ってみるとマニラで乗った客が多く、自分の席に誰かが座っている。指摘すると、これは「自由席」とのたまう。キャビンアテンダントに行ったら、「空いている席に座れ」と言われた。どうやら自由席だったらしい。(そんなアホな)
➄グアム→福岡間 自分の後ろの席に若い姉ちゃんが座っており、キャビンアテンダント(男性)が、ひっきりなしに姉ちゃんに話かけに来る。うっせーなと思いながらも我慢していたら、そのキャビンアテンダントが絵葉書をくれた。多分、口封じだったと思う。
⑥グアム→ヤップ間 ヤップの空港はバスの発着場のようで、当時回転テーブルもないし斜めのベニヤ板みたいなものに荷物を滑らせて落としてくる。それはいいのだが、荷物にべたーっと何か液体状のものがこびりついていた。なんじゃこりゃ!と思ったら、魚のえさの「オキアミ」だった。釣りする人は分かりますよね、あのにおい。おいおい、客の貨物といっしょに、オキアミ運ぶのかよ。それも、漏れるような梱包で。
⑦ノーショーを考慮して座席以上の席数を販売することがある。そのため、ダブルブッキングになる場合があり、最悪発券までされて降ろされることがあるという。自分は、グアム→福岡でダブルブッキングに遭遇したが、幸いビジネスクラスに空きがあり無料でグレードアップできた。(これは、ラッキーでしたが一歩間違うと地獄です)
⑧グアム→ヤップ間 ヤップの空港では、航空機の最後尾にある胴体から直接下がるタラップで降りるのだが、乗降がすんだらすぐにパラオに飛んでいくため、エンジンはかけたままである。エンジンは、尾翼の近くに2機あるタイプ(確か、B727型)だったので、タラップを降りる時、すぐ横でエンジンがうなりを上げていた。なかなか迫力ある光景で、珍しい体験をさせていただいた。
いいとこもあります。
①マイレッジサービスが太っ腹 日本⇔グアム 日本⇔サイパン(当時は直行便があった) 日本⇔(グアム経由)⇔パラオ 日本⇔(グアム経由)⇔ケアンズ 日本⇔(グアム経由)⇔デンパサール 往復25,000マイルで旅行できた。ケアンズ、デンパサールの航路は消滅。ユナイテッドになってから、必要マイル数も大幅アップしてしまった。(ちなみに、今は福岡⇔オーストラリア間は、80,000マイル必要)
②以前は、コンチネンタルの福岡事務所があり、航空券の予約も電話でやりやすかった。また、イベントも開催され福岡便のタイムテーブル(これは見やすくて良かった)や、飛行機のプラモデルを貰ったこともある。(福岡事務所は閉鎖しました)
③福岡⇔グアム間 朝便、夜便と1日2便あり、頑張れば仕事が終わってから、その夜にグアム便に乗ることができた。(今は、1日1便午前のみ)
④増減さえあれば、永久不滅のマイレッジは引き継がれた。ユナイテッドのゴールドカード(Master Card)を持っており、定期的に使用すればマイルがたまっていき失効することはない。陸マイラーには有難いルールです。
その他
①アイランドホッパーは、飛行機を整備する施設がない空港もある。そのためグアム空港で、飛行機のスペアタイヤを積んでいたところを目撃した。
②福岡⇔グアム⇔どこか は、すべてユナイテッドで旅行する限り、遅延で乗り継ぎ便に乗り遅れても、グアムで手厚く手続きしてくれる。福岡発が大幅に遅れ、予約したグアム→サイパン便に乗れなかったが、グアムですべての手続きが済んでおり、次の便に乗れた。プロペラ機で、座席数が少なく満席だったので、良く乗れたなあと感心した。(これは、有難かった)
いろいろありましたが、マイルのタダ券(といっても、空港利用料は必要)で10回ほどは旅行をさせていただいていると思うので、感謝しております。また、大きな事故には遭遇していないのは幸いです。
パラオに話を戻しましょう。
レンタカーがあるので、島を自由に回りたいなら車が便利です。アメリカと同じ右側通行なので、注意しましょう。といっても、たいして見る場所もありません。海はきれいなので、スキューバダイビングには最適です。ライセンスがなくても、スノーケリングでも十分に楽しめます。
ペリリュー島が近くにあり、ツアーが出てます。日米の激しい戦闘が行われた島で、旧日本軍のゼロ戦や軽戦車の残骸が放置されていました。(現在の状況は分かりませんが)米軍の上陸に際して、日本軍が徹底抗戦したので、米軍側の死傷者も膨大な数に上がったそうです。米退役軍人の間でも、ペリリューの生き残りというと、一目おかれる存在だということを聞きました。
最後に親日の国なので、過ごしやすい国であります。もう20数年ほど行っていませんが、いつか再訪したい島です。
独立したといっても現地通貨は米ドルで、経済と防衛は米国頼みになっている。現地語はパラオ語があるが、ほぼみんな英語を堪能に話すことができる。
Nakamura氏が大統領の時代に、よくパラオは訪れたことがあるので、氏のことは良く覚えています。自分の名前と同じなので、どこに行ってもすぐに覚えられた。知り合いの日本人が、現地のツアーオべーレーターをやっていたこもあったので、ホテルの手配や送迎などを頼んだこともあった。
モトローラのアナログ携帯電話(TACS System)が普及し始めたころだったが高価なため、島には国が設置した広域レピーターがあり、政府関係者はもとより、民間のツアーオペレータなども自由に使っていいというおおらかな時代であった。
ある時ツアー会社に行き、知り合いのツアーオペレーターの〇〇さんに会おうとしたら、生憎仕事で外出していた。
「あの、〇〇さんは?」
「今、出かけているので、あれで呼んだら」と無線機を指差すのであった。
あれ、いいのかなと思いながらも、マイクを握って
「Mr,〇〇 This is Namakura Calling」と言ったら、政府関係の人と思われる人から、「Are you President Nakamura's concerned?」みたいな返事があって、ツアー会社の人が慌ててマイクを取り上げて会社名で呼びなおしたという事があった。
福岡⇔グアム⇔パラオは、当時コンチネンタル航空(現ユナイテッド航空)が就航しており、マイルをためて何度か訪問した。(たまには格安航空券を買いました)単独で行ったこともあり、現地のライセンスを取得しアマチュア無線をやったり、スキューバダイビングのライセンスもここで取得した。
コンチネンタル航空は結構いい加減な会社で、いろいろなエピソードがある。以下、実際に経験したもの。
①福岡でグアム行に乗り込んだら、あろうことかシートがないのである。わが目を疑ったが、キャビンアテンダントに言ったら、どこからともなくシートのみを持ってきて、何事もなかったように置いていった。
②福岡→グアムに飛行中、巡航高度になってから自分のすぐ前あたりの天井の一部が、ばふっと数センチ落ちた。キャビンアテンダント(大柄な女性)がやってきて、ふんっと天井を押し上げて「No Probrem」と言って去って行った。
③どこの区間か忘れたが、シートのロックが壊れており、体重をかけるとオートリクライニングになってしまう。離陸時にシートを戻せと言われたのだが、寄りかかると勝手にリクライニングされるので力を入れて耐えた。
④パラオ→グアム間 始発はマニラで、パラオ→グアムと飛んでいく、いわゆるアイランドホッパーという航路である。登場手続きをすると、当然シートが指定されるのだが、乗ってみるとマニラで乗った客が多く、自分の席に誰かが座っている。指摘すると、これは「自由席」とのたまう。キャビンアテンダントに行ったら、「空いている席に座れ」と言われた。どうやら自由席だったらしい。(そんなアホな)
➄グアム→福岡間 自分の後ろの席に若い姉ちゃんが座っており、キャビンアテンダント(男性)が、ひっきりなしに姉ちゃんに話かけに来る。うっせーなと思いながらも我慢していたら、そのキャビンアテンダントが絵葉書をくれた。多分、口封じだったと思う。
⑥グアム→ヤップ間 ヤップの空港はバスの発着場のようで、当時回転テーブルもないし斜めのベニヤ板みたいなものに荷物を滑らせて落としてくる。それはいいのだが、荷物にべたーっと何か液体状のものがこびりついていた。なんじゃこりゃ!と思ったら、魚のえさの「オキアミ」だった。釣りする人は分かりますよね、あのにおい。おいおい、客の貨物といっしょに、オキアミ運ぶのかよ。それも、漏れるような梱包で。
⑦ノーショーを考慮して座席以上の席数を販売することがある。そのため、ダブルブッキングになる場合があり、最悪発券までされて降ろされることがあるという。自分は、グアム→福岡でダブルブッキングに遭遇したが、幸いビジネスクラスに空きがあり無料でグレードアップできた。(これは、ラッキーでしたが一歩間違うと地獄です)
⑧グアム→ヤップ間 ヤップの空港では、航空機の最後尾にある胴体から直接下がるタラップで降りるのだが、乗降がすんだらすぐにパラオに飛んでいくため、エンジンはかけたままである。エンジンは、尾翼の近くに2機あるタイプ(確か、B727型)だったので、タラップを降りる時、すぐ横でエンジンがうなりを上げていた。なかなか迫力ある光景で、珍しい体験をさせていただいた。
いいとこもあります。
①マイレッジサービスが太っ腹 日本⇔グアム 日本⇔サイパン(当時は直行便があった) 日本⇔(グアム経由)⇔パラオ 日本⇔(グアム経由)⇔ケアンズ 日本⇔(グアム経由)⇔デンパサール 往復25,000マイルで旅行できた。ケアンズ、デンパサールの航路は消滅。ユナイテッドになってから、必要マイル数も大幅アップしてしまった。(ちなみに、今は福岡⇔オーストラリア間は、80,000マイル必要)
②以前は、コンチネンタルの福岡事務所があり、航空券の予約も電話でやりやすかった。また、イベントも開催され福岡便のタイムテーブル(これは見やすくて良かった)や、飛行機のプラモデルを貰ったこともある。(福岡事務所は閉鎖しました)
③福岡⇔グアム間 朝便、夜便と1日2便あり、頑張れば仕事が終わってから、その夜にグアム便に乗ることができた。(今は、1日1便午前のみ)
④増減さえあれば、永久不滅のマイレッジは引き継がれた。ユナイテッドのゴールドカード(Master Card)を持っており、定期的に使用すればマイルがたまっていき失効することはない。陸マイラーには有難いルールです。
その他
①アイランドホッパーは、飛行機を整備する施設がない空港もある。そのためグアム空港で、飛行機のスペアタイヤを積んでいたところを目撃した。
②福岡⇔グアム⇔どこか は、すべてユナイテッドで旅行する限り、遅延で乗り継ぎ便に乗り遅れても、グアムで手厚く手続きしてくれる。福岡発が大幅に遅れ、予約したグアム→サイパン便に乗れなかったが、グアムですべての手続きが済んでおり、次の便に乗れた。プロペラ機で、座席数が少なく満席だったので、良く乗れたなあと感心した。(これは、有難かった)
いろいろありましたが、マイルのタダ券(といっても、空港利用料は必要)で10回ほどは旅行をさせていただいていると思うので、感謝しております。また、大きな事故には遭遇していないのは幸いです。
パラオに話を戻しましょう。
レンタカーがあるので、島を自由に回りたいなら車が便利です。アメリカと同じ右側通行なので、注意しましょう。といっても、たいして見る場所もありません。海はきれいなので、スキューバダイビングには最適です。ライセンスがなくても、スノーケリングでも十分に楽しめます。
ペリリュー島が近くにあり、ツアーが出てます。日米の激しい戦闘が行われた島で、旧日本軍のゼロ戦や軽戦車の残骸が放置されていました。(現在の状況は分かりませんが)米軍の上陸に際して、日本軍が徹底抗戦したので、米軍側の死傷者も膨大な数に上がったそうです。米退役軍人の間でも、ペリリューの生き残りというと、一目おかれる存在だということを聞きました。
最後に親日の国なので、過ごしやすい国であります。もう20数年ほど行っていませんが、いつか再訪したい島です。