ニッカ宮城峡蒸留所の最寄り駅であるJR仙山線の「作並駅」。ふと気が付くとプラットホームに石碑があった。
碑には「交流電化発祥地」と刻まれており、後ろの看板には「昭和29年に北仙台~作並間に50ヘルツ20kV電化工事が完了し、昭和30年に国産交流機関車ED44-1の試験運転。以降、北陸本線、東北本線、新幹線へと発展した」旨が記載されていた。
まさか、こんなところから鉄道の交流電化が始まっていたとは思わなかった。
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ニッカ宮城峡蒸留所の最寄り駅であるJR仙山線の「作並駅」。ふと気が付くとプラットホームに石碑があった。
碑には「交流電化発祥地」と刻まれており、後ろの看板には「昭和29年に北仙台~作並間に50ヘルツ20kV電化工事が完了し、昭和30年に国産交流機関車ED44-1の試験運転。以降、北陸本線、東北本線、新幹線へと発展した」旨が記載されていた。
まさか、こんなところから鉄道の交流電化が始まっていたとは思わなかった。
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