ある会社の管理職研修でのことです。部下指導についてグループディスカッションをしていた時に1人の受講者が「私はこれまでに、きちんとした指導を受けた記憶がありません。自分1人で苦労して今の業務のノウハウを身につけました。」と発言しました。
すると他の受講者も口々に「そういえば、自分もちゃんと教えてもらったことがないよ。」、「そうそう。わざわざ教えるなんて、誰もしてくれなかった。」、「うん。一人前になるまでずいぶん苦労したな・・・」と言い始めました。
この研修は、製造部門の50代の現場の管理職を対象にしていました。その目的のひとつは、受講者自身が持つ様々なノウハウを若手に「伝承」してもらうことです。ところが、こうした発言をきっかけに、研修全体の雰囲気が「伝承」どころか「自分のノウハウは自分のもの。それをタダで教えるなんて損だ」という具合になってきました。
実は、こうしたことはベテラン社員が対象の研修ではたまに起きることです。私にとっては想定内のことなので、しっかりと説明をして「風向き」を変えます。
ところが、この研修ではなかなか変わらなかったので、急遽1つのワークを追加しました。「どうやって自分が一人前になったか、そのプロセスを具体的に書き出して発表してください。」というものです。
詳細は省きますが、「終業後、1人で作業マニュアルを見て勉強した。」「こっそりと先輩の作業手順を見てノートに書き取った。」「上司に何度も叱られて、その度に工夫を重ねた。」といった内容でした。
その発表を聞いて私は「皆さん、上司や先輩、他部署の人やお客さん、外注先の人たちからしっかり教えてもらっているじゃないですか!」と言いました。
「作業マニュアルを作ったのは先輩方ですよね?作業手順だって、皆さんが先輩を見たときに隠したりしなかったでしょ?上司は叱ったときにどこが悪かったを指摘しませんでしたか?皆さんは多くの人からいろいろな方法で、たくさんのことを教えてもらったんです。」
多くの受講者は(多少しぶしぶでしたが)うなずいていました。
そして私はこう付け加えました。「一番忘れてはならないのは、皆さんはそうしたノウハウを給料をもらって身につけたということです。」「つまり、皆さんの頭の中にあるものは会社の資産なんです。」「だから、誰にも教えないというなら、それは会社の資産を私物化することに等しいです。」
ちょっときつい言い方ですが、ほとんどの場合、納得していただけます。
現在は、昔のように怖い上司や先輩がいなくなり、社内にいる人の数も少なくなってきました。そういう意味では、今の若手は可哀そうです。
ベテランと呼ばれる方々は「多くの人によって育てられた人」です。ぜひご自身が獲得した資産を使って若手社員を「育てる人」になってください。