毎日いろんなことで頭を悩ましながらも、明日のために頑張ろうと自分を励ましています。
疲れるけど、頑張ろう!
「招き猫」いろいろ
「両手招き 猫貯金箱」 「福小槌猫 貯金箱」
「彩絵お金まねき猫」 「錦彩福おいで招き猫」
「炭猫 貯金箱」 「ペア猫(金彩)」
「彩絵まねき猫 ティーポット・カップ」 「錦彩大当たり猫」
ただの置物ではなく、貯金箱にしてあるものが多い。招き猫の貯金箱ならお金がザクザク貯まりそうだが、そんな簡単なものじゃないかな・・。
さらにもう一つ。市内に一軒ある「招き猫」専門ショップで見つけた「招き猫手拭い」。余りに立派で可愛らしかったから思わず買ってしまった。板に貼って飾ってみた。
いいでしょう?
睡魔
先日の日曜、額を怪我した後 WOWOWで7:30から放送された「トランスフォーマー」を見始めた。放送予定を見つけて以来楽しみにしていた映画なので、額の痛みなど忘れて見始めた。多分15分くらいはしっかり見ていたはずだが、次に気がついたときには12時を過ぎていた。「アッチャー」と叫んでみたものの、とっくに放送は終了していた。ものすごく損をした気になったが、それでも4時間近くぐっすり眠ったため酔いもだいぶ醒めて頭の中はすっきりしていたのは得したような気もした。翌日最後まで見終えた妻に感想を聞いたら、「面白かったよ」と言ったので、さらに残念な気がしたが、また何度か放送されるだろうから、次回を楽しみに待とうと思っている。
酔っ払った果ての睡魔にだけはどうやっても逆らえない。心が弛緩しきっているせいなのか、抗う力がまったく生まれてこない。一瞬でプツッと意識が途切れてしまう。死ぬ瞬間というのもこういう感じかな、などと思ったりもするが、まだ死んだことがないので、よく分からない・・。
そう言えば、最近はまるっきり素面のときでも、私の存在全体を一気に連れ去ってしまいそうなほど、激甚な睡魔に襲われることがある。しかも、バスの運転をしている時を狙ったようにやって来るので恐ろしくて堪らない。もちろん必死で抵抗する、頭を振ったり、首を回したり、頬を叩いたり、と考えつくことは何でもやってみる。一旦は追い払えてもすぐに波状攻撃を仕掛けてきたりするので、なかなか手ごわい相手である・・。
夏休み中は朝から夜遅くまでバスの運転をしていた。そんな時に暴力的な眠気に襲われたら危険極まりないので、なるべく睡眠時間を多くとるようにしていた。そのおかげで、睡魔に襲われる回数はかなり少なかったが、それでも何度か戦わなければならなかった。それも疲れがたまった夏休み後半のことだったので、かなりのピンチだったが、そんな時にはコンビニで見つけた強力な助っ人が大いに役立ってくれた。
この中には、よく見かける「濡れティッシュ」のようなものが何枚も入っているのだが、コンビニで見つけたときには「爽快感」という文字につられてつい買ってしまった。試しに一枚抜いて顔を拭いてみたら、びっくりした。拭いた箇所がめちゃくちゃスーっとして、冷んやりした感じになった。こんなにリフレッシュ効果があれば眠気を吹き飛ばしてくれるかもしれない、と思って、バスの運転席に常備することにした。しかし、夏の暑い日中に駐車しておくと直射日光を受けて、運転席は気温が50度近くまで上がる。そんな所に置いておくと、ボカボカに温まってしまい、とても役に立たないだろうと思っていたが、まったく私の予想を超えていた。たしかに取り出してすぐは温かいが、一瞬のうちに熱が逃げてしまい、すぐに冷たくなってくる。それで顔を拭くと、まるで冷えた手ぬぐいで顔を拭いたときのようにすっきりし、眠気まなこもパッチリする。まったく驚きだ。どうしてこんなことになるのかまったく分からないが、久しぶりに見つけた優れものだ!!
夏休み中はずいぶんお世話になった。少しでも眠気を感じたらすぐに一枚取り出して顔を拭いた。一枚で顔の隅々まで拭いても爽快感は最後までなくならない。まったくすごい!!この効果を知った後では、もう眠気に襲われることは余りなかったし、襲われても十分対処できたから、本当に助かった。一包みにかなりの枚数入っていたが、夏休み中に全て使い切ってしまった・・。
こんなに便利なものなので、近いうちにまた買ってきて、助手席においておかなければ、と思っている。
「生命科学の冒険」
高校生のとき一番嫌いだった科目は生物だ。数学も嫌いだったが、それは単に問題が解けなかったからで、数学的な思考回路は身に着けたいといつも思っていた。しかし、生物は学問自体が私には面白くなかった。小学生の頃から植物や動物の生態にはなんら興味がもてなかったし、さらに中学に入って生物の先生が70歳をゆうに超えたご老人で、何を言っているのかさっぱり理解できず、クラス中でワイワイ騒いでいたのが生物嫌いを助長させたのかもしれない。文系なのに大学入試では物理と化学を受験科目に選択したくらいだから、本気で生物が嫌いだった。それなのにどうしてこんな本を読もうかと思ったかと言えば、著者の青野由利という人物が毎日新聞の論説委員として、時々コラムに記事を書いているのを読んだことがあったからである。その記事がなかなか面白くて彼女の名前を記憶していたから、夏休み前に書店でその著書を見つけたときには思わず手にとってしまった。パラパラと頁をめくるうちに、これを一冊読んで今度娘に会った時に論戦を挑んでみるのも面白いかな、と余計なことを考えて買ってしまった・・。
娘が大学院でどういう研究をしているのかまったく知らないが、農学部であり、マウスの解剖も頻繁にやっているという話は聞いているので、生命科学に少しくらいは関係があるのではないかと思う。専門が多少違っていても、妙に知識が豊富な奴だから、私が知ったかぶりしてあれこれ言ってみるのも一興かもしれない、などとどうせ返り討ちになるのが落ちなのに、本書で少しばかり勉強してみようと思い立った。
だが、読み始めてみてとても短期間では読み終えられないことがすぐに分かった。内容が難しいこともあるが、私の知識が乏しすぎて、読むのがしんどくなってなかなか進まないからだ。娘に対抗しようという意地だけではとても乗り越えられない壁が本書の中にはそびえていた・・。なので、当然のことながら8月のお盆に京都で娘に会った時には半分も読み終えてなかったから、本書に関することは何も言えなかった。中途半端な状態で話したところで、バカにされるだけだろうから・・。
だが、とにかく読み終えたいという気は夏休みが終わっても変わらずに持っていたので、何とか心を奮い立たせて先日やっと読み終えることができた。やっとの思いで読み終えた記念に、いざここに感想を記そうと思っても、如何せん内容が余り理解できていない。何をどう書いたらいいのかまったく覚束ない。ただ雑感のようなものがいくつか浮かんでくるだけなので、それを覚え書きとして少しばかり書き留めることにしようと思う。
・生命科学がこのまま進歩していくと、神の領域に人間が踏み込むことになるのだが、果たしてそんなことをしてもいいものだろうか・・。
・神はすべてを見通す力を持った存在なのだろうが、そんな力を持たない人間が、神の真似事をしてしまうのは危険ではないだろうか。
・そうした恐れから、生命科学は常に倫理問題を伴うのだろうが、完全に倫理的・道徳的な人間などいないだろうから、誰もが認める判断基準を設ける必要があるだろう。
・しかし、基準が正しいものであるかどうかを総合的に判断することなどとてもできない相談だから、その基準自体も恣意的なものになる危険がある。
・しかもこれからは生命科学によって金儲けをしようとする動きが一段と加速するだろうから、様々な方面の利益が絡み合って、純粋に人間の幸福のための研究ではなくなってしまうのではないだろうか・・。
などなど、昔開くのさえいやだった生物の教科書よりも何倍も面白い本書を読んでさえ、こんなまとまりのないことしか思い浮かばないのだから、自分の能力を超えたことにまで口を挟むのは、どだい無理があるようだ、残念ながら・・。
間抜け・・
もつれた足で踏ん張ろうとしたのだけど、すぐ横にあった少し大きな庭石に躓いてしまい、踏ん張りが利かなくなって前のめりになっていったのは覚えてる。それからはまるでコマ送りするかのようにその奥に立っていた石灯籠がゆっくりと近づいてきた。「やばい!」と思う間もなく額の左側をそのてっぺんにぶつけてしまった。こんな感じで・・。
どうして手を出して体を支えようとしなかったかは不明だが、額が支えになってそれ以上はつんのめらなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。大した衝撃を感じたわけではないが、すぐに体を戻すことはできなかった。「くそ!」と舌打ちしながら力を込めて起き上がったら、ぶつけた額がジンジンした。すぐに手を当てたら、血が滲み出てくる感触がした。義妹や妻はそんな私を見て、「何やってるの?」と呆れ顔だったが、私は恥ずかしいやらバカらしいやらで、何か訳の分からぬことをブツブツ言っていたらしいがよく覚えていない。まったくもって醜態極まりないことだった・・。
それでも、余り痛みは感じなかったから、額を手で覆いながら義妹家族を送り出した。家に帰ってすぐに妻に馬油(バーユ)を塗ってもらったが、腫れていたので触られると痛かった。その夜はそのまま寝てしまったが、さすがに翌日の塾は傷口を晒したまま授業をするわけにはいかなかったから、大きな絆創膏を貼っておいた。生徒が皆怪訝な顔をするので、説明するのが面倒だったが、まあ、私ならさもありなんと思われているのか、誰もが大笑いした。こんなドジは笑って水に流すのが一番かもしれない・・。でも、誰も同情してくれないんだから、自業自得とは言え、ちょっと寂しかった。
今は腫れも引いたが、自戒のためにもうしばらくは絆創膏を貼っておこうと思う。見苦しいけどね・・。
まだまだ!!
いつもご利用ありがとうございます。
本日より3日間メール会員限定特売実施します!!
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セルフスタンドからのものだ。先週も同じような内容のメールが届いてバスの給油をした。びっくりするくらい安くて驚いてしまったが、また今週も連休の3日間割引すると言う。土・日はお祭りの渋滞で車で走るのはかなり時間がかかってしまうので、月曜に行こうと決めた。バス2台と娘の車がちょうどガソリンが切れかかっている。
月曜は昼から塾の授業があったので、午前中にバスの給油を済ませておくことにした。家から少し離れているが、これだけ安くては行かなくちゃ勿体無い。家の近くのスタンドはレギュラー1ℓ175円の表示がしてある。さて、今から行くスタンドはいったいいくらになるのだろう、と少しばかりワクワクしながら向かった。
「カード会員1ℓ164円」と入り口に大きく表示がしてあった。カードを機械に挿入し、係員呼び出しボタンを押して届いたメールを見せれば割引きされた金額で給油できることになっている。手順どおりにして、機械の画面の表示を見たら、「1ℓ156円」と出た。すごい!!なんだかものすごく得した気分になって給油を終えたら、もう一つのおまけ、スロットが画面の上で回り始めた。結果は惜しくも4等、それでもさらに1ℓ1円の割引が加算され、結局155円で満タンにすることができた。家の近くのスタンドで給油するよりも1000は安く満タンにできたことになる。これじゃあ、もうあのスタンドにはいけないよね・・。
午後、妻が娘の車に乗って給油に行って帰ってきた。
「すごいよ、1ℓ153円だった。スロットに3等が出て2円引きになったから・・」と嬉しそうに報告してくれた。
「はい、これ」と言って渡してくれた明細書を見たら、基本の単価が1ℓ155円となっている。私が午前中行った時は156円だったのにどうして違うんだろう。同じカードを使ったのだから、何も違いはないはずなのに、不思議だ・・。
その後、手伝いをしてくれている大学生の子に残り一台のバスの給油をしてきてもらったら、今度は156円に戻っていた。なぜ?
何かの手違いなのかもしれないが、しかしずいぶん安くなったものだ。1ヶ月前にはいくら安いセルフスタンドでも、1ℓ174円はしたのに、およそ20円も安くなった。もちろんこれは特売日の価格だから、一概には言えないが、それでも10円以上は安くなったのは間違いない。
しかし、まだまだこれでは高い、高すぎる。なんと言っても原油先物市場では1バレル100ドルを(一瞬ではあるが)割り込んだと報道された。最高147ドル近くまで行った時と比べれば、およそ3分の2になった勘定だ。それなのに、私たちが買うガソリン値段はなかなか下がってこない。上げるときは、有無を言わさずどんどん上げていったのに、値下げは牛歩のごとく遅い。これはいったいどういうことだ。一週間ごとに価格を改定するものの、その価格は公表しないというニュースも聞いた。なんだか姑息な手段で石油元売会社がこのときとばかりに利益を上げようとしているように思えて、腹が立って仕方がない。店頭価格だって、もっと下げられるはずなのに、価格カルテルを結んでいるかのように、横並びでどこのスタンドも大差はないのもおかしい。実際に私が行ったスタンドのように安くできるじゃないか!!
などと、いつまでも高値で推移しているガソリン価格に毎日不満を募らせている私の思いなど、近く実施されると噂されている衆議院議員選挙の立候補予定者のいったい何人が理解してくれるだろう?私としては、ガソリンの価格の安値安定を公約の中に入れてくれる候補者がいたなら、ぜひとも一票を投じたいと思っているのだが・・。
お祭り
この町に生まれ育って50年、年に一度のお祭りが近づくと自然に心が浮き立つ。何の進歩もない下らぬ町だと思うこともたびたびだが、やっぱりこの町が好きだ。もうそれは己の心の中に組み込まれた当たり前のことのようで、祭りの前夜、町の中心に飾られた提灯に灯がともされたのを見たら、ワクワクしてしまうのだからどうしようもない。
3時まで塾の授業をしたら、もう気持ちはお祭りモード。妹と弟の家族を呼んであったので、しばしの宴会が始まった。久しぶりに会った双子の甥と姪はずいぶん大きくなった気がした。我が家に来る前にお祭りを楽しんできたため、お面やおもちゃをいっぱい買ってもらったようだ。元気満々の子供たちを見ているだけで楽しい。
お祭り1日目のメインはやはり花火だ。各地の夏祭りで上げられる豪勢な花火とは比べるべくもないが、私たちにとっては一番の花火大会だ。これを見なくてはお祭りという気がしない・・。
午前中授業をした。このところへバリ気味の受験生に喝を入れなければ、という思いで、お祭りでもあえて授業をした。私の思いが通じるように心を込めたつもりだが、どうだろう・・。
などと思ってみてもやはりお祭りはお祭り、午後からは妻の妹家族がやってきて、BBQを楽しんだ。いつもなら、写真を撮って、このブログに載せようと思うのだが、どういうわけかまったく失念していた。あっと気がついたら、もう火が消えていた。途中で親戚の家まで行ったりしてバタバタしていたのが行けなかったのかもしれない。さすがにこのままではお祭りの一端も味あわずに終わってしまう、と少々焦って、暗くなってから終了間際のお祭り会場まで自転車で走って行った。
もうほとんどが店じまいの準備をしていた。今年の人出はかなりのものだったようだが、この時間になると人影もまばらだ。「今年のお祭りも終わりか・・」などと少しばかり感傷的になったが、また一年頑張って来年のお祭りを楽しめるようにしなければ、などと気持ちを高めたりした。
私のような土着民にとっては、このお祭りが一年の中心なんだな、と改めて思った。
流言蜚語
「たしかに・・」
「ジョセリーノだったっけ?あんなインチキ野郎の言うことなんて信じちゃいけないって言っただろう」
「そうだけど・・。今までの予言したことの90%が当たったってTVで言うから・・」
「TVなんてインチキなものが多いよ。視聴率さえ稼げりゃ間違ったことでも正しいって言うんだから」
「でも、学校のみんな信じてたし・・」
「それが不思議だったんだよね、どうしてあんなに簡単に信じるのか、本当に不思議だった。ぜんぜん疑わなかったの?」
「うん・・、絶対地震が来ると思ってた」
「でもね、冷静になって考えれば、ブラジルに住んでいる人が名古屋近郊に大きな地震が起こるのを夢で見た、なんておかしいと思わない?しかも9月13日の午前3時って地震が起こる時間まで言い当てるなんてことは、どう考えたってできないよ」
「そりゃそうだけど・・」
「1週間ぐらい前からみんな地震が来る、死んじゃう、なんてことをずっと言ってたけど、絶対そんなもの起こらないって俺は言ってきただろう?」
「ええ・・」
「そんなバカな噂を信じるほうがおかしいよ。インターネットでジョセリーノって奴のことを調べても、「予言」って言われることがインチキくさくっていい加減なものばかりだって教えただろう?」
「うん・・」
「それでも、信じてたの?」
「何となく怪しいかな、と思ったけど、もし本当に地震が起こったら損な気がして・・」
「損得で物を言ってもなぁ・・。小学生の女の子で、本当に地震が来て自分ひとりが生き残ったりしたら、なんて考えたら泣けてきちゃった、とここ2・3日元気がなかった子もいたけど、そんなバカな噂を信じるな、それにこの市は地盤が粘土でできているから地震が来ても大きな被害はないよ、と言い聞かせたら、ぐっすり眠れたと言っていた。君は眠れなかったの?」
「本当は夜中の12時まで寝て、それから朝までずっと起きていようと決めてたんですけど、起きれずに朝まで寝てました・・」
「それでいいんだよ。別に恥ずかしくない」
「ええ・・。朝起きて友達にメールしたんですけど、みんな「だまされた」って言ってました」
「信じるほうがおかしいよ。そんなに人の言うことを簡単に信じちゃいけないよ。そのジョセリーノって男も騙そうって思っているわけじゃないかもしれないけど、結局は金儲けなんだから、適当なことをいくつも言って、その中で1つでもまぐれ当たりすれば、そればっかり宣伝していかにも本当の予言者みたいなふりをし始めるんだから、インチキ野郎に決まってる。予言なんて人間ができるはずもないから、そんなことを平気で言う奴らは、まず疑わなけりゃいけない。万が一当たったとしてもそれはただのまぐれ当たりだから、絶対に信じちゃいけない」
「ええ、今度のことでよく分かりました」
「疑り深くなる必要はないけれど、感覚的におかしいな、変だな、と思ったことはまず「ウソじゃない?」と疑ってみたほうがいい。オレオレ詐欺に引っかかるお年よりは視野が狭くなっているから仕方ない面もあるかもしれないけど、君らのように若い中学生が荒唐無稽なことを簡単に信じ込んではいけない。まずは疑わなくっちゃ」
「はい、今だとよく分かります。これからは気をつけます」
「うん、それが大事だね。批判的精神っていうのを忘れないようにしなくっちゃね」
視察
崖の下から眺めると、えらくさっぱりして気持ちがいい。下草がびっしり生えていた以前の状態では、とてもがけ崩れの箇所まではたどり着けそうもなかったが、これなら楽に行けそうだ。崖面に鉄製の梯子をかけて上ってみた。
いざ上って見るとめちゃめちゃ歩きにくい。斜面が急だということもあるが、刈り取った笹の茎が5cmほど残っていて、いたるところから出ている。何も考えずに草履で上ったものだから、その笹の芽のツクツクした感触が草履を通して足の裏に響く。足がもつれそうになるが、所々に残っている木の枝には、鋭い棘が出ていて、迂闊に触ろうものなら怪我をしてしまう。参ったなあ・・、と上ったのを後悔したが、まあ、それも慣れてしまえば何とかなるだろうと思って、ゆっくり踏みしめながら歩いていった。
お昼少し前のちょうど陽が一番高くなりかけた頃だったので、木々の間から漏れてくる光も強い。今週は暑さが戻ってきたようで、日中は汗ばむ。だが、やはり空気は秋の気を孕んでいて爽やかだ。この崖を歩いたことなど滅多になかったので、見慣れた家の周りをいつもと違うアングルで眺めてみると新鮮な印象を受ける。我が家はまさに、「崖の下のポニョ」だ・・。
何とかがけ崩れのあった所に着けた。青いシートで覆われていて、どれだけ斜面がえぐられているのかまったく分からないが、土砂が流れ落ちないように木の杭で段々に囲ってあるのが見える。これなら安全、などとはとても思えない。しかし、下草を刈ったといっても、地表に出た部分を刈り取っただけなので、根はしっかり残っていて、土砂をしっかり抱え込んでいるように思えた。もちろん大量の雨水が流れてくれば、そんなものでは支えきれないだろうが、とりあえずは役に立ちそうに思える。もちろん私の素人考えであり、何の根拠もないのだが・・。
実は、このところ私の住む辺りでは天変地異が起こるとの噂が広まっていて、まったく信じていない私でも些か気にはなるほどになっている。私が「視察」してみたところで、どうにもならないのは分かりきっているが、何が起こっても対応できるだけの心の準備は常日頃から怠らないようにしようと思っている。まさに「備えあれば憂いなし」である。
(どんな噂かはまた明日にでも・・)
忘れてた!
これは語学研修で短期留学に行ってきた生徒からのお土産だ。左はマレーシアに行った高校生からの「マンゴーチョコレート」、右はオーストラリアに行ってきた中学生がくれた「チョコクッキー」。チョコクッキーの箱を開けたら11個入っていた。「どうしてこんな中途半端な数なんだろう?」と首をひねっていたら、昨年オーストラリアに一ヶ月間滞在した大学生が、「ぼくが買ってきた土産も11個でしたよ。半端な数ですよね」と教えてくれた。10や1ダースの12なら理解できるが、11はどうにも変な数だ。
左は里帰りで高知県に入ってきた中学生のお土産。「一口りょうま」と名づけられ、坂本龍馬らしき人物が描かれている。真ん中は高校野球を甲子園まで見に行った中学生が買ってきてくれた「Winning Ball」。普通のクッキーだが、名前がいかにも甲子園球場らしくていい。右端は有名な「鳩サブレー」、小学生の女の子からのお土産だ。「鳩サブレー」が出来上がった歴史が書いてある紙が同封されていて、思わず読んでしまった。「名物にうまいものなし」とよく言われるが、このサブレーには当てはまらない。
これらは、姉弟二人揃って塾に通っている生徒が避暑に出かけた先で買ってきてくれたお土産だ。「栗鹿ノ子」は本当においしかった。全部で6缶入っていたが、3缶を私一人であっという間に食べてしまった。大粒の栗がなんともいえぬ味わいで、少しばかりやみつきになってしまった・・。
左は伊勢に旅行に行った高校生からのおみやげ。これを小学生たちに分けたところ、まったく悪評だった。「まずい」と怒り出す子供さえいて、「文句言うな」と苦笑いするしかなかったが、本当においしくなさそうで残念だった。右は言わずと知れた「赤福」、三重県に関ジャニのコンサートに行った男子中学生(!)がお土産にくれた。家族に付き合わされた、と言い訳していたが、実は関ジャニのファンだったりして・・。
最後に「世界の山ちゃん」という手羽先専門店が出している「あられ」。これだけは塾生からのみやげではなく、よく知らないうちに家にあった。手羽先など見ただけで気持ちが悪くなる私であるから、まったく食べなかったが、まあ、こんなものも名古屋みやげにはあるよ、ということで・・・。
不思議なことにディズニーに行ってきた生徒がいなかった。どうして?
百恵ちゃんから
本日9月11日はゴジ健さんのお誕生日。ささやかながらバースデイプレゼントを、とあれこれ考えてみた。何がいいだろう・・。ゴジ健さんを思い浮かべるとき、3人の名前がすぐ浮かぶ。「高倉健」「山口百恵」「松井秀喜」。もちろんこの3人だけでゴジ健さんのすべてを語れるはずもないが、少なくともゴジ健さんの何%かはこの3人からできているはずだ。バックボーンを「高倉健」が支え、細やかな神経を「山口百恵」が担い、熱き血潮として「松井秀喜」が体内を駆け巡る、そんな人物であると密かに私は思い込んでいるのだが、どうだろう。(筋肉や内臓は?なんて野暮な質問は抜きにして・・)そんなゴジ健さんの50歳という記念すべきお誕生日にふさわしいのは、何だろう・・。
本来なら、松井が地区優勝の朗報を届けてくれてもいいはずなのに、今シーズンは思うに任せず、松井話で盛り上がろうとしても無理がある。健さんがナレーターをしている「世界遺産」のDVDを抜粋してここに貼り付けたいとも思ったが、残念ながら私にはそんな技術はない。ならば、百恵ちゃんの映像を YouTube から探し出して、ここに貼ってみてはどうだろう。「そうだ、それにしよう!!我ながらいい思い付きだ」などと自惚れながら、YouTube でしばらく探してみた。
「プレイバック Part2」「ひと夏の経験」「乙女座宮」「美サイレント」・・、数限りなくある。一曲一曲聴いていくとどれもいい。初期の初々しい百恵ちゃんもいいし、大人になった百恵ちゃんもいい。どれも魅力的なビデオクリップばかりで、できるなら全部貼り付けたいと思ったほどだ。「一曲にはなかなか絞りにくいなあ」と悩んでいたところ、「謝肉祭」を見つけた。
♪ジープシー、ジープシー♪
という歌詞が差別的用語に当たるとかで、後年アルバムなどから除外された曲だが、私の大好きな歌だ。久しぶりに聴いてみた。
この曲は「80年3月1日に29番目のシングルとして発売された。阿木耀子作詞、宇崎竜童作曲で後に松田聖子を育てた大村雅朗が編曲している」のだそうだ。このビデオクリップは、「婚約・引退発表後初の『夜のヒットスタジオ』で歌ったもので、レコードよりややテンポが遅い演奏になっている 」などと注意書きがあったが、なるほど全身からあふれ出る妖艶さにはそんな秘密があったのか。このときの百恵ちゃんは21歳、まったく信じられない。同い年の私が21歳のときは明けても暮れてもただただマージャンばかりしていた。そんな頃に百恵ちゃんはもうこれほど大人になっていた!!!!!!きれいだし、艶やかだし、歌声は凛とした迫力がある。最高だ!!何度も繰り返し見てしまった・・。
果たしてこの百恵ちゃんがゴジ健さんの大好きな百恵ちゃんなのかどうかは分からないが、私には何篇か見たビデオクリップの中では間違いなく断トツの一位だった。
などと些か興奮したことを書いてしまうと、ゴジ健さんへの誕生日プレゼントという本来の趣旨から逸脱してしまいそうだが、自分が一番気に入ったプレゼントを贈ることこそが肝心だと思って、恥ずかしげもなくお贈りすることにしよう。
Happy Birthday, Mr. Godziken!!!
これからもお元気でご活躍を!!
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