じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

葉真中顕「凍てつく太陽」

2020-12-19 03:05:20 | Weblog
★ 葉真中顕さんの「凍てつく太陽」(幻冬舎文庫)を読んだ。650頁を超える。それだけに盛りだくさんの内容だった。全体は3章に分かれ、それに序章と終章が付く。

★ あらすじを書いてしまえば味も素っ気もないが、ざっとしたところを記しておこう。時代は太平洋戦争終戦直前。舞台は北海道。主人公はまず特高警察の潜入捜査官として登場する。彼の母親はアイヌの人で、潜入した軍需施設では多くの朝鮮人が働かされていた。

★ ほぼ監禁状態の軍需施設。しかし一人の朝鮮人がそこから抜け出した。彼はどうやって脱出したのか。それを探るのが主人公の任務であった。

★ 一応の任務を果たした主人公。次なる任務は連続殺人事件を追うこと。憲兵と特高警察との主導権争い。憲兵は何か秘密を隠蔽しようとしているようだ。その探査中、主人公は殺人事件の犯人として逮捕されてしまう。

★ 主人公の事件と並行して進むテロ計画。敗戦濃厚の戦況。軍は起死回生の新兵器を開発しているというのだが。

★ 日本人のアイヌの人や朝鮮人に対する差別意識。同じ「皇民」とされながら、そこには支配者と被支配者の格差が歴然とあった。「多数派が少数派を差別するのは、そもそも普遍的に人間に備わっている性質なのかも知れない」(172頁)と地の文は語る。国家権力の権化とも言うべき特高警察で、アイヌの血が流れる主人公が活躍する。この設定が興味深い。

★ この小説は今の時代への警鐘としても読める。終盤、ある登場人物は語る。大本営のご都合主義を批判する部分。一億総玉砕や国体護持などと、この期に及んでも現実を認めようとしない為政者を「引っ込みがつかなくなった連中の保身だ」と断罪する。それに「為政者が為政者なら民草も民草だ」と続ける。国家、民族などは幻想にすぎない、誰もかれもが他人任せで、現実を見ようとしない。大日本帝国は失敗国家であり、この国はどこで道を間違ったのかと問いかける。

☆ 時代は変わり、民主主義の名のもとに、この国は再生したかに見えるが、果たしてどうか。根深いところではドロドロとしたマグマが隙を狙っているのかも知れない。これは国という枠組みを超えて、人類という種の業なのかも知れない。隙を見せないために不断の努力と謙虚な反省を忘れてはなるまい。

★ 物語はささやかな光を輝かせて幕を閉じる。

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