使徒のパウロは霊感を受けて、若いクリスチャンのテモテに宛てた「テモテ第一の手紙」の中で、「真の命(永遠の命)」をしっかり捕えるために何をすべきかを明らかにしています。パウロは「永遠の命」のことを「真の命」とも表現しました(テモテ第一6:12,19)。
偉大な創造者エホバ神は人間を、エデンの園に永遠の命を楽しむように、「神の像(かたち)」に創造して下さいました(創世記1:26,27;2:8,15)。しかし、悪魔サタンは蛇を用い、その神エホバの目的を阻害し、最初の人間アダムとエバを唆し、神エホバの、「善悪の知識の木の実を食べてはならない、食べる日に死ぬからである」という命令を無視しても、悪魔サタンの指示に従えば、死ぬことは無い、と騙し、アダムとエバがエホバ神に反逆させました(啓示12:9.創世記2:16,17;3:1~6)。その結果、人間はアダムから罪と死を受け継いできました(ローマ5:12)。しかし、神エホバはアダムから受け継いでいる「罪と死」からの解放のために、約束通り、ご自分のみ子イエスを地上に遣わしてくださり、イエスは、「贖いの死」を遂げてくださって、永遠の命の道を備えてくださっています(マタイ20:28.ヨハネ3:16)。このイエスの贖いの死の適用は、神の王国によって、事物の体制が処断され、この地上に義の宿る楽園が回復された以降になります(ペテロ第二3:10~13.啓示21:4,5)。
しかし、この事物の体制下の「終わりの日の対処しにくい危機の時代」に住む私たちは(テモテ第二3:1~5)、事物の体制が処断されるまでの間も、「真の命(永遠の命)をしっかり捕らえるために、次のことを行なうように諭しています。
「・・・ごう慢になることなく、また、(事物の体制下の)不確かな富にではなく、わたしたちの楽しみのためにすべてのものを豊かに与えてくださる神(エホバ)に希望を託すように。そして、善を行ない、りっぱな業に富み、惜しみなく施し(寛大に与え)、進んで分け合い、自分のため、将来に対する(神の王国によって、回復される地上の楽園の希望に対する)りっぱな土台を安全に蓄え、こうして真の命(永遠の命)をしっかりとらえるようにと」(テモテ第一6:17~19)。
上の聖句に記されている通り、真の命(永遠の命)をしっかり捕えるために、①ごう慢になってはならないこと、②神エホバに希望を託すこと、③善を行なうこと、④りっぱな業に富むこと、つまり神の王国の良いたよりの真理を証しし、互いに愛し、何であれ徳となる事柄を守り行なうこと(マタイ24:14;28:19,20.ヨハネ13:34,35.フィリピ4:8)。⑤物質的にも霊的にも惜しみなく施すこと、つまり寛大に与えること、⑥災害などで困っている人に進んで分け合うこと、⑦将来に対する、つまり神の王国によって、回復される地上の楽園の希望に対し、りっぱな土台を安全に蓄えること、が勧められています(ペテロ第二3:13.啓示21:3~5;22:1,2)。あなたも、真の命(永遠の命)をしっかり捕えるために、これらのことを守り行なう「思慮深い人」であれば幸いです(マタイ7:24,25)。
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庭に咲いている「秋雨の中のバラ」