三味線が本土に伝わったのは、16世紀の半ば、
安土桃山時代だそうです。
現存しているもっとも古い三味線は、
豊臣秀吉が、淀君にプレゼントした
「淀」
というモデルなんだって。
琉球から伝来した三線は、
その後さまざまな改造が加えられていった。
爪で引っかいて鳴らしていたのを、撥に変えたのは、
当時、堺にいた琵琶法師だったらしい。
そういえば琵琶も撥使うよね。
さらに日本化が進められたのは皮。
中国や琉球では蛇皮を使うけど、
本土の三味線は猫や犬の皮を使う。
本土に大きい蛇がいないというのもあるだろうけど、
撥が蛇皮に当たったら、
「じゃりっ」
となるので避けたんじゃないかと思う。
このほか、
胴内の綾杉や、
さわり
棹を分解できるようにしたのも本土で考案されたもので、
琉球にはない特徴だそう。
安土桃山時代だそうです。
現存しているもっとも古い三味線は、
豊臣秀吉が、淀君にプレゼントした
「淀」
というモデルなんだって。
琉球から伝来した三線は、
その後さまざまな改造が加えられていった。
爪で引っかいて鳴らしていたのを、撥に変えたのは、
当時、堺にいた琵琶法師だったらしい。
そういえば琵琶も撥使うよね。
さらに日本化が進められたのは皮。
中国や琉球では蛇皮を使うけど、
本土の三味線は猫や犬の皮を使う。
本土に大きい蛇がいないというのもあるだろうけど、
撥が蛇皮に当たったら、
「じゃりっ」
となるので避けたんじゃないかと思う。
このほか、
胴内の綾杉や、
さわり
棹を分解できるようにしたのも本土で考案されたもので、
琉球にはない特徴だそう。