1年ぶりに人前で三味線を弾かせてもらって、たくさんの気づきがありました。
かっこ良く見せようとか、うまいところを聴かせようとか、
そんなことを思って弾いてるうちは、何も伝わらないよなあ、と思いました。
次の音をどう弾くか、その一瞬一瞬を追いかけてさえいれば、
結果としてひとつの曲になり、人の心に伝わるんだ、ということ。
何かを伝えようと思って弾いているうちは何も伝わらない。
なんかこう、わざとらしくなって、いやらしくなるだけで。
どうせ弾くんだったら、次の一瞬をどんな感じで弾こうとか、
心に浮かぶ景色や、歌詞から連想される思いを弾いたほうがいい。
細かい運指やバチさばきは、体に勝手にまかせておけばいいのかも。
できない手を無理して弾く必要なんてないんだ。
ただその曲の流れにまかて次の音を追いかけるだけ。
他の人が聴いている、いないは、あまり関係ないんじゃないかな、と思いました。
昨日、今日と、8時間ぐらい弾いてたと思います。
意外と曲を覚えていて自分でもびっくりした。もっと忘れているかと思った。
なんか、頭の中の特殊な格納庫の中に入ってたみたい。
指が動かなかったのは仕方ない。
でも、聴いていた人から、
「三味線っていい音ですね」
と言われたのがうれしかったです。
ありがたい。まだ体の中に残っている。
ブランクの間、皮がはねずにいてくれたマイ三味線にも、ありがとね。
改めて三味線のもつ魅力に気づかされた2日間でした。
また始めよう。
ゆっくりでいいんだ。