今日、公民館にサークル申請して練習場所を確保しました。
家に帰ってきて、パソコンの中の音源を整理中です。
改めて、また津軽三味線に取り組んでいこうと思います。
「断捨離」でモノを捨てるのもいいけれど、
もっと大事なのは心の断捨離じゃないですかね。
苦しみとか、恨みとか、後悔とか、
そういう過去に対する負のエネルギーをまず捨てる方が
効果大ではないかと。
それができると本当に気持ちが軽くなるし、
持ち物のうち、何を捨ててもいいか、よりはっきりします。
お試しを。
もう、モノはいらないなぁ。
きりがないよ。
それは別に絵を描きたいからではなく、
ひとりで公園や旧跡に長い時間いても
絵を描いていれば怪しまれないんじゃないかな、と思って。
最近本当に人混みが苦手になってしまって。
やかましいレストランで飯を食うぐらいなら
コンビニで弁当買って図書館で食べる方がいい。
本当は山の中に入って鳥の鳴き声聞きながら
三味線でも弾いていたいんだけど、
さすがにそれは変人だしな。
釣り堀にいるおっさんの気持ちも
たぶん同じなんだろうな。
「◯◯だったので、やりたかったことが、うまくできなかった」
だと、自分に十分なフィードバックがない。
「やりたいこと」と「やったこと」の差
と考えると、
その差は何なのか、
何をすればその差を縮められるのかという考え方になるので次につなげられる。
ついでに「できたこと」もはっきりする。
「成功」「失敗」という思考の型にはまることは極力避けた方がいいと思うんですよね。
「やったこと」
と
「その結果」
特に楽器演奏はそうだと思う。
結果だけがあるだけで、失敗というのはないと思うんですよね。
もし「失敗した」と感じているなら、
それは音楽を楽しめていない証拠、もしかしたら必要以上の完璧性を求めているのかも知れない。
そうなるともう音楽ではなくて、一種の競技だと思うんです。
山岡さんが会社を辞めた。
静かに去っていった。
24年前、初めての海外出張のときに
シンガポールの空港に迎えに来てくれた人。
なんだか、みんないなくなっちゃったな。
会社の携帯
連絡先の8割がすでに退職。
残った人たちでたまに
「なんでオレたち残ったんだろう」
っていう話になる。
みんな首をかしげるばかりで。
たまたま偶然としか言いようがない。
エリートが真っ先にいなくなり、
残った人たちは凡人ばかりです。
ところで、オレなんでこんなにしがみついてるんだっけ?
何が惜しいんだっけか。
何に未練があるんだっけ?
天職って何だろう。
自分のしたい仕事をするのが一番だけど、
それがかなわないなら、どんな仕事であれ、
自分らしく仕事する。
自分が思った通りに仕事する。
そうすると、仕事の中身は別になんでもいいかと思えてくる。
一番の理由は
転職するのがおっくうだから。
かな。
そうだなたぶん。