山浦清美のお気楽トーク

省エネ、農業、飛行機、ボウリングのことなどテーマ限定なしのお気楽トークができればと思っております。

「エコエコと買わず使わず我慢する」

2012-10-13 | 川柳

 CMに「エコ」を謳ったものが数多く流されております。各社が省エネを競って新製品を開発することは誠に結構なことであるとは思います。省エネ製品に買い替えることによって省エネ・節電を図ることが可能になります。(参考:「省エネ製品への買い替え」)

 また、補助金制度などにより買い替え需要を喚起する政策が取られることもあります。(参考:「景気浮揚対策案-「省エネ買い替え促進事業」」)

 これも景気対策の色彩を強くしすぎたり、制度設計を誤ると「家電エコポイント制度は増エネ政策だった?!」ということにもなりかねません。 

 一方で、標題の川柳のようにひたすら我慢することで実現する「エコ」もあると考えます。「豊かさって何だろう」でも書いておりますが、利便性を追求するようなライフスタイルが本当に必要なのだろうかと疑問を感じたりします。これは私自身が歳を重ねて、いわゆる老後の生活を真剣に考えなければならない時期にさしかかってきているからかも知れません。

 百姓をしていると人間が自然に対して傲慢な生き方をしているなということを実感することがあります。人間が生きるために食するものは、全て植物の存在なしには生まれません。その植物は太陽と健全な地球環境が無ければ育ちません。しかし、現代人は地球環境を破壊しながら、ひたすら利便性を追求してきたのではないか・・・。そして何時の日か自然から強烈なしっぺ返しをくらうのではないか。それを遅らせるためにはと色々と想像をしてしまうのです。

 話を戻しますが、現代は大量生産・大量消費によって経済が成り立っているともいえます。この経済モデルが成立するためには、拡大再生産しなければならない宿命を持っていると思います。拡大再生産していれば、皆がハッピーになることができるでしょう。何時までもこのような経済モデルで人類が生き延びていけるでしょうか。原材料やエネルギーなどの資源は、何時の日にかは枯渇するでしょう。拡大再生産は、資源の枯渇に拍車をかけます。

 我々ができることは、資源の枯渇を先延ばしすることしかできないように思います。確かに技術革新で、資源そのものを作り出すことができるようになるかも知れません。このことを否定する材料は持ち合わせませんが、私には限りなく可能性が低いように思われます。少なくとも環境破壊によって人類が生存できなくなってしまう可能性の方が高いように思います。

 極論すれば、景気を良くしようとすれば資源枯渇を早め、環境を守ろうとすれば経済的繁栄や利便性の追及が制限されることになるでしょう。さぁ、どの道を選択した方がよいのでしょうか。

 人類の英知により、別の新たな道を切り開いて行くことを期待しております。