モロッコで墜落したオスプレイに関して、防衛省の専門家チームが事故原因調査の分析結果を公表したと報道されておりました。それによりますと、機体自体の問題でなく、パイロットの操縦ミスが原因であるとのことです。
そのことに関して、あれこれと言及するつもりはありませんし、そのようなことを議論する知識も情報も持ち合わせておりません。しかしながら、政府関係者や評論家の皆さんがオスプレイの安全性を議論していらっしゃる内容や報道に接すると何ともしっくりこないものがありますので、言わずもがなではございますが・・・。
そもそも航空機の安全性って何でしょうか。100%安全な航空機って存在するのでしょうか。民間航空機ならば種々の安全全装置を装備し、パイロットの不用意な操作で墜落に至らないようにすることも可能かも知れません。それでも100%安全なシステムとはいえないでしょう。ましてやオスプレイは軍用機です。この操作を行えば、100%墜落するといった操作に対する安全が取られることはあっても、必要以上の安全対策が取られることは無いものと考えます。それは航空機としての性能を犠牲にすることに繋がるからです。例えば、作戦中に性能ギリギリで操縦したいのに、安全装置が働き思い通りの操縦が出来なかった。その結果、作戦が失敗したでは話にならないでしょう。安全性のためと操縦操作をがんじがらめにするより、できる限りパイロットの判断で自由に操作できる余地を残す方が、結果的に良い場合もあると考えます。そのためにパイロットは、日夜訓練を行っているのです。そして軍用機である以上、全て計算ずくであるはずです。計算の結果、合理的であるから配備するのであって、安全だから配備するのではないのです。そして、安全はその項目の一つに過ぎないのです。
要は、民間機と軍用機では設計思想が根本的に異なっているのです。それを民間機と同じレベルで議論するから、議論は平行線を辿らざるを得ないのではないでしょうか。
政府がオスプレイは安全であると言うこと自体が無理筋なのです。安全でないものを安全であると言い張り、無理にことを進めようとすることに基地周辺の皆さんは不信を抱いているのです。原発問題にしても然りです。原発が危険だと言っていたら、誰も受け入れる筈もありません。ゆえに安全神話を作り、そして虚構の安全性は見事に破綻したことを直視すべきです。同じ過ちを再び繰り返すことの無いようにしなければならないと思います。
政府がやるべきことは、危険なものを安全だと言い張ることより、危険なものは危険なものと認め、それとどのように付き合っていくかといった議論をすべきなのではないでしょうか。