普通な生活 普通な人々

日々の何気ない出来事や、何気ない出会いなどを書いていきます。時には昔の原稿を掲載するなど、自分の宣伝もさせてもらいます。

ちょっと怖い話〈12〉 畳の凹み

2011-02-02 10:18:58 | 超常現象<的>な
 20歳で家を出て、一つ年下の高校の後輩だった女性と同棲した。阿佐ヶ谷のボロアパートだった。1970年のことだ。
 そのボロアパートに引っ越したその夜、案の定金縛りにあった。
 4畳半と6畳のニ間あるにもかかわらず、トイレは共同という二階建てのアパートで、もちろん風呂はない。部屋の入り口には立てつけの悪い扉があるばかりで、鍵もフック式でまともなものではなかった。それでも新婚気分で楽しかったし、芝居に打ち込める環境が整った気がして、ここから未来が開けていくとも思った。
 引っ越したばかりで、荷解きもしていない状態のまま荷物を端に寄せ、入り口に面した4畳半ではなく、奥の6畳間に布団を敷いて、さあ寝ようと電気を消した。
 彼女と並んで手が触れるか触れない程度の間を空けて寝ていた。しばらくすると、背筋に悪寒が走った。次の瞬間金縛りにあった。
 それはそれまでに経験したこともない激烈な金縛りだった。声は出せない。指すらぴクリとも動かせなかった。
 すると、フック式とはいえ鍵をかけたハズの部屋の扉が開いた音がした。そしてミシミシと畳がきしむような音が聞こえてくる。足音?
 身体は動かないが、目は動く。音のする方を見ると、ちょうど人が歩くように畳が凹み、徐々に近づいてくるではないか。それがなにを意味するのか、頭はパニックで何の判断もつかないが、見えない相当の重量のものが近づいてきているのは確かだった。
 脂汗が流れる。するとその畳の凹みはボクらの寝ていた布団を迂回し、ボクの頭の上でしばらく停止したが、やがて窓の方へと移動し抜けていった。
 次の瞬間「あがッ」と大声が出た。金縛りが解けた。
 あわてて起き上がり電灯をつけた。彼女は「どうしたの?」と訊ねたが、ボクは息が上がった状態で、ぜいぜいと荒い呼吸をしていた。そのボクの様子を見て、尋常ではないと思ったのか、彼女は立ち上がりボクを抱きしめた。
 それで少し落ち着いた。部屋の扉はキチンと閉まったままだった。そして部屋の様子になにも変ったことはなかった。ただ一つ。
 翌朝気がついたのだが、一番窓際に畳の凹みがひとつだけ残っていた。元々あったものかもしれないが、それは夕べ目にした畳の凹みが移動した、確かに最後の場所だった。
 このことがあって、ボクは夜電気をつけたまま寝るようになった。しばらくは一人でトイレにも行けなかった。できれば寝たくなかった。
 僕が夜型人間になったのは、実のところこの体験が理由だったのだ。
 この部屋には、それから1年間住んでいた。毎晩誰かが遊びに来ていた。ご近所には申し訳なかったが、そうでないと、怖くてならなかったのだ。