
母の玄関先にある君子蘭は亡き父が好きだったという。花の名前は全然覚えることができなかった父がこの花だけは覚えていて、春になるとオレンジ色の花を咲かせるのを楽しみにしていたという。
今年はまだつぼみのままだ。先の方が少しオレンジ色を見せてきたけどまだ咲くには日数がかかりそうだ。
すると、ご近所さんが早々と咲いたからと母の玄関、風除室にどどんと置いていった。
綺麗に咲いたから見てくれと。自分のところではもっと沢山鉢があって咲いているからと。
母が目を細めて嬉しそうな顔をしていた。
父の命日まで自分の鉢の花は咲くだろうか。その前からこの花を愛でることができて嬉しそうだ。
父が亡くなっても母がこんな風にご近所さんとも仲良くできるのは私としてはとても安心できるし、嬉しい。一人暮らしになって何が一番困るかというとご近所さんとのつきあいが上手く出来るかではないだろうか。母は長年ご近所さんたちとのつきあいが上手く出来ていたのだろう。
昨日は午前中にご近所さんふたりが来てくれてずっとおしゃべりしていたんだよと話していた。
ひとりとてもお話のうまい方がいてその方がいると本当に笑い転げたり、あっという間に時間が経つ。人生経験豊富というか大変な人生を歩んできた人なのでお話の内容も深刻なことが多いのだけど、なぜか笑いを誘ってしまうのだ。経験を笑いに変えることができる話し方というのも素晴らしいと思う。
わたしなど、深刻なことはどうしても深刻になりがちになる。過去を振り返れば修正したくなることがあまりにも多い。それでも通り過ぎてきて今がある。生きていてなんぼのもの、死んでしまったらおしまいだとは晩年の父の口癖だった。本当にそう思う。
父が生きていたら見せてあげたいもの、会わせてあげたい人、たくさんいるけど。もう会うことも叶わない。
それでも父のことを思い出し、語り合うことで父がそばに寄り添っている気がする。そして弟もまた。
亡くなった人への後悔の念は出来なかったことがあるから出てくるのだろう。弟にやってあげることがもっとあったのに、まだ大丈夫だと思ったこと、なぜだろう。すぐ目の前に死が訪れると予測できたはずなのに。まだだ、まだに違いないと首を振っていた自分。
父が亡くなってから11年が経つ。もうそんなになったのか・・・ 自分の中ではつい数年前のように思うのだけど。三月は父の命日がある。八月は弟の命日がある。不思議なことに三月は父の誕生日が、八月は弟の誕生日がある。
人間は生まれて亡くなるのが同じ時期になるのだろうか。
きっと母の君子蘭は28日頃、花を咲かせるのだろう。
忘れないで咲いてくれたねと、微笑む父の顔が見たくて。
今年はまだつぼみのままだ。先の方が少しオレンジ色を見せてきたけどまだ咲くには日数がかかりそうだ。
すると、ご近所さんが早々と咲いたからと母の玄関、風除室にどどんと置いていった。
綺麗に咲いたから見てくれと。自分のところではもっと沢山鉢があって咲いているからと。
母が目を細めて嬉しそうな顔をしていた。
父の命日まで自分の鉢の花は咲くだろうか。その前からこの花を愛でることができて嬉しそうだ。
父が亡くなっても母がこんな風にご近所さんとも仲良くできるのは私としてはとても安心できるし、嬉しい。一人暮らしになって何が一番困るかというとご近所さんとのつきあいが上手く出来るかではないだろうか。母は長年ご近所さんたちとのつきあいが上手く出来ていたのだろう。
昨日は午前中にご近所さんふたりが来てくれてずっとおしゃべりしていたんだよと話していた。
ひとりとてもお話のうまい方がいてその方がいると本当に笑い転げたり、あっという間に時間が経つ。人生経験豊富というか大変な人生を歩んできた人なのでお話の内容も深刻なことが多いのだけど、なぜか笑いを誘ってしまうのだ。経験を笑いに変えることができる話し方というのも素晴らしいと思う。
わたしなど、深刻なことはどうしても深刻になりがちになる。過去を振り返れば修正したくなることがあまりにも多い。それでも通り過ぎてきて今がある。生きていてなんぼのもの、死んでしまったらおしまいだとは晩年の父の口癖だった。本当にそう思う。
父が生きていたら見せてあげたいもの、会わせてあげたい人、たくさんいるけど。もう会うことも叶わない。
それでも父のことを思い出し、語り合うことで父がそばに寄り添っている気がする。そして弟もまた。
亡くなった人への後悔の念は出来なかったことがあるから出てくるのだろう。弟にやってあげることがもっとあったのに、まだ大丈夫だと思ったこと、なぜだろう。すぐ目の前に死が訪れると予測できたはずなのに。まだだ、まだに違いないと首を振っていた自分。
父が亡くなってから11年が経つ。もうそんなになったのか・・・ 自分の中ではつい数年前のように思うのだけど。三月は父の命日がある。八月は弟の命日がある。不思議なことに三月は父の誕生日が、八月は弟の誕生日がある。
人間は生まれて亡くなるのが同じ時期になるのだろうか。
きっと母の君子蘭は28日頃、花を咲かせるのだろう。
忘れないで咲いてくれたねと、微笑む父の顔が見たくて。
お父様の命日にはきっと綺麗に咲いてくれますよ、
お父様弟様のことを忘れないでいてあげることが一番の供養だと思いますよ。
私も色々とあったけど両親のことを時々思い出すようにしています、
今いてくれたら少しは親孝行出来たのに
後悔することばかりです。
写真を見た時にアマリリスかと思いました。
それで、気になって調べたら同じヒガンバナ科でした。
お父様の命日、もうすぐですね~
きっと咲いてくれますよ♪
お母さまはご近所のお付き合いが上手で羨ましいです。
ウチの母は、耳が遠いのもありダメですね~
若いころ田舎から都会に出てきて慣れない土地で苦労をし
父の病気のせいで、外に出ることも出来なかった長い年月。
こうすれば良いのに~って思いますが
今更です(笑)
相手のいう事が分っても分らなくてもニコニコとしています。
これが母の性格かな。
多分、私が母の友達だったら苦手なタイプかも(笑)
娘なので出来る限り親孝行してあげようと思ってます。
父は今年6月に7回忌を迎えます。
自分ひとりだけの胸のうちで自分に語りかけるよりも誰かと話すほうが。
出来なかったことも沢山あるのでしょうね。わたしもまだまだやってあげたかったことがあります。そのたびに思い出すことがいいのかなとも思っています♪
年を取るとそんなニコニコおばあちゃんになっていくのでしょうね。
ご近所さんは母の姿をしばらく見ない(外に出ない)と心配して声をかけてくれるので、わたしは本当に助かっています。わたしが数日不在のときはご近所さんにお願いしていけるので、こういう関係があるっていいなあと思います。
親孝行、たくさんしてあげてくださいね。というかもう十分しているように見えますよ♪ 楽しそうな旅の様子を見ているとお母様はしあわせだなあって思います。
艶やかなのにどこかシックな花色が素敵です。
私も庭の草花を目にするたびに、父を想います。
「これはお父さんが貰ってきた木だよね」だとか「これお父さんがちょん切ったら花が咲かなくなって、大変だったんだよね」なんて。
父の部屋だった書斎にはまだ父の香りが残っているし、肉体は消えちゃったけど人が存在した証はなかなか消えないんだなぁ*なんて思って嬉しくなります。
けいさんのおうちの君子欄が御命日までに咲いて、ご家族みなさまの思い出話にも花が咲きますように***
思いが重なってしまいます。。。
ご近所さんが持って来てくださるなんてお母様が普段から お付き合いが上手なんだろうと思いました。
お父様の命日まで綺麗に咲いてくれるといいですね♡
花は見ているだけで気持ちが穏やかになっていく不思議な存在ですね。母達が愛でている気持ちがわかる気がします。でもわたしは全然庭いじりとかに興味がなかったので、今さらながら無知だなあと思っているところです。
もうすぐ咲きそうです。
後数年で母と一緒に暮らすことを考えれば、ご近所さんとの友好的な関係があればわたしも助かるなあと思ってみています。
君子蘭を好きな方は多いのですね。わたしは母のところで初めて知りました♪