【親木は国の天然記念物、約40年前に植樹】
奈良市学園南にある東洋美術の殿堂「大和文華館」で、本館玄関前の「三春滝桜」が見ごろを迎えた。蛙股池を望む高台にある同館は自然の景観を生かした庭園「文華苑」の中にある。いつ訪ねても四季折々の花木が目を楽しませてくれるが、中でも春の庭園を明るく彩って人気を集めるのがこの滝桜。まさにその名の通り、無数の薄紅色の花が滝のように流れ落ちて、息をのむほどの美しさ。来館者の多くが感嘆の声を上げてカメラに収めていた。
「三春滝桜」はエドヒガン系のベニシダレザクラ。福島県三春町にある親木は約100年前に国の天然記念物に指定され、根尾谷の淡墨桜(岐阜)、山高神代桜(山梨)とともに“日本三大桜”とも呼ばれる。その桜の子孫が大和文華館にやって来たのは約40年前。1983年に三春町歴史民俗資料館が開いた特別展に、文華館が所蔵する室町後期の画僧雪村周継(1504~89)の自画像を出品、その返礼として苗木が寄贈された。その後、順調に成長し今では高さ10mにも及ぶ大樹に育ってシンボルツリー的な存在になっている。
【特別企画展「隠逸の山水」4月2日まで】
大和文華館ではいま「隠逸の山水」と題した特別企画展を開催中。隠逸とは俗世間から逃れて隠れ住むこと。室町時代から江戸時代にかけ、禅僧や文人画家たちは巷の喧騒から離れた理想郷として静かな情景が広がる山水画を多く描いた。企画展は「室町山水画前夜」「禅僧の山水」「狩野派の山水」「文人画家の山水」「写生画派の山水」の5章で構成し、絵画や屏風、襖、陶磁器など29点を展示している。
その中に明るい色調でピンクの桜が画面中央に小さく描かれた作品があった。江戸後期に活躍した文人画家田能村竹田の『親鸞上人剃髪図』(重要美術品)。浄土真宗の開祖親鸞は9歳で仏門に入る際「明日ありと思ふこころのあだ桜夜半に嵐が吹かぬものかは」という言葉を残した。慈円僧正の「夜も遅いので得度式は明日にしては」という提案に対し、「明日まで待てない」という心境をこの歌に込めた。その故事を題材に、扇を手にし桜の花を見つめる幼い親鸞と、向かいに立つ慈円の姿を描いている。ちょうど桜の季節ということもあって印象に残る1点だった。
重要文化財に指定されている作品も3点展示中。可翁筆『竹雀図』と伝周文筆の『山水図屏風』(六曲一双)と有田焼『染付山水文大皿』。可翁は14世紀前半に日本の初期山水画家として活躍した。周文は京都・相国寺の画僧で雪舟の師として名高い。山水文大皿は直径が45.4㎝もある見込み全面に、梅の枝や聳え立つ雄大な山々が鮮やかな青色で描かれている。初期伊万里の傑作の一つといわれる。
与謝蕪村筆『緑陰渓友図』は木々が生い茂る水辺の景色を描いた作品だが、添えられた儒学者中井履軒の賛文がおもしろい。「渓釣得魚賭多少共飲一壷酒」(釣りで賭けをして共に酒を飲む)。他には渡辺始興の『金地山水図屏風』(六曲一双)や円山応挙の『四季山水図屏風』(六曲二双)などの館蔵品に加え、京都国立博物館蔵の山口素絢筆『雪景山水図襖』4面と香雪美術館蔵の狩野元信筆『四季山水図屏風』(六曲一双=前期右隻、後期左隻)も特別出陳として展示されている。