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本物の文化と出合う~土佐いく子の子どもたちのまなざし⑱

2008年10月15日 | 土佐いく子の教育つれづれ

 ―感動が人を動かす―

■先生のフルート演奏
 朝から雨でした。二日も続いた雨で、子どもたちは外で元気に遊ぶことができず、エネルギーを持て余して、あそこでここで大暴れです。ケンカもあれば、教室から飛び出す子もいて、てんやわんやの三年生の教室でした。
 そんな日、昼から友達が転校するのでお別れ会をしました。リコーダー演奏、お笑い、手品、クイズ…と続いて、最後は先生の出し物。先生はフルートで「もののけ姫」のテーマ曲をかっこよく吹いてくれたではありませんか。
 騒がしかった子どもたちが見る見るしーんと聞き入り、うっとりした表情に変わっていったのです。終わると「先生すごい、アンコール、うまい」と大きな拍手。「握手しよう」と手を差し出す笑顔いっぱいのやんちゃたちでした。
 クラス運営に苦労し最近、笑顔の少なかった若い先生の顔に満面の笑みが戻ってきました。後ろで見ていた私は思わず涙が出てしまいました。
 そうです! 子どもたちはやっぱり豊かな文化に感動するし、本物に心を動かすのです。

■トイレの花
 話は変わりますが、教師はクラスの子どもたちの家に一軒一軒家庭訪問をさせていただきます。どこの家にも、その家庭らしい暮らしぶりがあります。そして、そこの家族がどんな文化を食べて生きているかに触れるのです。
 玄関に一輪の花が生けてある、子どもの絵が大事に額に入れられて飾ってある、夏の思い出の貝殻と石がきれいな器に入れて飾られている…こんなものを見るだけで、子どもが育つ空気を感じるのです。反対に、豪華なシャンデリアに立派な調度品が並んでいても、家庭の文化を感じることができない家もあります。
 こんな話を聞いたことがありました。家出をした中学生が時々こっそり家に帰って来るというのです。お母さんがいつもトイレに花を飾っていたのですが、それを見ながら用を足すと爽やかになるのでひょっこり帰って来たと言います。この少年が、まもなく自立への道を歩き出したのは言うまでもありません。

■新しい風を
 私事ですが、私も三人の息子たちに手抜きですが、それでもいろいろ目をかけ手をかけてきました。いったい何が残ったのでしょうか。
 父親が学生時代に弾いていた古いギターが部屋の隅に置いてありました。教えたわけでも、やれと言ったわけでもないのですが、手に取り弾き始めたのがきっかけで、シンガーソングライターになって夢を追っている息子がいます。
 「紫陽花」という息子の曲の中に「愛しさはまるで風と六月の月のように」という歌詞の一節があります。
 思い出します。あの子が中学生の頃でした。紫陽花の花が梅雨に濡れしっとりと美しい日でした。梅雨の晴れ間に、ぽっかりと六月の月があざやかに空に浮かんでいたのです。あまりの美しさに息子を呼び、書斎から二人でじっと眺めたものでした。そのときのことを私もなぜか下手な詩にし、書にしたためました。手間暇かけていろいろ教えたことは全部どこかへ消えてしまったようですが、二人でじっと眺めた月の美しさはずっと心の中に残っていたのでしょうか。
 小学生のときに聴いたトランペットの音に魅せられてトランペット奏者に、またある人は一つの景色に魅せられて絵筆を握り続けるなど、感動が人生の夢をかなえてくれるのです。
 忙しい日々ですが、子どもたちを本物の文化と出合わせる機会を作る努力をしたいものです。膝に抱いて一冊の本を親子で楽しんで読んだり、美術館で本物の絵を見たり、コンサートで生の音に浸ったりすることで、大人もまた自分を取り戻し、自分の中に新しい風が吹いてきます。
(とさ・いくこ 中泉尾小学校教育専門員・大阪大学講師)

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