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コジキジゲン

横島炭坑・ヨコシマの探考(単行・単項・単向)⇒会稽

2019-02-28 20:46:36 | 古事記字源
 「炭鉱で栄えるも突然海底に・・・
 「横島」の調査開始 長崎沖
  NHK TV
  2019年2月26日 18時18分」
 ↓↑
 北緯33度22分23.0秒
 東経129度51分19.7秒
 長崎県
 松浦市(まつうらし)・・・松浦武四郎=松浦竹四郎
              諱は弘・雅号は北海道人(ほっかいどうじん)
 福島町(ふくしまちょう)・・・同名の東北の福島県
                福島県1876年(明治9年)8月21日
                会津の前身にあたる若松県
                中通りの前身にあたる福島県(1876年以前)
                浜通りの前身にあたる
               「磐前(いわさき)」県
                  ・・・岩崎 弥太郎
                     天保5年12月11日~明治18年
                    (1835年1月9日)~(1885年2月7日)
                      甲午・正財正官⇔乙酉
                      丁丑・偏官食神⇔戊寅
                      辛丑・  食神⇔癸巳
                      辰巳=空亡

                     三菱財閥の創業者で初代総帥

                の合併によって
                福島県が成立
                県名の福島は3県合併によって
                県庁所在地となった福島町(福島市)から採った
               「福島」の名は、福島城から
                浜通りには、広大な面積を持ち
                かつては「炭鉱」都市であった
 喜内瀬-免(きないせ-めん)
 横穴式石室古墳
 場所 横島古墳
 長崎県松浦市の福島の古墳
 ↓↑
 北緯32度41分16.4秒
 東経129度48分35.5秒
 横島は
 長崎県長崎市
 香焼(こうやぎ)町にある・・・香焼(コウショウ=考証)
 無人島
 長崎市の沖合にあり
 炭鉱の島として栄えた
 昭和40年ごろ
 突然、大部分が沈んでしまった
 ↓↑
 長崎県の横島・・・よこしま=奸・邪・侫・左・姦・辟・違・慝・䜛・讒
               犯・冒・姦・菅・横嶌・ム(私)・己・横縞
 地下炭鉱が発見され
 1897年に採掘がスタート
 1902年に廃坑
 ↓↑
 横 島 炭 坑・・・ヨコシマの探考(単行・単項・単向)?・・・会稽
 端島
 明治23年8月11日継承)より遅く
 明治27年6月5日に
 三菱に継承
 閉山は
 明治35年1月
 「閉山後、島を支えていた
  石垣は取りはずされ
  端島方面に運ばれた
  埋め立てた土砂は
  残らず流失し岩礁と化す」
 ↓↑
 炭鉱で栄えるも突然海底に海没した横島
 2019年2月26日 18時18分 NHK・TV
 ↓↑
 長崎市の沖合にあり炭鉱の島として栄え
 昭和40年ごろ突然、大部分が沈んでしまった
 沈んだ原因を探ろうと調査
 長崎市
 香焼町の沖合およそ600メートルにある
 「横島」は
 明治30年代「軍艦島」の名前の
 端島などと同じ炭鉱の島として栄えた
 ↓↑
 閉山後の昭和40年ごろ島の大部分が海底に沈没
 今は2つの岩礁が残るのみ・・・
 京都大学の研究チームが
 島が沈んだ原因を探る調査を26日から開始
 ↓↑
 横島(よこしま)は
 長崎県長崎市香焼町にある島(無人島)
 香焼町安保(あぼ)の南西約700m沖に位置
 ↓↑
 明治時代中期に炭鉱として島全体が開発
 炭鉱自体は短期間で閉山
 昭和時代中期から島の沈下崩壊が進み
 ほとんどが水没し
 岩礁が東西2つに分かれ残存
 ↓↑
 明治時代初期
 東西330m、南北61mの島
 本島の南西にある
 高島で高島炭鉱の採掘を行っていた
 三菱合資会社が
 1894年(明治27年)より
 本島においても炭鉱開発に着手
 1895年(明治28年)
 立坑入気坑(80m)排気坑(67m)を掘った
 1897年(明治30年)に
 島の周囲の埋め立て
 1898年(明治31年)より出炭を開始
 島内には発電所が設置
 香焼村で初めて通電地域となった
 島の人口は約700人
 香焼村の総人口の約3分の1を占めた
 島内には、住宅のほかに病院や小学校が設置
 1902年(明治35年)
 閉山
 閉山後
 埋立のために築かれた石垣は撤去され
 三菱社が運営する端島などで再利用
 昭和40年代
 地盤沈下によって徐々に島は海没
 小さな2つの岩礁が残存しているのみ
 ↓↑
 横島炭鉱(よこしまたんこう)
 長崎県長崎市
 香焼町安保(あぼ)の
 南西約700m沖に位置する無人島
 横島に位置
 ↓↑
 地圧によって坑道が盤ぶくれを起こし
 操業を断念
 1902年(明治35年)に閉山
 ↓↑
 明治25年
 長崎の尾上栄文と峯眞興が五尺層を発見
 明治27年6月5日
 三菱が鉱区を譲受ける
 明治30年2月
 出炭開始
 明治34年6月
 西部で断層突破出来ず起業工事を中止
 東部も断層に阻まれる
 明治35年1月
 廃坑
 ↓↑
 磐膨れ・・・岩石が湿気を含んだり
       両側の重圧のため
       坑道の下磐がふくれ上がること
 下磐・・・・炭層のすぐ下部にある岩磐
 磐打ち・・・下磐のふくれ上つた時
       また車道を下げる時に
       下磐を掘り下げる作業
 ↓↑
 横島
 国土地理院ウェブサイト
 伊能大図彩色図(肥前 長崎)
 に記載
 伊能大図彩色図の香焼嶋は
 白く塗られてい
 同じ地図に記載の
 端島も同様に白く塗られ
 横島は海面の色と同じで
 線により示されているだけ
 横島は
 一つの島(瀬)ではなく
 複数に分かれている・・・
ーーーーー
 「よこしま」です・・・


現存・古事記・漢字源の世界(1)・再三考
http://book.geocities.jp/kiriyatomeri/kiriwake5/kirikoji1.html

現存・古事記・漢字源の世界(2)・再三考
http://book.geocities.jp/kiriyatomeri/kiriwake5/kirikoji2b.html

現存・古事記・漢字源の世界(2のb)・再三考
http://book.geocities.jp/kiriyatomeri/kiriwake5/kirikoji2b.html

古事記・漢字源の世界(3)
http://book.geocities.jp/kiriyatomeri/kiriwake5/kirikoji3.html

古事記・漢字源の世界(4)
http://book.geocities.jp/kiriyatomeri/kiriwake5/kirikoji4.html

 ↓↑ ↓↑
 ヱ=ア+エ=発音記号「a=a+e」
      =「了+一」=終始
      =「乛(一・オウ)+丄(上・ジョウ)」
 ↓↑ ↓↑    ↓↑ ↓↑
 母音
ɪ e a ɒ
ʌ ʊ iː ɑː
ɔː uː ɜ: ə
eɪ aɪ ɔi aʊ
əʊ ɪə eə ʊə
 子音
p b t d
k g f v
θ d s z
ʃʒ h t ʃ
dʒ m n ŋ
l r j w
 ↓↑ ↓↑    ↓↑ ↓↑
 わ行 ワヰ ヱヲ
    ン ヴ
    わゐ ゑを
  ん ぶ
    「ゐ=為」の草体・「居・為・井」
    「ヰ=井」
    「ゐ・ゑ・ヰ・ヱ」
 「ヸ(ヴィ)、ヹ(ヴェ)」
 「ヸ」は「イ」と「ギ」の中間
 「ヹ」は「エ」と「ゲ」の中間・・・
 ↓↑ ↓↑    ↓↑ ↓↑
 「やいゆえよ」・・冶意故(結え)余(世・代・與・予)?
 「やゐゆゑよ」・・矢亥遊重世?
 ↓↑ ↓↑    ↓↑ ↓↑
 和(わ)遠(を)无(ん)=一 +尢=二+丿+乚=無
 和は  遠くて無い
 和(倭・葉)音
 話は  雄(尾)の夢(武)
 わおん=把闇・倭遠・我恩
   ん=ゥぐ=ム=私=よこしま=己=吾=我
         「无=無=𣠮」
          𣠮=𡘲+亡+林
           =一+人+廿+廿+亠+乚+林
           =一+人+廿+廿+亡+林
           =𣠮=𡘲+林
          異体字「無」
          異体字「無・无・𣟒」
          無=𠂉+廿+廿+灬
           =𠂉+共+共
            灬=火・烈火
            灬⇔心=異体字「忄・㣺」
                心呂=心臓・股肱の臣
                呂=声や楽器の低音域
                  背骨
 ↓↑ ↓↑    ↓↑ ↓↑
         『説文解字』に無、豐也
         「从𡘲从林。大+𠦜、數之積也。
          林者、木之多也。
          𠦜與庶同意『書・洪範』庶草蕃橆。
         『唐韻』隷省作無、今借爲有無字。
         『字彙』橆、古文蕃橆字。
             有無之無、則用无字。
          秦以橆作无、李斯又改作無、後因之。
         『正韻』繁橆、『今文尚書』作廡。
          橆、廡義同。
 ↓↑ ↓↑    ↓↑ ↓↑
          無、亡也。从亡、無聲。
         「無=消去」、「亡」を要素、発音は「無」。
         「林」部の「無」
         「無、豐也。从林、𡘲。
          𡘲、或説規模字。从大、𠦜。
          𠦜、數之積也=林者、木之多也。
          無與庶同意。『商書』曰=「庶草繁無」
         「無」とは豊か
         「林」と「𡘲」とが要素
         「𡘲」=規模の「模」と同じ
         「𡘲」=「大」と「𠦜」とを要素し
         「𠦜」=数が多く積み重なっていること
         「林」とは木が多いこと
         「無」と「庶」=多いと意味が同じ
         『尚書』商書に「庶草繁無」
         「段玉裁」は
         「無という字は、元々草木が茂るの意味
          隸書で、有無の無で
          亡ではない「無」を代用し
          草木が茂る漢字には、
         「廡」や「蕪」を用いた」・・・
         「無」は植物が多いこと
         「無」は物の存亡

          無=袖に呪飾をつけて舞う人
            下に両足「舛」を加えて「舞」
            人の舞う形で、舞の初文
            卜文に無を舞雩(ぶう)の字に用い
            ときに雨に従う形に作る
            有無の無の意に用いるのは仮借
            のちもっぱらその仮借義に用いる(字通)
            原字は、
            人が両手に飾りを持って舞うさま
            のちの舞(ブ・ム)の原字
            無は亡(ない)+音符の舞(ブ・ム)
            の略体(漢字源)・字通
         
          通仮字「亡・妄」
          異体字「无・𠑶・𠘩・𤀢・𡙻・𣑨・𣚨
              橆・𣟒・𣠮・𤍍・㷻・蕪・𣞤・芜」
         

 by 検索 ツール
https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=mcafeess1&p=%F0%A1%98%B2+%E6%BC%A2%E5%AD%97
 ↓↑ ↓↑    ↓↑ ↓↑
 あいうえお=安きは以て宇(そら)の衣(ころも)でおおう
 かきくけこ=幾を加え久く己(よこしま)を計る
 さしすせそ=左(ひだり)の之を寸(はかる)世のかさね
 たちつてと=太(おほの)知る川を天に止める
 なにぬねの=奈(なんぞ)仁の奴の禰の乃(すなわち)
 はひふへほ=波(なみ)比べ部を保てず
 まみむめも=末美武女の毛(髪)
 やゐゆゑよ=也為す由恵与
 らりるれろ=良い利留める禮(礼)

 安(あ)以(い)宇(う)衣(え)於(お)
 加(か)幾(き)幾(く)計(け)己(こ)
 左(さ)之(し)寸(す)世(せ)曽(そ)
 太(た)知(ち)川(つ)天(て)止(と)
 奈(な)仁(に)奴(ぬ)称(ね)乃(の)
 波(は)比(ひ)不(ふ)部(へ)保(ほ)
 末(ま)美(み)武(む)女(め)毛(も)
 也(や)為(ゐ)由(ゆ)恵(ゑ)与(よ)
 良(ら)利(り)留(る)礼(れ)呂(ろ)

 安加左太奈波末也良・・・案を加え作る、おほの(太)の名は未だ良きナリ
 以幾之知仁比美為利・・・
 宇幾寸川奴不武由留・・・
 衣計世天称部女恵礼・・・
 於己曽止乃保毛与呂・・・

 良(ら)也(や)末(ま)波(は)奈(な)太(た)左(さ)加(か)安(あ)

 利(り)為(ゐ)美(み)比(ひ)仁(に)知(ち)之(し)幾(き)以(い)

 留(る)由(ゆ)武(む)不(ふ)奴(ぬ)川(つ)寸(す)久(く)宇(う)

 礼(れ)恵(ゑ)女(め)部(へ)称(ね)天(て)世(せ)計(け)衣(え)

 呂(ろ)与(よ)毛(も)保(ほ)乃(の)止(と)曽(そ)己(こ)於(お)

 ア行 阿 安 英 足
 カ行 可 何 加 架 香 蚊 迦
 サ行 左 佐 沙 作 者 柴 紗 草 散
 タ行 太 多 他 丹 駄 田 手 立
 ナ行 那 男 奈 南 寧 難 七 名 魚 菜
 ハ行 八 方 芳 房 半 伴 倍 泊 波 婆
    破 薄 播 幡 羽 早 者 速 葉 歯
 マ行 万 末 馬 麻 摩 磨 満 前 真 間 鬼
 ヤ行 也 移 夜 楊 耶 野 八 矢 屋
 ラ行 良 浪 郎 楽 羅 等
 ワ行 和 丸 輪
 ガ行 我 何 賀
 ザ行 社 射 謝 耶 奢 装 蔵
 ダ行 陀 太 大 嚢
 バ行 伐 婆 磨 魔
ーーーーーー
 ・・・

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