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コジキジゲン

限界集落の祭り

2015-02-28 22:15:09 | 古事記字源

 ・・・生きている間は、「天国」にも「地獄」にも逝くことを期待せず、ただ、ただ「現世」で生きているコトに専念すべきだろうが、思念、思想、空想、妄想、そして願望するコトも人間の宿命である・・・「パウロ(サウル)の時代」の「魔術」も「奇蹟」も、現今ではホトンドが「科学的認識の枠内」にアルと云っていい。だが、まだ、まだ「不思議なコト」が多い・・・そして、昔も今も「永遠の生命」が欲しいらしいヒトが存在する。ナゼ欲しいのかは「現世がイイから」であろう・・・兎に角、「永遠の命」がアルかナイかは「天国・地獄」に逝った時に考えればイイ・・・時間はタップリあるだろうから・・・「必要なのは生きていくヒトの命の手渡し」である。そして、「神」がいてもいなくても「協同体の人間の教会」は必要だった・・・「限界集落の祭り」は生きている人間の食べていける「喜怒哀楽」・・・
  ↓
 現世の現実は複雑怪奇だが・・・
 「賃金労働者」と「政治権力者」が「商業的経営者」になるのは難しい・・・
  ↓
 ボクの持っている「新約聖書」の「コリント(哥林多)後書・第12章・結末」には「闘争(あらそひ)・嫉妬(ねたみ)・怨恨(うらみ)・争論(さうろん)・誹謗(ひぼう)・呟言(つぶやき)・驕慢(たかぶり)・擾乱(ゆうらん)」の漢字が羅列され、ルビが振られている・・・これらのコトバの事象が無くなればイイのか?
 「コリント(哥林多)後書・第13章」には「イエスの恩寵」、「神の寵愛」、「聖霊の交際」が記録されているが・・・
 「恩寵(オンチョウ)=めぐみいつくしむこと
            キリスト教での神の恩寵
            超自然(宗教的な)
            恩賜の誤り
            君主からたまわること
 キリスト教における
 恩寵(ギリシア語=χάρις
    ラテン語=Gratia
    英語=the divine grace
    ロシア語=Благодать)
 神の人間に対する働きかけ、
 神の人類に対する慈愛を意味
 恩恵、聖寵、神の恵み、恵みとも・・・
 神や主君から受ける恵み。慈しみ
 キリスト教で、人類に対する神の恵み
 grace of God
 divine favor」
 「寵愛(チョウアイ)=特別に大切にして愛すること」
 「交際(コウサイ)=付き合い
  社会生活を営む際に
  生じる他者との関係を
  円滑に行うための行為
  他人と関係を持つという意では
  相通じて用いられる
 companyfriendship
 association
 society
 social intercourse
 associate with~
 acquaintance
 company with~
 relationship」
 交際
 ・・・「交=亠+ハ+乂」は当然、部首の意味の
 「亠(トウ・ズ・なべぶた冠・音の略字)」
 「八(ハチ・ハツ・や・やつ)・片仮名のハ」
 「乂(カイ・ゲ・かる・おさめる)」
  の
 「マジワった漢字」で、
 同時に漢字を訓読みし、
 その音を当てた漢字である
 「マジワル」は「眞字和留」、「馬路話留」など、「真面悪」である・・・
 「際=阝(こざと・丘・阜)+祭(まつり)」
 「際=あと少しで
    別のモノになろうとする
    ぎりぎりのところ。
    境目、物の端」
 ・・・「きわどい」訳語である・・・国境、国際・・・間際・・・
 「際(サイ・きわ・はて
    二つの物が接する所
    限りのところ
    出会い
    接してまじわる
  際涯・際限・分際・辺際・際会」・・・
 ・・・「恩寵・寵愛・交際」も・・・人間が生きて存在していることが前提である・・・自分自身が産まれてきた「確率」は「精子と卵子の出会い」を考えれば、まさに「奇跡的事象」ではある。そして、今現在生きているコトも・・・だが生きている個々のモノ自体が星の数より以上の「確率」を獲得した関係性の結果の存在である・・・「神」が存在していてイイけれど、前提的にソレを考えている人間がいなくちゃァ、ハジマラナイ・・・
ーーーーー
  ↓
 ・・・「ガラチア(加拉太)書」・・・「拉(くだく・ひしぐ・ロウ・ラツ)」・・・「拉致誘拐」、「ラテン(Latin・拉丁・羅甸)は、ローマの南東にあった古国ラティウム(ラテン語: Latium)の形容詞形 latinus に由来する言葉」・・・「加えて、拉(くだく・ひしぐ)、太(ふとい)」って・・・「ひしぐ=押しつけてつぶす・ 勢いをくじく・頓挫(とんざ)させる・ひしゃげる」のは「太った奴」だろう・・・パウロからすれば「思想的、現実的利害の敵対相手」である・・・
  ↓
 「加拉太書叙言」から参照抜粋・・・
 (一)
 ガラチアの事
 小アジアの一小國
 基督
 紀元前
 二百七十八(278年)年・・・弐百七拾八
 ピチニア國王
 ニコデモ、
 ゴウル(今の仏國)地方より來れる軍族に、
 嘗て戰役の時助けられし報酬として
 此小國を譲れり。
 爾來國勢次第に膨張したりしが、
 度々の戰役の末、
 キリスト
 紀元前
 廿五(25年)年・・・念伍(吾)
 ロマ帝國に編入
 (二)
 ガラチア教會
 と
 パウロとの関係
 使徒行録十六章に據れば、
 パウロは其
 第二回
 傳道旅行の時、
 ガラチアに至りて布教
 異邦人なる此處の人民は、
 パウロを
 神の如くに歓迎し、
 程なく盛なる
 教會全國に設立
 斯て
 三年を経て、
 第三回傳道旅行の時、
 パウロ
 再び
 ガラチア信徒を訪問
 (三)
 本書を認めし機會及び目的
 パウロがガラチアを去るや、
 ユデア教主義の人々、
 彼盛なる教會に入込みて、
 種々の
 謬説を流行せしめ、
 大いに人心を
 擾亂したり。
 殊に、
 パウロは
 異邦人に布教するに、
 人の救はるるは
 キリストを
 信仰するに在る事を以てせしに、
 彼人々は之に反して、
 尚
 舊約の法則を遵奉して
 割禮を受くべき事等を教え、
 且
 パウロの権力を蔑如して、
 彼が眞の使徒に非ざる事、
 其教ふる所は
 ペトロ、ヤコボ、ヨハネ以下
 他の使徒等の教と
 大いに
 異なる事等を主張
 生來
 變心し易きガラチア人は、
 大いに之に迷はされしかば、
 パウロは之を聞きて、
 速に本書を遣る事を必要とせしなり。
 然ば本書の目的は、
 彼人々の得たりし勢力を挫き、
 彼等に駁せられし
 教理に就きて
 確乎たる根底を示すに在り。
 随つて
 己が
 使徒たる資格を保證し、
 人の救はるるは
 舊約の掟によらず
 キリストに於る信仰による事、
 及び
 キリスト信者は
 モイゼの律法に對して
 自由なる事を證するを旨とせり。
 (四)
 本書の題目及び区分
 本書の題目
 曰く
 ユデア教の法
 と
 キリスト教の法
 とは相容れざるものなり。
 曰く
 律法を以て、
 詛を招きしに反し、
 キリストに於る信仰を以て
 神の祝福を受くべし。
 曰く
 割禮と
 イエズスの十字架と
 孰(いずれ)をか
 択(えらぶ)むべき。
 第二篇には
 舊約の律法と
 福音とを
 比較して、
 信仰によりて
 義とせらるる事、
 及び
 信者は律法に関して
 自由なる事を證し(三章四章)、
 第三篇には
 此聖なる
 自由によらん事を
 ガラチア人に勧め、
 其
 自由の徳
 及び方法を示し、
 尚數個の教訓を與え(五章一節乃至六章十節)、
 末文に於て更に
 教理上の論證を掲げ、
 例の祝祷を以て了る(六章十一節以下)。
 (五)
 本書の特色
 一個人に宛てず、
 ガラチア國の諸教會に宛てた
 本書は主観的にして論難の調子を有し、
 且
 行文簡潔なり。
 本書の殊に重要なる事は、
 キリスト教に於る
 自由の大法例とも稱せられたるものなり。
 (六)本書を認めし年代と場所。
 凡
 紀元五十五(55年)年、若くは五十六年ならん。
ーーーーー
 ・・・

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山谷、異邦人・・・

2015-02-27 22:22:45 | 古事記字源

 ・・・「償い・賠償」・・・「死に値するモノ」は「生きているモノの死?」・・・「生に値するモノ」は「生きているモノの生?」・・・「律法・掟・法律・約束」・・・「生には生」の「目には目、歯には歯」、「傷には傷、暴には暴」、「死には死」の「殺には殺」・・・これは、加害者への「同等の法」ではなく、支配階級に属する者の「殺傷には生」、被支配に属する者の「殺傷には死傷」、そして「殺傷にはカネの多寡」での「罪の償いのランク落とし」の記録があるらしい・・・キリストのエラいトコロとは「私通、姦淫の婦人が石打ちの刑にされようとした時」に、「まず、罪無き者が打て」であった・・・ツミあるヒトは人を裁くなッ、・・・「生きているヒト」はスベテ、「原罪者アダム」の子孫であるから、「肉身のヒト」は元々が「原罪を背負っている存在」である・・・刑場からヒトビトは去った・・・これが事実ならヒトビトは「旧約聖書」を理解し、自覚していたらしい・・・本当なのか・・・ダレもパウロのオルグ(organizer)仕事をわかッちゃぁくれないか・・・神殿も教会もダレが建てたんだか・・・「罪」が何処にあるんだか・・・リンゴだって見たこともなかったカモ・・・

http://youtu.be/2IAwa7ofGrc


 「眼には明暗、色調」、「耳には音調、音律、音波」、「口には音声」、「鼻には匂い」・・・「舌には味」・・・「虫歯には歯痛」・・・
 「詩には詞」、「史には志」、「文には聞」、「示には字」・・・
 「カンニング(cunning・cheating)にはカミ(cunning paper・cheat sheet)」、「トイレには toilet paper」・・・
 「イクサには虎の巻」だが「六韜三略・太公望」・・・「愛には哀」、「怨恨には仇」、「合には相」、「目具合いには愛妾」、「哀傷には挽歌」・・・「増愛には憎厭」・・・
 「殉教死」は「死に値するモノ」ではない。「生に値するモノ」でもない。「殉教」で処刑されるも、処刑するも「生きているモノの罪」である・・・
 キリストの「磔刑での肉体の死」も「復活での霊体の生」も「罪」である・・・「磔刑」で「人類の原罪」は払拭されず、「裁き人と磔刑者」に罪を負わせ、更に又、「復活」で「人類の罪」を「十字軍」で拡大させた・・・
 「カミの希求するアイ」でもなければ、「イエスの説いたアイ」でもない・・・部外者「パウロの愛」・・・「無知なる異邦人」には種を蒔ける・・・
 「神の御名の下の愛」を称えながら「殉教死」するコトと、「律法の厳守」を実行しながら「非割礼者を排他、排外」し、「マサダで自決、玉砕死」するコトに異なるモノはない。確実に生きていた「肉体」は損傷、腐敗する・・・「魂魄」は「宿借での肉体」を失うのだからホームレスである。いや、サンヤがある・・・どこに逝くんだか、行くんだか・・・
 いずれも、「ユダヤ人同士、ユダヤと異邦人」の争いにに見えるが、現実的な「敵対者」は「ローマ帝国の支配者階級」であった・・・「宗教戦争」は「階級対立の武力対立」で現状の「階級、階層」間の利害関係のトラブルである・・・「国家間戦争」も「国家内の階級、階層」間の利害関係の延長トラブルである・・・

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鶏の死(市場)と復活(卵からの雛)

2015-02-27 01:49:40 | 古事記字源

 ・・・「信じるものは救われる」のか、「騙されるものは救われる」のか、「騙されていてもよいと考えているものは救われる」のか・・・「殉教=自らの信仰のために命を失ったとみなされる死」・・・「殉教者の殉死」・・・「漢字文字」・・・「感じ文字」・・・「騙」す文字は「馬+扁」だが、「騙すコト」はホトンドが「手段」である。では、「目的」はなにか?・・・「盗むコト」だろう・・・ナニを盗むかは、その時々の状況にもよるが・・・生きている人間同士のアルものに対する「使用価値」での双方の「ギブ(give) & テイク(take)」の「交換」もあろうとは思うが・・・宗教は「ココロ」を盗む・・・「ココロを盗む」、その「目的」は「天国(永遠の霊としての命) or 地獄(永遠の霊としての命)」なのか・・・「奇蹟(奇跡)」と「天国・地獄」と云うコトバを省き、無ければ、「パウロ(サウロ)」は素晴らしい「愛」の「哲学者・政治家・功利主義者・人道主義者(?)」だが、それでも階級社会の「経済力>政治力」の「経済=金力」の枠内で自分自身が生きていると言う自覚には限界があった・・・「愛に貸借関係は無い」と云いつつも・・・
 キリストの死と復活
 AD-29年4月13日(金曜日)
  己丑年戊辰月戊子日・仏滅
       ↑
 AD-30年4月7日(日曜日)・・・復活9日(火曜日)?
      13日(土曜日)?
      12日(金曜日)?
 AD-33年4月3日(日曜日)・・・復活5日(火曜日)?
      13日(水曜日)?
      15日(金曜日)?
       ↓
 AD-35年4月13日(金曜日)
  乙未年庚辰月己未日・先負
 ・・・を自分自身の目で確認できなかった「パウロ(サウロ)」が、自国民にも、異邦人に「コトバ」で、「文字」で理解させるのは難しい。人間は日常生活に於いては知識が無くても「現実的」である・・・羊(己の未)を(とさつ)しなければ生きられない・・・鼠(戊の子)・・・「移鼠」だろう・・・
ーーーーー
  ↓
 コリント人への手紙
  第16章
 16:1
 聖徒たちへの
 献金については、
 わたしはガラテヤの諸教会に命じておいたが、
 あなたがたもそのとおりにしなさい。
 16:2
 一週の初めの日ごとに、
 あなたがたはそれぞれ、
 いくらでも収入に応じて
 手もとにたくわえておき、
 わたしが着いた時になって
 初めて集めることのないようにしなさい。
   ↓
 ・・・パウロの限界・・・
   ↓
 ・・・「献金・寄付」がなければ「彼の職業、愛の宣教者の職業」は成り立たなかった・・・「売り物」は「コトバと文字」の「奇蹟と天国、地獄」・・・そして「殉教」・・・「国際主義」に於いてなのか、「ユダヤ国家主義」に於いてなのか?・・・多分、「奇蹟に於いての七日(なのか)周期の金曜日(Friday)の死、二日後の日曜日(Sunday)の復活」は「ユダヤ国家主義」の「防衛」だったカモ・・・復活祭は
 「ギリシア語=Πάσχα
  ラテン語=Pascha
  英語=Easter
  ドイツ語=Ostern
  ロシア語=Пасха)」
 だが「鶏のタマゴの祭り」・・・
 ギリシャの「12の神々」はその能力を重ねられているが、単純化すれば、「7の神々」である・・・ここではギリシャ神話に関する曜日の象徴・・・
  ↓
 月曜日=Monday・・・嫉妬・家事・炊事
 火曜日=Tuesday・・・暴力・武力・兵力
 水曜日=Wednesday・・知恵・技術・技能・芸術・商業
 木曜日=Thursday・・秩序・反逆・平和
 金曜日=Friday・・・愛・性愛・慈愛・生殖
 土曜日=Saturday・・豊穣・黄泉・農耕・農業
 日曜日=Sunday・・・力・疫病・医学・放牧業
  ↓
 天動説
 七曜は、
 地球から見た角速度が速いものほど地球に近く、
 月・水星・金星・太陽・火星・木星・土星
 の順に並んでいる
 七曜は、
 1曜が1日ではなく
 1時間ごとに地上を守護する
 地球から最も遠い
 土星に始まり、内側へと進む。
 24時間後、
 翌日の第一時間目の守護星は、
 3つ前(あるいは4つ後)の太陽となる
 以下、順に
 土星、太陽、月、火星、水星、木星、金星、
 そしてまた
 土星が
 各日の第一時間目の守護星になる
 第一時間目の守護星は、
 同時にその日一日の守護星ともされた
  ↓ 
 時間の惑星の支配の順序
 古代ギリシアでは
 1日を24時間に区分して
 各時間を支配する惑星を
 「平均運動の遅い順」に当てた
 「土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月」
 の順番
 次に1日を支配する惑星は、
 一日の最初の時間に支配が来る惑星が
 その日の代表
 「24時間÷7=3・・・3」
 3つおきに
 その日の支配惑星が巡ってくる
  ↓
 土星→木星・火星・太陽=土曜日(ユダヤ・神の安息)
 太陽→金星・水星・ 月=日曜日(キリスト復活)
 月 →土星・木星・火星=月曜日
 火星→太陽・金星・水星=火曜日
 水星→ 月・土星・木星=水曜日
 木星→火星・太陽・金星=木曜日
 金星→水星・ 月・土星=金曜日(イスラム礼拝日)
                (キリスト磔刑)
 ・・・これが七曜日の循環となった・・・「金曜日=Friday=金星」は
 「ビーナス=ウェヌス (Venus)
  アプロディテ
  アフロディテ
  アフロディーテ
  アフロダイティ(英語=Aphrodite)
  アプロディーテー
 (ΑΦΡΟΔΙΤΗ, Ἀφροδίτη, Aphrodītē)
  アプロディタ
 (ΑΦΡΟΔΙΤΑ, Ἀφροδιτα, Aphrodita) 」
  である・・・「愛・性愛・慈愛」・・・
  豊穣多産の植物神
 「イシュタル」や「アスタルテー」も金星・・・
  ↓
 「アフロディテ」、兎に角、風呂に入らなくちゃァ・・・
  ↓
 「愛は忍耐、寛容」・・・妥協・・・?
 「石川五右衛門」と「雲霧仁左衛門」は「現生、現物に殉教」した・・・いずれも「偲(忍)びの術者」だろうが、パウロは「我慢忍耐」の「愛の忍び」である・・・
ーーーーー
 「歌林多(哥林多・コリント)」
  ↓
  歌(うた・カ)を(はやし)囃すこと多し
  歌(うた・カ)を(はやし)生やすこと多し
  歌(うた・カ)を(はやし)疾す生こと多し
  ↓
  哥+欠(缺)+木+木+タ+タ
  哥+缺(午山夬)+木+木+夕+夕
    缶+夬
      夬(カイ・ケ・わける)
  ↓
  哥=カ・コ・あに・うた
          (歌・唄・謡・唱・詩)
  哥=兄・にいさん・年上の従兄弟
  ↓
  哥
  ↓
  耶律 留哥(やりつ りゅうが・りゅうか)
  ↓     耶(ャ・ジャ・や・か)
  ↓     耶=「耳+阝(邑)」+律
  ↓   ヤ=邪・・・邪馬台国
            →馬・午(うま)
         ・・・耶靡堆国
            →靡(なびく)
        ヤシ=香具師・野師・椰子
          ↓
      香具師(やし・コウグシ)
      祭礼や縁日の参道や境内、市場で
      露天で出店や、
      街頭で見世物などの
      芸を披露する商売
      野師、野士、弥四、矢師とも
      古くは、
      香具師(こうぐし)とも読み、
      江戸時代
      歯の民間治療の辻医者や、
      軽業・曲芸・曲独楽などの
      太神楽をして客寄せをし、
      薬や香具を作ったり、
      売買していた露天商人
      丸薬や鬢付け油売り
      傀儡廻しや
      物真似芸や
      蛇見せ芸
      などを披露する
      大道芸人
      明治以降
      露店で
      興行・物売り・場所の割り振りする人
      的屋や三寸とも
      仕切り、
      管理は一般に
      (人別帳に無記載、無宿人)の
      ヤクザ人の仕事
     「人倫訓蒙図彙(1690年・元禄3年)」
      や
     「十三香具師・1735年(享保20年)」
     「古事類苑」に記録
       ↓
     「丸、散、丹、円、膏、香、
      湯、油、子、煎、薬、艾、之古実」
     などを十三香具
     「諸国名産の薬の仲卸」
     「薬の製造と販売と、
      口蓋、口腔、歯科治療」
     「お笑い芸にて、客寄せする薬売り」
     「お笑い芸の見世物」
     「居合抜刀芸」
     「独楽廻し」
     「軽業」、「曲鞠」
     「按摩治療と膏薬売りの辻医師」
     「その他の諸たる見世物」
     「日限売薬」
     「施シ治療薬」
     「艾(もぐさ)、火口売り」
     「往来触売薬」、「歯磨売り」
     「紅白粉売」、「小間物売り」
     「薬飴売り」、「薬り菓子売り」
     「市場、盛り場での往還商人」
   ↓  ・・・「人倫訓蒙図彙」の
   ↓ 「訓蒙(キンモウ)」は
   ↓   蒙古の「蒙」・・・?
  1165年~1220年
  「金」に属した
  「遼」の宗室につらなる
  契丹人であり、のちに
  金に反乱を起こし、
  東遼政権を樹立
  妻は姚里氏、
  子は耶律薛閣
  ↓
  哥川(カセン)
  1716年? ~1776年?
  江戸時代の
  三国湊の遊里の
  遊女、俳人
  遊女としての名は
 「泊瀬川(長谷川)」
  本名は「ぎん」
  当時の三国の遊里は、
  松ヶ下、上新町、出村
  の三箇所
  ↓
  哥老会・・・?
  清代の秘密結社
  18世紀前半に
  四川省から起こり、
  湖南・湖北省を中心に
  揚子江流域に広がり、
  「反清復明(はんしんふくみん)」
  を掲げて活動
  辛亥(しんがい)革命に貢献
   ↓
  中国旧社会で
  農民の
  互助自衛組織として発展した
  秘密結社の一つ
  近世では
  ホンパン (紅 帮) といい,
  チンパン (青 帮) に対した
  起源は
  清代
  乾隆年間・・・
  ↓
  天地会の派生である
  哥老会(かろうかい)
  秘密結社(会党)
  日清戦争前後の
  日本陸軍の
  諜報部隊も参加
  日本の諜報員は
  哥老会や三合会などの隠語等を
  日本の参謀本部に打電し
  また反乱に協力
  彼等の一部は
  紅幇
  青幇の流れを作り出し
  上海や香港でヤクザを形成
  清仏戦争以降
  各地にある哥老会は
  悪政に対して騒動を起こした
ーーーーー
 元王朝の滅亡
 ・・・
 トゴン・テムル(Toγon-Temür)
 妥懽  貼睦爾・・・?・・・貝占目坴爾
 1320年5月25日~1370年5月23日
 モンゴル帝国(元朝)の
 第15代皇帝(大ハーン)・・・大汗
 廟号は恵宗(順帝)
 明朝による追諡は
 順帝
  ↓
 至順四年(1333年)春
 エル・テムルの病死で
 夏に即位
 至正八年(1348年)
 塩に対する厳格な専売制を採用
 専売制に反対する
 塩の密売商人が
 反乱
 至正十一年(1351年)
 紅巾の乱
  ↓
 至正二十八年(1368年)
 元軍は
 江南で反乱勢力を統一し
 明朝を建てた
 朱元璋の北伐軍に敗退
 明軍が河北に迫ると
 恵宗(順帝)は
 大都を放棄し
 上都に逃亡
 翌年には上都もまた明軍により陥落
 トゴン(順帝)はさらに北方に位置する
 モンゴル高原南部の
 応昌府に移動
 至正三十年(1370年)夏
 恵宗(順帝)は
 応昌府で崩御
 皇太子
 アユルシリダラが即位
 恵宗崩御の段階では
 元朝はモンゴル高原を中心に勢力を維持し、
 東は日本海から
 西はアルタイ山脈まで支配
 甘粛や雲南にも
 明朝に反対するモンゴル系勢力が存在
 明朝による中国支配は不安定だった
 明朝は
 トゴン・テムルに対し
 「天意に順じ明に帝位を譲った」
 とし、
 「順帝」と追諡
 トゴン・テムル以降
 モンゴル高原では
 クビライの血を引く者がハーンに即位
 「北元」と称された
  ↓
 至正二十八年(1368年)
 大都を放棄してモンゴル高原に撤退
 「明史」では
 1368年に帝位を失い、元は滅亡したとする
ーーーーー
 ・・・

 

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神不在の愛

2015-02-25 23:38:09 | 古事記字源

 ・・・2・26・・・「神の愛の喪失」・・・8・15・・・「神の変身」・・・
 二月(February)・・・
 1936年(昭和十一年・丙子)2月26日~2月29日
 ・・・冥界の祭日、軍人の慰霊祭
 「February=Februarius=ハーデース=オルクス=フェブルウス=フェブルウス (Februus) =慰霊祭フェブルアーリア (Februaria) 」・・・
  ↓
 「フェブルアーリアは、
  王政ローマ
  二代目の王ヌマ・ポンピリウスが、
  サビニ戦争の戦死者を慰霊し、
  戦争の罪を清める為にはじめたもの」
 ・・・死者の魂と密接な関係にある事から、後に「プルートー(羅語=Plūtō)」、「ハーデース(古希語=ΑΙΔΗΣ, Ἅιδης, Hādēs)」と同一視される・・・
  ↓
 1945年(昭和二十年・乙酉)八月十三日午後四時~十四日午前十一時・・・御聖断・・・
  ↓
 「カミ」の存在しない「October(八番目の月)= 神無月(十月)のアイ」・・・
 8(八)本足の「タコ(蛸・鮹・章魚=Octopus=オクトパス・χταπόδι=クタポーディ)」が
 10(十)本足の
 「イカ(烏賊=カトルフィッシュ=cuttlefish
        カラマリ=Calamari(英)
        カラマーリ=καλαμάρι(希臘)
        セーピア=sepia(拉丁・羅典)   
        デカポダ=Decapoda
             Decapodiformes(学名)
        カルマール=calmar(仏蘭西)
        カラマーロ=calamaro(伊太利)
        スクィッド・スクイド=squid(英)」
 になって「スクイド=救詑徒」になった・・・?
 「com-pus」の「pus」でラテン語の「足」・・・ギリシャ語では「足」は「pod=πόδι」・・・
 「歌林多(哥林多・コリント)人の混乱」・・・ギリシア語原文の「αγαπειν(動詞、愛する」、「αγάπη(アガペー・名詞形、愛)」・・・ギリシア語の「愛」には色々アルから困るんだ・・・「エロース (ερως=性愛・性嗜好)」 、「フィリア (φιλια=隣人愛・友人愛・友情・人情)」 、「アガペー (αγαπη=真の愛?)」 、「ストルゲー (στοργή=家族愛・親族愛・郷土愛?)」・・・「好き(like・favorite・fondness・fan)」、英語も多いが「like」ではダメなのか・・・「as=like=・・・の如く・・・の様に」は「equal=同等」ではないか・・・「好=女+子」は「女と子」がスキなモノなのか、「女と子」をスキなダレか、なのか?・・・「主語」はダレなんだか・・・
 敬天愛人=天を敬い
      自分を愛するように他人を愛する
 舐犢之愛=親牛が仔牛を舐めるように愛する
 相思相愛
 屋烏之愛
 恩愛之絆
 氷炭相愛
 大信不約・・・「愛」の漢字が無いが・・・「日本人のコトバに対する心情?」の「記録上の契約、約束」である・・・「契約書、そんなモノはいらないョ」、「云ったけれど、単なるコトバだろう」・・・
ーーーーー
  ↓
 「Ἔρως,Erōs=love」ではなく、聖書の訳語には「チャリティー (英語=charity)」、「カリタス(羅語=caritas) 」、「charity=慈善」だったが・・・結局、「αγάπη」は「love」の訳語に落ち着いた・・・らしい・・・
  ↓
 「アガペー=あかべい=赤兵衛(黒鉄ヒロシの漫画)」だろう、ナッ・・・「赤の兵衛(ひょうえい)」・・・「ロシア赤軍=red flag(pennant=細長い三角旗・軍旗=tandard・banner・ensign (艦船旗)」じゃあないよなッ・・・ウクライナ、北方領土・・・
 「日本国国旗」は「白地に囲まれた赤丸」である・・・源氏(白)に囲まれた平家(赤)・・・
 「兵衛=天皇やその家族の近侍・護衛のために国造の子弟から選抜された舎人(とねり→書記官)の機能を強化・拡充する形で天武天皇時代に成立・大宝律令成立後に左右に分立・養老律令で変更された内部官職名」・・・天武天皇の軍旗は「赤旗」、「平家の赤旗」・・・
 「垓下(ガイカ)の戦い、四面楚歌」の「楚の軍旗」も「項羽の愛馬(騅・烏騅・赤兎馬)」、「愛妾の虞」の「虞美人草(雛罌粟・雛芥子・ひなげし・poppy)」も「赤色」・・・「赤族、皆殺し」・・・
 「アガペー」・・・「あかべぃ」に訛って「アッカンベー(べっかんこう)」かも、意味は「人差し指で下瞼、裏瞼(目蓋・眼蓋・まぶた)を下げ、嫌な相手に見せ、拒否、軽蔑、揶揄(カラカ)う仕草」で、同時に「赤い舌を出す仕草」・・・「べー」が「舌」であるのは誤解であるらしいが、沖縄方言では「嫌だ・拒否」らしい・・・北海道では「・・・だべー」は推測、推量の「・・・だろう」だが・・・
  ↓
 「ベー(ドイツ語のB、b)=音楽の音名」の「変ロ(シ)音」・・・「半音下げた音であり、楽譜ではロ(シ)に♭」・・・イギリスは、最初から合理的な平均律理論を取り入れたので、「ドレミファソラシド」の「シ」は「B」であり、「シ♭」は「B♭」として命名することになった・・・
 「ドレミファソラシド」の「シ」の
 日本の音名は「ロ」、
 ドイツでは「H」、
 英米では「B」、
 イタリアでは「Si」・・・
 「ドレミファソラシド」の「シ」はイタリア語・・・
 日本語では「ハニホヘトイロハ」の「ロ」、
 英語では「CDEFGABC」の「B」・・・
 「音名」は「必ず決まっている絶対的な音の名称」・・・
 「(音)階名」は、「どれかひとつの音を基準(主音)に、そこからの音の高さ低さの違いでつける名称」・・・
 ・・・なんか、難しい・・・
 「聖ヨハネ賛歌」は、第1節~第6節のはじめの音が順番に「C‐D‐E‐F‐G‐A」となっていたことから、
 「中世イタリアの音楽教師
  教会合唱団指導者、
  僧侶の
  グイード・ダレッツォ
  991年or992年~1050年」
 が、各節のはじめの頭文字を「音名」とした・・・らしい・・・「C‐D‐E‐F‐G‐A」は「ギリシャ語」だったのか・・・?
 ここでは「6文字」で「7文字」ではない。
 「ヨハネ賛歌(バプテスマのヨハネ賛歌)」である・・・だが、
 「ラテン語讃歌」では・・
 1 Ut queant laxis
 2 Resonare fibris
 3 Mira gestorum
 4 Famili tuorum
 5 Solve Polluti
 6 Labii reatum
 7 Sancte Johannes
 最初の音節の
 頭文字を取り
 「Ut」は口調をよくするために
 「do」に、
 「Sancte Johannes」は
 聖ヨハネのフランス名の
 「Saint Ian」から
 「si」になった・・・?・・・「sj」・・・
 「7 Sancte Johannes」は音声で歌われていたのか、単なる「歌詞の記録文字」なのか・・・「ヨハネさん」と言う讃頌(讃唱)の呼びかけなのか・・・
 兎に角・・・「約翰(ヤクカン)=ヨハネ」、「保羅(ホラ)=パウロ」・・・
 六文字
 (バプテスマのヨハネ賛歌の音節頭文字)
  C  D  E  F  G   A  ?(si・ti)
 c  d  e  f  g   a  ?(si・ti)
 七音階名
 do re mi fa sol la si do(イタリア語)
 do re mi fa so la ti do(英語)
 ut re mi fa sol la ti do(フランス語)
  ↓
 「αγάπη(アガペー)」の「アッカン」だった・・・
 「圧巻(アッカン)=上から押さえること・中国の官吏登用試験で審査官が最も優れた答案を一番上にのせたこという故事から、書物の中で一番優れた詩文を圧巻と呼ぶようになり、書物以外にも用いられるようになった」・・・
 「悪漢(あっかん)=本来的な意味では悪人、ならず者のうち特に男性」・・・
 「悪感(あっかん・オカン)=一般的には悪寒(オカン)の誤記」。「悪寒=は発熱などにより生じる寒気を指す語・悪い予感といった意味合い」
 「罪悪感(ザイアクカン・guilt)=罪をおかした、悪いことをした、と思う気持ち」
 ・・・「あっかんべー」は「痴漢」に対する婦女子への悪戯の拒否サインであろう・・・「痴漢」は「漢字オタッキー」のことでもあるな・・・
ーーーーー
 アガペー(ギリシア語: αγάπη)
 キリスト教における神学概念
 神の人間に対する「愛」
 神が人間を愛することで、
 神は何かの利益を得る訳ではない
 「無償の愛」
 「旧約聖書」では、
 神の
 「不朽の愛」
 「新約聖書」では、
 「キリストの十字架での死の愛」・・・?
 「人間同士は、
  互いに愛し合うことが望ましい
  キリスト教徒の相互の愛も
 アガペーの愛(マタイ福音書22、37 - 40)」
ーーーーー
 日本人の本来の本質・・・愛の漢字が無い・・・「大信不約」であろう・・・
 「愛の漢字」は「相手に食わせる」が「本義」である・・・
 「㤅=旡(キ・ケ)+心」
   =食べるのに飽きた心・満腹感
    旡=腹がいっぱいになって、
      ため息をつく様
    +
    心
 「旡」=みつ-くす(み尽くす)
      つ-きる(尽きる・儘きる)
      つ-まる(詰る)
    いきつ-まる(息詰まる)
     むせ-る(咽る・噎せる・生せる)
 「愛」=「㤅=旡(キ・ケ)+心」
 「愛」=行く皃(かたち・かお・貌)なり(説文)」
 「㤅」=「惠なり」
 「㤅を愛の義」とし、
 「愛を別義の字とした」
 「㤅」=「愛」は同じ字である(字通)
 「恋愛」→「偏愛・溺愛・変愛?→変態愛?」
 説文解字
  ↓↑
 惠なり、
 心に従ひ、
 旡(キ・ケ)を聲とす(説文解字注)
 「心」+「夂(足)」+「旡(音符?)」
 「旡(キ・ケ)」=人がうずくまった姿
   「旡」+「夂」で一文字とも
   立ち去るのに躊躇をしている様
 異字は
 「兂(シン・簪・簪・髪挿し・櫛)」
 「无(ブ・ム・無)」=無と同義
 「旡」=「既(すでに・キ)の旁(つくり)」
     既存(キソン)である。
    「ムにょう?」では無い・・・
    「キ、ケにょう」だろう・・・
  とは、
 「人が胸を
  詰まらせて
  後ろにのけぞった様子
 ・・・胸を詰まらせたら
    咳き込んで屈み込む・・・
 ・・・腹が満腹したら
   「のぞける」のではなく、
   「のどける」だろう・・・
 「夂(なつあし)」
  とは、
 「おくれる=足をひきずるの意」
 「ゆっくりと前に進む」
 ・・・・「夊(スイ・ゆく・行く」と「夂(チ・おくれる・遅れる)」は異なる・・・

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パウロ(サウル)の限界

2015-02-24 22:01:14 | 古事記字源

 ・・・「人間って御都合な存在」である・・・「(自らの献金問題について)私がいくら説明しても、わからない人はわからない。法律に触れることはまったくない。これから農政改革をやる時に、内閣に迷惑をかけてはいけないということで辞表を出した」・・・「説明しても、わからない人はわからない」・・・タシカに「わからない人には、わからない」・・・「理解出来ないコト」は「理解出来」ない「和解(わげ)」である・・・
 「ハルマ和解(はるまわげ・波留麻和解)」・・・日本最初の蘭和辞典。寛政八年(1796年)、蘭学者の
 稲村三伯
 宇田川玄随
 岡田甫説
 らによって編纂・・・
 「編纂事業は
  寛政八年(1796年)」に終わり、
 「収録語数6万4035語」、
 「全13巻」として完成。
 その後、
 「寛政十年(1798年)」
   ~
 「寛政十一年(1799年)」
 にかけて刊行
 ・・・乱学・・・卵学・・・藍学・・・覧学・・・
ーーーーー
 ローマ人への手紙
 第13章
  ↓
 ・・・パウロの「思想」の限界・・・?
  ↓
 13:1
 すべての人は、
 上に立つ
 権威に従うべきである。
 なぜなら、
 神によらない権威はなく、・・・???
 おおよそ
 存在している権威は、・・・・???
 すべて・・・・・・・・・・・???
 神によって
 立てられたものだからである。
 13:2
 したがって、
 権威に逆らう者は・・・権威って?、
 神の定めに
 そむく者である。
 そむく者は、
 自分の身に
 裁きを招くことになる。
  ↓
 ・・・パウロの思想の限界・・・善事か悪事か?
  ↓
 「代表を務める政党支部の
  政治資金を巡る問題で
  農相を引責辞任した
  西川公也氏(72)」・・・辞任・・・
  ↓
 13:3
 いったい、
 支配者たちは、
 善事をする者には
 恐怖でなく、
 悪事をする者にこそ
 恐怖である。
 あなたは
 権威を恐れないことを願うのか。
 それでは、
 善事をするがよい。
 そうすれば、
 彼から
 ホメられるであろう。
  ↓
 ・・・彼って、ダレ?、アベちゃん、それとも・・・「権威」って「カミ」?・・・
  ↓
 13:4
 彼は、
 あなたに
 益を与えるための・・・・「益」って?
 神の
 僕なのである。
 しかし、もし
 あなたが
 悪事をすれば、
 恐れなければならない。
 彼は
 いたずらに
 剣を帯びているのではない。
 彼は神の僕であって、
 悪事を行う者に対しては、
 怒りをもって報いるからである。
 ・・・剣を帯びている者は「悪事」を行う者に対しては「悪事を容認する」・・・同時に「悪事」を行う?・・・
 13:5
 だから、
 ただ怒りを
 のがれるためだけではなく、
 良心のためにも・・・?
        ・・・「良心」は保証されないかも?
 従うべきである。
  ↓
 ・・・パウロの思想の限界・・・
  ↓
 13:6
 あなたがたが
 貢を納めるのも、
 また同じ理由からである。・・・?
 彼らは
 神に仕える者として、
 もっぱら
 この務に携わっているのである。
 13:7
 あなたがたは、
 彼らすべてに対して、
 義務を果しなさい。
 すなわち、
 貢を納むべき者には
 貢を納め、
 税を納むべき者には
 税を納め、
 恐るべき者は恐れ、
 敬うべき者は敬いなさい。
  ↓
 13:8
 互に愛し合うことの外は、
 何人にも
 借りがあってはならない。
 人を愛する者は、
 律法を全うするのである。 ・・・「律法+愛」
 ・・・「愛」は「貸借」を前提にしない・・・?
 13:9
 「姦淫するな、
  殺すな、
  盗むな、
  貪(むさぼ)るな」など、
  そのほかに、
 どんな戒めがあっても、
  ↓
 ・・・パウロの思想の限界・・・
  ↓
 結局
 「自分を愛するように
  あなたの
  隣り人を愛せよ」
 というこの言葉に帰する。
  ↓
 ・・・パウロの思想の限界・・・
  ↓
 13:10
 愛は
 隣り人に
 害を加えることはない。
 だから、
 愛は・・・・・・・お節介、溺愛もあるが・・・
 律法を
 完成するものである。
 13:11
 なお、あなたがたは
 時を知っているのだから、
 特に、この事を励まねばならない。
 すなわち、
 あなたがたの眠りからさめるべき時が、
 すでにきている。
 なぜなら今は、
 わたしたちの救いが、
 初め信じた時よりも、
 もっと近づいている・・・?
          2015年だが・・・
 からである。
 13:12
 夜はふけ、日が近づいている。
 それだから、わたしたちは、
 暗闇の
 業(わざ)を捨てて、・・・「ワザ=技術」?
           業=因果応報の「行為」
             善悪に応じて果報を得
 光の武具を着けようではないか。
  ↓
 ・・・パウロの思想の限界・・・
  ↓
 13:13
 そして、
 宴楽と泥酔、
 淫乱と好色、
 争いと
 嫉妬(ねたみ)を捨てて、
        ・・・神は妬みの神であった
 昼歩くように、
 つつましく歩こうではないか。
 13:14
 あなたがたは、
 主イエス・キリストを着なさい。
 肉の欲を満たすことに
 心を向けてはならない。
 第14章
 14:1
 信仰の弱い者を受けいれなさい。
 ただ、
 意見を批評するためであってはならない。
 14:2
 ある人は、
 何を食べてもさしつかえないと信じているが、
 弱い人は野菜だけを食べる。
 14:3
 食べる者は食べない者を軽んじてはならず、
 食べない者も食べる者をさばいてはならない。
 神は彼を受けいれて下さったのであるから。
 14:4
 他人の僕を裁く
 あなたは、
 いったい、何者であるか。・・・何者なの?
 彼が立つのも倒れるのも、
 その(彼の)
 主人によるのである。・・・?
          ココでの「主人」とはカミか?
 しかし、
 彼は立つようになる。
 主は・・・・・・・ココでの「主人」とはカミ
 彼を立たせることが
 できるからである。
 14:5
 また、ある人は、
 この日が
 かの日よりも大事であると考え、
 ほかの人は
 どの日も同じだと考える。
 各自はそれぞれ心の中で、
 確信を持っておるべきである。
 14:6
 日を重んじる者は、
 主のために重んじる。
 また
 食べる者も主のために食べる。
 神に感謝して食べるからである。
 食べない者も主のために食べない。
 そして、神に感謝する。
 14:7
 すなわち、わたしたちのうち、
 だれひとり自分のために生きる者はなく、
 だれひとり自分のために死ぬ者はない。
 14:8
 わたしたちは、
 生きるのも
 主のために生き、
 死ぬのも
 主のために死ぬ。
 だから、
 生きるにしても死ぬにしても、
 わたしたちは
 主のものなのである。
 14:9
 なぜなら、キリストは、
 死者と生者との主となるために、
 死んで生き返られたからである。
 14:10
 それだのに、
 あなたは、なぜ兄弟をさばくのか。
 あなたは、なぜ兄弟を軽んじるのか。
 わたしたちはみな、
 神の裁きの座の前に立つのである。
 14:11
 すなわち、
 「主が言われる。
  わたしは生きている。
  すべての膝(ひざ)は、
  わたしに対してかがみ、
  すべての舌は、
  神に賛美(さんび)をささげるであろう」
 と書いてある。
 14:12
 だから、
 わたしたち
 ひとりびとりは、
 神に対して
 自分の
 言いひらきを・・・・言い開きを出来ない存在
 すべきである。
 14:13
 それゆえ、
 今後わたしたちは、
 互に
 裁き合うことをやめよう。
 むしろ、あなたがたは、
 妨げとなる物や、
 つまずきとなる物を
 兄弟の前に置かないことに、
 決めるがよい。
  ↓
 ・・・パウロの思想の限界・・・
  ↓
 14:14
 わたしは、
 主イエスに
 あって
 知り
 かつ
 確信している。・・・確かなモノは何もない
 それ自体、
 汚れているものは一つもない。
 ただ、それが
 汚れていると
 考える人にだけ、
 汚れている
 のである。
 ・・・当然である、スタフ(STAP)細胞・・・
  ↓
 14:15
 もし食物のゆえに
 兄弟を苦しめるなら、
 あなたは、
 もはや
 愛によって
 歩いているのではない。
 あなたの食物によって、
 兄弟を滅ぼしてはならない。
 キリストは
 彼のためにも、
 死なれたのである。
 14:16
 それだから、
 あなたがたにとって
 良い事が、
 誹謗(そしり)の種にならぬようにしなさい。
 14:17
 神の国は
 飲食ではなく、
 義と、
 平和と、
 聖霊における
 喜びとである。
 ・・・地上の人間の国は「義、平和、飲食」の喜びである・・・衣食住の安定の基礎にした「喜怒哀楽」の関係性の中での喜びである。「喜び」はそれ自体ではありえない・・・
 14:18
 こうしてキリストに仕える者は、
 神に喜ばれ、かつ、
 人にも受けいれられる
        ・・・受け入れられない現状・・・
 のである。
 14:19
 こういうわけで、
 平和に役立つことや、
 互の徳を高めることを、
 追い求めようではないか。
 14:20
 食物のことで、
 神の
 みわざを破壊してはならない。
 すべての物は清(きよい)。
       ・・・中国産は?、農薬散布は?
 ただ、
 それを食べて・・・既に躓く人は?
 (他)人を
 つまずかせる者には、
 悪となる。 ・・・警告となる?・・・
 14:21
 肉を食わず、
 酒を飲まず、
 そのほか
 兄弟を躓(つま)ずかせないのは、
 良いことである。
 14:22
 あなたの持っている
 信仰を、
 神のみまえに、
 自分自身に持っていなさい。
 自ら良いと定めたことについて、
 やましいと思わない人は、
 さいわいである。
 ・・・「確信犯」は他者に迷惑である・・・
 14:23
 しかし、
 疑いながら・・・疑わずにはいられない食物商品
 食べる者は、
 信仰によらないから、
 罪に定められる。
 すべて
 信仰によらないことは、
 罪である。
 ・・・・
第15章
 15:1
 わたしたち
 強い者は、
 強くない者たちの
 弱さをになうべきであって、
 自分だけを
 喜ばせることをしてはならない。
 15:2
 わたしたちひとりびとりは、
 隣り人の徳を高めるために、
 その益を図って
 彼らを喜ばすべきである。
 15:3
 キリストさえ、
 ご自身を
 喜ばせることはなさらなかった。
 むしろ
 「あなたを
  そしる者のそしりが、
  わたしに降りかかった」
 と書いてあるとおりであった。
 15:4
 これまでに
 書かれた事がらは、
 すべて
 わたしたちの
 教のために書かれたのであって、
 それは
 聖書の与える
 忍耐と慰めとによって、
 望みを
 いだかせるためである。
 15:5
 どうか、
 忍耐と
 慰めとの神が、
 あなたがたに、
 キリスト・イエスにならって
 互に同じ思いをいだかせ、
 15:6
 こうして、
 心を一つにし、
 声を合わせて、
 わたしたちの
 主イエス・キリストの
 父なる神を
 あがめさせて下さるように。
 15:7
 こういうわけで、
 キリストも
 わたしたちを受けいれて下さったように、
 あなたがたも互に受けいれて、
 神の栄光をあらわすべきである。
 15:8
 わたしは言う、
 キリストは神の
 真実を明らかにするために、
 割礼のある者(猶太人)の
 僕となられた。
 それは
 父祖たちの受けた約束を
 保証すると共に、
 15:9
 異邦人も
 あわれみを受けて
 神を
 あがめるようになるためである、
 「それゆえ、
  わたしは、
  異邦人の中で
  あなたに賛美をささげ、
  また、御名をほめ歌う」
 と書いてあるとおりである。
 15:10
 また、こう言っている、
 「異邦人よ、主の民と共に喜べ」。
 15:11
 また、
 「すべての異邦人よ、
  主をほめまつれ。
  もろもろの民よ、
  主をほめたたえよ」。
 15:12
 またイザヤは言っている、
 「エッサイの根から芽が出て、
  異邦人を
  治めるために
  立ち上がる者が来る。
  異邦人は
  彼に望みをおくであろう」。
 15:13
 どうか、望みの神が、
 信仰から来る
 あらゆる喜びと平安とを、
 あなたがたに満たし、
 聖霊の力によって、
 あなたがたを、
 望みにあふれさせて下さるように。
 15:14
 さて、わたしの兄弟たちよ。
 あなたがた自身が、
 善意にあふれ、
 あらゆる知恵に満たされ、
 そして
 互に
 訓戒し合う力のあることを、
 わたしは堅く信じている。
 15:15
 しかし、わたしは
 あなたがたの
 記憶を
 新たにするために、
 ところどころ、
 かなり思いきって書いた。
 それは、
 神から
 わたしに
 賜わった恵みによって、
 書いたのである。
   ・・・・・書き換えた・・・?
 15:16
 このように恵みを受けたのは、
 わたしが
 異邦人のために
 キリスト・イエスに仕える者となり、
 神の福音のために
 祭司の役を勤め、
 こうして
 異邦人を、
 聖霊によってきよめられた、
 御旨にかなう
 ささげ物とするためである。
 15:17
 だから、
 わたしは神への奉仕については、
 キリスト・イエスにあって誇りうるのである。
 15:18
 わたしは、
 異邦人を従順にするために、
 キリストがわたしを用いて、
 言葉とわざ、
 15:19
 しるしと
 不思議との力、
 聖霊の力によって、
 働かせて下さったことの外には、
 あえて何も語ろうとは思わない。
 こうして、わたしは
 エルサレムから始まり、
 巡りめぐって
 イルリコに至るまで、
 キリストの福音を満たしてきた。
 15:20
 その際、
 わたしの切に望んだところは、
 他人の土台の上に
 建てることをしないで、
        ・・・従来のユダヤ教徒の律法
 キリストの御名が
 まだ
 唱えられていない所に
 福音を宣べ伝えることであった。
 15:21
 すなわち、
 「彼のことを
  宣べ伝えられていなかった人々が
  見、
  聞いていなかった人々が
  悟るであろう」
 と書いてあるとおりである。
 15:22
 こういうわけで、
 わたしは
 あなたがたの所に行くことを、
 たびたび妨げられてきた。
 15:23
 しかし今では、
 この地方にはもはや働く余地がなく、
 かつ
 イスパニヤに赴く場合、
 あなたがたの所に行くことを
、多年、熱望していたので
、――
 15:24
 その途中あなたがたに会い、
 まず幾分でも
 わたしの願いが
 あなたがたによって満たされたら、
 あなたがたに送られて
 そこへ行くことを、
 望んでいるのである。
 15:25
 しかし
 今の場合、
 聖徒たちに仕えるために、
 わたしはエルサレムに行こうとしている。
 15:26
 なぜなら、
 マケドニヤと
 アカヤとの人々は、
 エルサレムにおる
 聖徒の中の
 貧しい人々を援助することに
 賛成したからである。
 15:27
 たしかに、彼らは賛成した。
 しかし同時に、
 彼らは
 かの人々に負債がある。
 というのは、
 もし
 異邦人が
 彼らの
 霊の物にあずかったとすれば、
 肉の物をもって
 彼らに仕えるのは、
 当然だからである。
 15:28
 そこでわたしは、
 この仕事を済ませて
 彼らにこの実を手渡した後、
 あなたがたの所をとおって、
 イスパニヤに行こうと思う。
 15:29
 そしてあなたがたの所に行く時には、
 キリストの満ちあふれる
 祝福をもって行くことと、
 信じている。
 15:30
 兄弟たちよ。
 わたしたちの
 主イエス・キリストにより、
 かつ
 御霊の愛によって、
 あなたがたにお願いする。
 どうか、
 共に力をつくして、
 わたしのために・・・私の為に?・・・
 神に祈ってほしい。
 15:31
 すなわち、
 わたしが
 ユダヤにおる
 不信の徒から救われ、
 そしてエルサレムに対する
 わたしの奉仕が
 聖徒たちに
 受けいれられるものとなるように、
 15:32
 また、神の御旨により、
 喜びをもってあなたがたの所に行き、
 共に
 なぐさめ合うことが
 できるように祈ってもらいたい。
 15:33
 どうか、
 平和の神が
 あなたがた
 一同と共にいますように、アァメン。
 第16章
 16:1
 ケンクレヤにある教会の執事、
 わたしたちの
 姉妹
 フィベを、
 あなたがたに紹介する。
 16:2
 どうか、聖徒たるにふさわしく、
 主にあって彼女を迎え、
 そして、
 彼女が
 あなたがたにしてもらいたいことがあれば、
 何事でも、助けてあげてほしい。
 彼女は多くの人の援助者であり、
 また
 わたし自身の援助者でもあった。
 16:3
 キリスト・イエスにある
 わたしの
 同労者
 プリスカと
 アクラとに、よろしく言ってほしい。
 16:4
 彼らは、
 わたしの命を救うために、
 自分の首をさえ差し出してくれたのである。
 彼らに対しては、わたしだけではなく、
 異邦人のすべての教会も、感謝している。
 16:5
 また、彼らの家の教会にも、よろしく。
 わたしの愛する
 エパネトに、よろしく言ってほしい。
 彼は、
 キリストにささげられた
 アジヤの初穂である。
 16:6
 あなたがたのために一方ならず
 労苦した
 マリヤに、よろしく言ってほしい。
 16:7
 わたしの同族であって、
 わたしと一緒に
 投獄されたことのある
 アンデロニコと
 ユニアスとに、よろしく。
 彼らは使徒たちの間で
 評判がよく、
 かつ、
 わたしよりも
 先にキリストを
 信じた人々である。
 16:8
 主にあって愛する
 アムプリアトに、よろしく。
 16:9
 キリストにあるわたしたちの
 同労者
 ウルバノと、
 愛する
 スタキスとに、よろしく。
 16:10
 キリストにあって
 錬達な
 アペレに、よろしく。
 アリストブロの家の人たちに、よろしく。
 16:11
 同族の
 ヘロデオンに、よろしく。
 ナルキソの家の、主にある人たちに、よろしく。
 16:12
 主にあって労苦している
 ツルパナと
 ツルポサとに、よろしく。
 主にあって一方ならず労苦した
 愛する
 ペルシスに、よろしく。 
 16:13
 主にあって選ばれた
 ルポスと、彼の母とに、よろしく。
 彼の母は、
 わたしの母でもある。
 16:14
 アスンクリト、
 フレゴン、
 ヘルメス、
 パトロバ、
 ヘルマス
 および彼らと一緒にいる兄弟たちに、よろしく。
 16:15
 ピロロゴと
 ユリヤとに、また
 ネレオとその姉妹とに、
 オルンパに、
 また彼らと一緒にいるすべての聖徒たちに、
 よろしく言ってほしい。
 16:16
 きよい接吻をもって、互にあいさつをかわしなさい。
 キリストのすべての教会から、あなたがたによろしく。
 16:17
 さて兄弟たちよ。
 あなたがたに勧告する。
 あなたがたが
 学んだ教に
 そむいて
 分裂を引き起し、
 つまずきを与える人々を
 警戒し、
 かつ彼らから
 遠ざかるがよい。
 16:18
 なぜなら、こうした人々は、
 わたしたちの
 主キリストに仕えないで、
 自分の腹に仕え、
 そして
 甘言と美辞とをもって、
 純朴な人々の心を
 欺く者どもだからである。
 16:19
 あなたがたの従順は、
 すべての人々の耳に達しており、
 それを
 あなたがたのために喜んでいる。
 しかし、
 わたしの願うところは、
 あなたがたが
 善にさとく、
 悪には、
 うとくあってほしいことである。
 16:20
 平和の神は、
 サタンをすみやかに
 あなたがたの足の下に踏み砕くであろう。
 どうか、
 わたしたちの
 主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。
 16:21
 わたしの同労者
 テモテおよび
 同族の
 ルキオ、
 ヤソン、
 ソシパテロから、
 あなたがたによろしく。
 16:22
 (この手紙を筆記したわたし
  テルテオも、
  主にあってあなたがたにあいさつの言葉をおくる。)
 16:23
 わたしと全教会との
 家主
 ガイオから、あなたがたによろしく。
 市の会計係
 エラストと
 兄弟の
 クワルトから、あなたがたによろしく。
 16:24
 わたしたちの
 主イエス・キリストの恵みが、
 あなたがた一同と共にあるように、アァメン。
 16:25
 16:26
 願わくは、
 わたしの福音と
 イエス・キリストの宣教とにより、
 かつ、
 長き世々にわたって、
 隠されていたが、
 今やあらわされ、
 預言の書をとおして、
 永遠の神の命令に従い、
 信仰の従順に至らせるために、
 もろもろの国人に告げ知らされた
 奥義の啓示によって、
 あなたがたを力づけることのできるかた、
 16:27
 すなわち、
 唯一の知恵深き神に、
 イエス・キリストにより、
 栄光が
 永遠より永遠にあるように、
 アァメン。
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