昼の部に引き続き、夜の部を見た。
昼の部終演の際にけっこう帰る人が多く、
5~6割くらいの入りになった。
最終的にも7割程度までしか入らず。
夜の部の方が来易いものだと思っていたのだが、
以前の鈴本もあまり入りが良くなかったし、
昼の部の方が入りが良いものなのかも知れない。
「道灌」(花どん):△-
前座。
あまり覚えていないのだが、話し方にクセがあるな。
個人的には、後で「積んで」いくようにするため、
前座の内に妙なクセを取っておく必要があると思う。
「たらちね」(志ん八):○-
初めて見た。
とぼけた、少しだらしないニンがよくネタにあっており、面白かった。
若手としては、もう少し元気が必要かも知れない。
「辰巳の辻占」(菊志ん):△+
溌剌とした喋り方。
マクラなどはややベタで、少し引っ掛かる。
若い男が元気に描かれていた。
後で女が出て行く際に、先に行った男の様子をおばさんに聞くところ、
初めて聞いたが良い工夫と思う。
何度も携帯を鳴らし、挙句出て行くようなバカにひどく邪魔されていたが、
ネタ・サゲに取り込んでウケを取っていた。
「漫才」(ホンキートンク):△+
右側のボケの方が、喧しくて生理的に好きになれない。
ネタそのものはロケット団同様のブラックなものもあり、
嫌いでないのだが。
「肥がめ」(仲蔵):△
にこやかな人。
ネタは、まあ、大したネタじゃない。
途中で藁を手に持って見得をさせたりするのだが、
その理由がよく分からん。
本来、その藁で「瓶」を洗わせようとする場面があると思うのだが、
それがないのであれば見得をさせる必要もなかろう。
サゲつけず。
「背なで老いてる唐獅子牡丹」(はん治):△-
声が小さい。
三枝の新作で、要は「高齢化社会におけるヤクザ」というテーマ。
私はこの手のネタは
「高齢化社会に、年寄りに迎合して作られたネタ」としか思えないし、
「年寄り」と「ヤクザ」の属性のギャップを挙げていっているだけの
安易なネタとしか思えないんだよなあ。
「俗曲」(小菊):△
昼の部の小円歌に比べて「唄」メイン。
特に強く笑いを取ろうとする訳でもないが、
ちょっとした毒で軽いウケをとる。
これはこれで、良い色替りだな。
「人形買い」(権太楼):○-
時に聞き取りづらいところがあった。
江戸プロパーの人には聞き取れるのかしら。
上方で枝雀や「壺算」を聞いている身としては、
「向こうの暖簾から顔突き出している子ども」とか、
上方のキャラや言い方を持ってきているのだろう、と感じる。
「ニカメ(?)の方だよ」と言うんだが、
客が選んだ現品を持っていくもので、
客が選んだ「看板」とは別に商品がある訳ではないよな、とふと気になった。
もし後者だとすると詐欺みたいなものだし。
丁稚を濃く描いてウケを取っていた。
この部分で切り、講釈師や神道家の所へは行かず。
「粗忽長屋」(菊六):△+
徐々に分からない世界に客を引き込んでいたと思う。
特に目新しい台詞や設定を入れている訳ではないが、きっちりやっていた。
「笠碁」(小袁治):○-
けっこう好き勝手なマクラを振ってネタへ。
台詞回しなど雑な部分があり、
スパッと切れないのでウケにつながらないことがあったが、
2人のいい年したご隠居さんの雰囲気が作られていた。
サゲは「待った」と言い、
「また待ったか」「笠を取ってくれ」という持っていき方。
これはこれで悪くないな。
「紙切り」(正楽):○-
やはり上手い。
妙なお題(セキュリティチェック)が出されたのだが、
その弄り方やそれを受けての切りながらの喋りなど。
基本的にはいつもと同じ内容を喋っているのだが、
このような喋りも出来るあたりが流石。
「梅に鶯」と「節分」で、
メインとそれに相対する親子、という構図がかぶったのは、
個人的にはマイナスと感じたが。
「明烏」(志ん輔):○
「飲む・打つ・買う」みたいな話からネタへ。
時次郎が素晴らしい。
最初の父親への頭の下げ方が非常に綺麗で、
書物を通して様々なことを学んだ、
しかし世間ずれしていない「男の子」の(ややもすればちと女々しい)雰囲気を感じた。
父親の話は少し長いなあ。
「先に死ぬもの」と言うのは良いが、
その後の話、リアルではあるが落語してはもう少し省略しないとバランスが悪いと思う。
源兵衛と太助はまあまあ。
父親に言われた通り時次郎が2人に言うところ、
少しクドく感じた。
一つ一つの言い方、2人のウケ方が単調になっていたのかも知れない。
「大門で止められるよな」の部分、クサ目だがこれはこれで良いと思う。
その後、上がって時次郎が向こうを向いて泣いている、というのは良いな。
翌朝の話で
「私と寝たらカサをかく」と当て付けられて振られた、というのは、
まあ、あり得るか。
特にここに拘る必要もなく、微妙なところでもあるが。
甘納豆でなく梅干を食べており、
怒りのあまり種を吐きつける、というのは面白かった。
時次郎の何とも言えない恥ずかしさ・後ろめたさ、
それでいて微妙に誇らしそうなあたりが良い。
ここも含めて、全体の軸になる時次郎がきっちり描写されており、満足。
昼の部終演の際にけっこう帰る人が多く、
5~6割くらいの入りになった。
最終的にも7割程度までしか入らず。
夜の部の方が来易いものだと思っていたのだが、
以前の鈴本もあまり入りが良くなかったし、
昼の部の方が入りが良いものなのかも知れない。
「道灌」(花どん):△-
前座。
あまり覚えていないのだが、話し方にクセがあるな。
個人的には、後で「積んで」いくようにするため、
前座の内に妙なクセを取っておく必要があると思う。
「たらちね」(志ん八):○-
初めて見た。
とぼけた、少しだらしないニンがよくネタにあっており、面白かった。
若手としては、もう少し元気が必要かも知れない。
「辰巳の辻占」(菊志ん):△+
溌剌とした喋り方。
マクラなどはややベタで、少し引っ掛かる。
若い男が元気に描かれていた。
後で女が出て行く際に、先に行った男の様子をおばさんに聞くところ、
初めて聞いたが良い工夫と思う。
何度も携帯を鳴らし、挙句出て行くようなバカにひどく邪魔されていたが、
ネタ・サゲに取り込んでウケを取っていた。
「漫才」(ホンキートンク):△+
右側のボケの方が、喧しくて生理的に好きになれない。
ネタそのものはロケット団同様のブラックなものもあり、
嫌いでないのだが。
「肥がめ」(仲蔵):△
にこやかな人。
ネタは、まあ、大したネタじゃない。
途中で藁を手に持って見得をさせたりするのだが、
その理由がよく分からん。
本来、その藁で「瓶」を洗わせようとする場面があると思うのだが、
それがないのであれば見得をさせる必要もなかろう。
サゲつけず。
「背なで老いてる唐獅子牡丹」(はん治):△-
声が小さい。
三枝の新作で、要は「高齢化社会におけるヤクザ」というテーマ。
私はこの手のネタは
「高齢化社会に、年寄りに迎合して作られたネタ」としか思えないし、
「年寄り」と「ヤクザ」の属性のギャップを挙げていっているだけの
安易なネタとしか思えないんだよなあ。
「俗曲」(小菊):△
昼の部の小円歌に比べて「唄」メイン。
特に強く笑いを取ろうとする訳でもないが、
ちょっとした毒で軽いウケをとる。
これはこれで、良い色替りだな。
「人形買い」(権太楼):○-
時に聞き取りづらいところがあった。
江戸プロパーの人には聞き取れるのかしら。
上方で枝雀や「壺算」を聞いている身としては、
「向こうの暖簾から顔突き出している子ども」とか、
上方のキャラや言い方を持ってきているのだろう、と感じる。
「ニカメ(?)の方だよ」と言うんだが、
客が選んだ現品を持っていくもので、
客が選んだ「看板」とは別に商品がある訳ではないよな、とふと気になった。
もし後者だとすると詐欺みたいなものだし。
丁稚を濃く描いてウケを取っていた。
この部分で切り、講釈師や神道家の所へは行かず。
「粗忽長屋」(菊六):△+
徐々に分からない世界に客を引き込んでいたと思う。
特に目新しい台詞や設定を入れている訳ではないが、きっちりやっていた。
「笠碁」(小袁治):○-
けっこう好き勝手なマクラを振ってネタへ。
台詞回しなど雑な部分があり、
スパッと切れないのでウケにつながらないことがあったが、
2人のいい年したご隠居さんの雰囲気が作られていた。
サゲは「待った」と言い、
「また待ったか」「笠を取ってくれ」という持っていき方。
これはこれで悪くないな。
「紙切り」(正楽):○-
やはり上手い。
妙なお題(セキュリティチェック)が出されたのだが、
その弄り方やそれを受けての切りながらの喋りなど。
基本的にはいつもと同じ内容を喋っているのだが、
このような喋りも出来るあたりが流石。
「梅に鶯」と「節分」で、
メインとそれに相対する親子、という構図がかぶったのは、
個人的にはマイナスと感じたが。
「明烏」(志ん輔):○
「飲む・打つ・買う」みたいな話からネタへ。
時次郎が素晴らしい。
最初の父親への頭の下げ方が非常に綺麗で、
書物を通して様々なことを学んだ、
しかし世間ずれしていない「男の子」の(ややもすればちと女々しい)雰囲気を感じた。
父親の話は少し長いなあ。
「先に死ぬもの」と言うのは良いが、
その後の話、リアルではあるが落語してはもう少し省略しないとバランスが悪いと思う。
源兵衛と太助はまあまあ。
父親に言われた通り時次郎が2人に言うところ、
少しクドく感じた。
一つ一つの言い方、2人のウケ方が単調になっていたのかも知れない。
「大門で止められるよな」の部分、クサ目だがこれはこれで良いと思う。
その後、上がって時次郎が向こうを向いて泣いている、というのは良いな。
翌朝の話で
「私と寝たらカサをかく」と当て付けられて振られた、というのは、
まあ、あり得るか。
特にここに拘る必要もなく、微妙なところでもあるが。
甘納豆でなく梅干を食べており、
怒りのあまり種を吐きつける、というのは面白かった。
時次郎の何とも言えない恥ずかしさ・後ろめたさ、
それでいて微妙に誇らしそうなあたりが良い。
ここも含めて、全体の軸になる時次郎がきっちり描写されており、満足。