小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

127年前の血痕、そのDNA鑑定

2018年07月29日 | 社会・経済

 

今日の新聞の国際面に、ロシア・ロマノフ王朝の最後の皇帝、ニコライ2世の遺骨が本人のものだった、という記事が載っていた。

ロシア捜査委員会による最新のDNA鑑定によって確定されたのだが、その試料のもとになったのが「大津事件」の際、ニコライ2世が着ていたシャツに残された血痕であったことに驚く。

▲ニコライ2世とその家族が処刑された1918年から今年で100年。2000年、彼らはロシア正教会の聖人となった。カトリック教会でいえば、マザーテレサが聖人の列に加わったのは最近のことで、亡くなった後も崇敬の対象となる。(奇跡を2回起こしたことが条件とされるが・・)


世界史で習ったことだが、この「大津事件」は1891年5月、来日したロシア皇太子ニコライ・アレクサンドロビッチが、警備の巡査津田三蔵に斬られ負傷したことで欧米が騒然となった国際的事件。路上を警備していた津田巡査が抜刀し斬りつけたこと、その動機が皇太子の来遊が、日本侵略の準備であるという噂を信じたための犯行で、前代未聞の事件であった。(※注)

ともあれ、127年も前の事件、そのシャツに残された血痕を試料として、DNA鑑定が行われたことに注目されたい。

筆者は約1か月前「DNA型鑑定に、限界はあるのか」と題して、袴田事件のDNA鑑定について書いたことがある。1966年に起きた事件だが、新たにDNA鑑定を導入して、証拠物件のシャツについた血痕は袴田さんのものとは違うことが明かとなった。

地裁はこのことで再審請求を認めたのだが、6月11日高裁はなんと、そのDNA鑑定そのものを否定し、再審を差し止めた。

(「DNA型鑑定に、限界はあるのか」⇒https://blog.goo.ne.jp/koyorin55/e/9b03f689097bc6c3bfaff3679f0f168d

袴田事件における56年前の血痕、その質と量および方法は、科学的な証拠能力を保証するDNA鑑定ではないとした。この高裁の裁定は、素人の私にも納得しかねる、それこそ根拠薄弱なものだった。


ニコライ2世(当時皇太子)が着ていたシャツの血痕は、袴田事件より倍以上も経年劣化した血痕だ。警官の日本刀(?)で斬られたのだが、1週間ほどして帰国したのだから、たぶん致命的な傷とはいえない。つまり血痕の量も、袴田事件のものよりはるかに少なかったと思われる。

わが国の司法下におけるDNA鑑定とは、いったいどれほどの技術・精度が求められているのか知らないが、国際基準よりそうとうレベルが低いといえないだろうか。


また、「ロマノフ家の処刑」でいろいろ検索したが、「2008年7月16日、アメリカの機関が大津事件のシャツの血痕をもとにDNA鑑定をした結果、ニコライ二世の長男アレクセイと3女マリアの遺骨が確認され、元皇帝一家全員分の遺骨が確認された」とあった。いまから10年前にも、アメリカのどんな機関か知らないが、127年前の血痕でDNA鑑定を行なっていたのだ。

大津事件のシャツの血痕が、2回もDNA鑑定の重要な決め手となった。この国際的な事実に、司法関係者ならびに警察の鑑定研究者はなぜ注目しないのか。DNAの鑑定技術はいま、民間の研究機関でも盛んであり、その最新技術もそうとうに進化している。

日本においては、国際司法上の観点から、世界水準に見合うDNA鑑定を一刻もはやく制定・実現すべきであろう。

 

蛇足だが、ニコライ2世の遺骨がいまもってDNA鑑定の引き合いとされたのは、ニコライ2世ただ一人、ロシア革命を主導したボルシェビキ政府から逃げのびたという噂があり、処刑後の遺骨の真偽が取り沙汰されていたからだ。今回のロシア捜査委員会の最新DNA鑑定により、最終の確定がなされたといえる。

ニコライ2世はじめその家族は、いわゆる革命政権によって処刑されたのだが、ソ連崩壊後、ロシア共和国となってから名誉復権がなされた。また2000年、ロシア正教によりニコライ2世以下全員が聖人とされたことで、遺骨が本物かどうか関心の的でもあったのだと思う。

 

▲ネットにあったニコライ2世。大津事件の前だろう、たぶん長崎を訪問したときの皇太子の写真。長崎でタトゥーを入れたと何かの本で読んだ。吉村昭の『ニコライ遭難』だったか・・。



(※注)旧刑法では謀殺未遂は死刑にならなかったが、政府側はロシアの報復を恐れ、「不敬罪」を適用して死刑にすることを企図し、裁判に強力に干渉したことで知られる。
しかし,大審院の裁判で、犯人は謀殺未遂に問擬され、無期徒刑を宣告された。この裁決は司法権の独立を守ったものとして、後に評価された。政権におもねる現在の司法とはだいぶん違いますね。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。