池澤夏樹と多和田葉子によるネット対談「ウィズコロナを生きる 読書から学ぶ知恵」を視聴した。
▲日経ビジネスにしては珍しい企画。冒頭に、どこかの組織の代表として作家阿刀田高の挨拶があったのも妙だ。
池澤は現在、札幌に居を構えているという。しばらく前にはフランスに居て、その前は沖縄に居をかまえていた。彼は7,8年ほど定住すると、まったく違う環境に移るのが習性のようだ。池澤は現在75歳、北海道生まれだから、札幌が終の棲家になるのだろうか。
彼のばあい、居をかまえるといっても、何かしら目的のない、世界のどこかに棲む作家だった。青年時代をギリシャで過ごしていた時にも、ノマドのように旅の途中でしかなかった。
まあ最近は、自身も年齢を意識しだしのか、過去・歴史に遡って作品の題材を求めるようにシフトしたという。例の、世界・日本の文学全集の個人編纂や新聞連載などで、じっくりと腰をすえて仕事するルーチンを身につけたということか・・。
一方、多和田は22歳のときドイツのベルリンに移住し、その地にとどまる。その後、日独二か国語で書くエクソフォニー作家として、世界的に知られるようになった。『言葉と歩く日記』を読んでみたら、各国に旅に出る。けっこう日常的にも、出歩くのが好きみたいだ。
というよりも、先々の場所で人に逢うこと、話をきくことをベースにして物語を紡ぐ作家という印象をもった(この岩波新書は、ある種の仮想日記であり、実際には連日出歩いているわけではないが・・)。そして、彼女の想像力、言語感覚は、世界性があるというか、言葉の壁を突き抜ける共感覚がある。
(3.11をテーマにした『献灯使』で全米図書賞を受賞したのも肯ける。これに関しては、翻訳者の満谷マーガレットの力量もある。ググったら、それ以前に樋口一葉の作品集を訳して同賞を受賞していた。俳句が好きらしく、永田耕衣を翻訳していて、驚愕!)
ということで二人とも、旅に出かける、ひろい視野をもつ作家である。世界全体がコロナ禍のなかにあって、引きこもりのような状態になり、鬱屈したストレスを感じているかと思いきや、流石に作家である、まとまって読書する時間に恵まれる、豊かな時間を過ごしたという。たんに本を読む時間だけでなく、思索すること、空間的な拡がりをもつ思考ができたと、そんな時空をこえる読書体験を二人は共に語っていた。
このブログには、対談の中で二人が推薦した三冊の本を列挙するにとどめる。
池澤夏樹のおすすめ
『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ 早川書房
『パチンコ』ミン・ジン・リー 文芸春秋
『狼に冬なし』クルト・リュートゲン 中野重治訳 岩波書店
多和田葉子のおすすめ
『丁庄の夢』閻 連科 河出書房新社
『カズイシチカ』森鴎外 (青空文庫)
『チェルノブイリの祈り』スベトラーナ・アレクシエービッチ 岩波書店
どれも読んだことのない本ばかりで、両人の話をきくといずれも読みたくなる。特に多和田のセレクトは、いずれも新型コロナにリンクしたテーマだ。
閻 連科(えん・れんか)は、村上春樹よりも有力なノーベル賞候補と目される中国の作家。作品は(受け売りだが)、政府の売血政策で多くの死者が生まれた「エイズ村」をめぐる悲喜劇で、感染症を扱っていることも今日的である。「生と死」「狂気と笑い」など普遍的なテーマの重厚な作品らしい。
『チェルノブイリの祈り』は実は積読本で、ノーベル文学賞受賞した時に買ったのだが、鉄は熱いうちに打ての格言の通りになった。
鴎外の『カズイシチカ』については、鴎外が当時の最新医学である衛生学をまなぶ目的でドイツに留学したこと、細菌がもたらす害毒や殺菌および消毒などの話題が中心で、多和田は作品の内容についてはあまり言及しなかった。すごく興味をもったので、視聴後にしらべたら「青空文庫」にあり、原稿用紙20枚程度の短編だったので、迷わず読んでみた。
外国語をそのまま引用したり、主観と叙述が混淆したり、鴎外ならではの高踏的な作風が横溢する作品といえる。ストーリーも飛躍したり、端折ったりして読者には不親切である。だがしかし、最後まで読むと、物語としての端正な結末をむかえ、人間を理解するさらに深い素養をえたような読後感が味わえた。それだけでなく、物語としてのエンターテイメントもあるのだ、この短い話のなかに。
「ウィズコロナを生きる 読書から学ぶ知恵」 リンク先↓ (但し、10月中しか公開しないようです、念のため)
https://channel.nikkei.co.jp/e/201009mojikatsuji