小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

フリージャズ、咆哮の夜

2019年07月23日 | 音楽

二、三回ほどしか入ったことのない居酒屋で、独り寂しくカウンターの片隅でちびちびと呑んでいた。奥の方でつなぎの作業服を着た年配の女性がひとり、テレビを観ながら店の主人と談笑している。まさにこれが居酒屋の雰囲気だなと、悦に入る境地を味わう。

しばらくして、齢の頃は5,60代の男性二人が入って来て、小生の後ろのテーブルに着いた。焼酎のなんとか割と、ししゃもだけを注文した(当ては水雲酢)。店の主人が炭に火を入れたので、それに乗じてこちらも、獅子唐と椎茸を注文。まだ、宵の口だから軽めの感じで、まったりと時を過ごすのも悪くない。

後ろの二人は静かに呑み、ぼそりぼそりと音楽関係の話をしている。「横浜のあの時はよかったなあ、シンバルが呼吸してるような・・」などと、いかにもミュージシャンのような口調であった。身なりもラフだが、どことなくカッコ良さをにじませる。

焼酎割りをやりながらの音楽談義を、さして熱っぽく語るのではなく、ぽつりぽつりと語り合っている二人の男。気ごころを知り、互いをサポートする間柄だろう。さしずめ、ドラマーとベースのような・・。

この辺で私の耳は、ほぼ二人の会話に吸い寄せられた。やはりリズムとか、溜めとか、ほぼドラマーっぽい話しぶりなので、二人はジャズマンだろうと推測できた。しばらくして、二人の連れらしい男が入ってきて、挨拶もなしに二人のテーブル席に着いた。真後ろなので、どんな風体をしているのか分からない。まあ仲間であろうし、気さくな関係であると知れる。

話が弾むわけでもなく、淡々と何か、音楽とは関係ない世間話をしているようだった。老境にさしかかる年齢になっても屈託なく、三人で一緒に呑めるなんて羨ましい関係である。それから何とはなしに、山下洋輔の話をし始めた。齢の取り方、演奏のこだわりについて、とても好意的に語っていたので、小生我慢できず、三人の会話に割って入ってしまった。

青年時代に、山下洋輔の追っかけをしていたこと。ピットインや汀、渋谷のオスカーなどに、週に2回ほど足を運んだ頃の懐かしい話。相倉久人、初期メンバーの中村誠一のこと。小生はもう、身体の向きを反転して呑む始末。

ジャズ談議で盛り上がり、三人目の方が実はサックスを吹くことも分かった。最初のふたりはリズムセクションの担当らしいが、具体的にはどんな楽器なのか想像つかなかったのだが・・。

正味1時間ほどであったが、思いがけなく愉しい酒の席だった。

3人はこれからライブがあるとのこと。近くの古いカフェバーかなとその名前をいうと、D坂の下り口の地下の店だという。15年ほど前に行ったピアノのある小さなライブハウスだ。出演の多くは、芸大の学生らしき若者たちで、ジャズで味付けした現代音楽やら、時にビル・エバンスのコピーもどきを演ったり、正直物足りなく、2,3回ほどしか行っていない。その後、その店はなくなった噂があり、その前をよく通りかかるものの、ジャズを生で聴かせる店が復活したとは露知らず。

帰りがけに、よろしかったら演奏を聴きに来ないかと誘われた。投げ銭で聴かせる店なのでお気軽にどうぞなぞと、敷居の低さをアピール。勘定をすます間に、サックスの方に何を吹くのですか尋ねた。アルトであるという、そして、バスクラリネットも吹きますと。

「それでは、エリック・ドルフィーじゃないですか」と驚くと、その方は相好を崩して「あなた結構聴いてますね」と、嬉しいことをいいながら店を出て行った。

それからしばらく呑みながら、逡巡したのであるが、やはりこういう機会は貴重である。彼らの演奏がどんなものか興趣をおぼえる。若い時の気分に戻って、その店をめざした。

店の中に入ると、演奏が始まっているかと思いきや、なにやら少人数でこじんまりと盛り上がっている。意外の展開で、小生を認めるやいなや、「いま、あなたの話をしていたんですよ、来てくれてハッピーです」と、これまた意外、嬉しいことを言って小生を迎えてくれるじゃないか。

だがしかし、お客さんは女性が2人しかいない。演奏が始まっていないのは、これが理由かと一瞬思った。ところが、女性のひとりはメンバーであった。つまり、客は一人で、メンバーの誰かの友人だと知らされた。(知名度のないグループなのか、オーケーです、私が盛りあげましょうと、内心思った)。

その昔、新宿のジャズクラブ、ピットインは朝、昼・夜の三部制で、朝の部(朝でも昼1時頃から)に行けばコーヒー1杯分で、生のジャズが堪能できた。客多く、需要があったのではない。オーナーが若手のジャズマンに演奏の場を提供したのだ。将来有望な気鋭のジャズマンの、たとえばクインテット編成の分厚い演奏を、観客は2,3人であっても愉しむことができた。川崎遼、阿部薫、峰厚介・・懐かしい名前が次々と浮かんでくる。

なんやかんやの後、演奏ははじまった。店にいた最初の二人は、なんと共にドラマーだった。というより、二人ともスネアドラムとシンバルのみの超簡略セット。だから自己紹介したとき、スネア―と名乗ったのも頷けた。そして、ヴォーカルは、「さつき」といって、かつてZooというソウル系ポップグループのメインヴォーカルだった女性だ。小生も記憶に残っているし、ソウル魂のある歌の滅茶苦茶上手いヴォーカリストであった。居酒屋で、「今日は特別にボイスもあるんです」と言っていたのはこのことであったのだ。

 

演奏は、一言でいえば良かった。いや期待以上であった。かつての山下トリオを彷彿とさせる(主観的)スリリングかつドライブ感のある演奏。前衛ジャズというと硬質で激しい、人を楽しませる、気持ちよくさせる音楽ではないと多くの人は言う。しかし感情の奥底にある抑圧した黒い何かに、自ら気づき、それを認めることができる人ならば、唸る・がなるような強烈な音、リズムは体に馴れてくるはず。クラシックの完璧で美しい音楽よりも、切迫力のある破壊的な音の方が心地よくなる。身体を解放させ、魂を浄化してくれる。鬱傾向のある人には、ヒーリングミュージックよりも、むしろ効果は大きいのではないか(人によるが)。今となってみれば小生の場合、年がら年中聴いていたなら発狂するかもしれない。晩年のコルトレーン、ドン・チェリー、セシル・テイラー、そして山下洋輔、若い時はそんな前衛ジャズの音ばかりを求めていた。当時、白人の前衛音楽にプログレッシブ・ロックがあったが、これでもまだ甘い、柔いと不満であった。(現在はこっちの方が、たまに聴くBGM)

ともかく、その夜はスイングし、彼らに喝を入れるかの如く声を発し、叫び、咆哮した。彼らもわがボイスに合わせ、ノリに乗った演奏をくり広げた。そして、ボイスのさゆりさんのヴォーカルが凄い。声こそ最高の楽器という説があるが、彼女の声は英語で歌うのだが、まるで極上の声色。ニーナ・シモンが飛び入りで、前衛ジャズのセッションに参加したような・・。彼女の声は主体的だ、しかも浮いていない、深く演奏に喰いこんでくる。バンドの激しいテンポとは違い、伸びのある歌声と低く重いビブラート(あたかもベースの音)。ソウルブルースっぽいの彼女の唄声とジャズの激しいリズムが合う、凄く合う。メッセージとしてではない英語のヴォイスが、楽器の音・テンポと見事なハーモニーとなる。絶妙なバランスだ。これまで聴いたことのない、アバンギャルドな音楽を奏でてくれたのである。これぞ贅沢な一夜であった(7月18日、木曜日)。

 

 

▲DSK voice:SATSUKI  sax:森順治  snare:大沼史朗&井上尚彦 5分ほどの動画も撮らせていただくが、ここには貼れない。ユーチューバ―になるか。 

 ▲バス・クラリネットに持ち替えた森さん。実は、フルートも演奏してくれた。まったく小柄なエリック・ドルフィーだ!

Zooで活躍していたころの「さつき」さんを拝見したくなって、ユーチューブにありました! しかも、そのテレビ収録の時と23年前のものと比較する映像もあり。現在はもっと貫禄が、いや存在感がまして、姐御肌に磨きがかかっています。(テレビ映像を撮っているので、画・音悪し)

Satsuki (zoo) Choo Choo Train

 

千駄木のお店の基本情報。Bar Isshee 5年前に渋谷から移転してきたという。 ⇒http://www.bloc.jp/barisshee/

 なんと山下洋輔トリオの二期目のサックス奏者、坂田明がたまにだが、ここで演奏するとはたまげた(要予約)。どこか田舎にいたはずの坂田さん、千駄木に来ていたなんて。ミジンコ研究の方が今じゃ名が通っている? スケジュールを覗いたら「ヒカシュー」の名前もあった。巻上さんも来る?

 

 



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