次にお訪れたのは
階段の先に社殿が見えますが、すぐ目の前の右手には大きな馬頭観世音塔が立っています。その向こうに、小さく吉祥院という文字も見えますね。
質素な社殿ですが、歴史を感じさせるものがあります。曹洞宗の寺院だそうで、江戸時代初期に創建したとされています。明治6年には吉祥学舎として学校に供用されてもいたそうです。江戸時代の末期には寺子屋、明治5年に学制制定に基づき、今の第一小学校の前身として発足したものです。 狭山二十二番の札所にもなっています。
さて、ここを後にしてまた歩いていると
歩道にしては?何となく線路の跡のような気がしませんか?
少し路地を入った場所に、小さな祠がありお地蔵様が建っています。この辺りは「吟雪」という銘柄のお酒を造っていた渡辺酒造所があり、それも閉鎖されたそうで住宅街になったそうです。手前に説明が書かれた標柱が立っていました。「享保四歳念仏供、原山村」と刻まれていました。昔お祭の時、人があやめられ、その供養として村人が造立したとされています。今では、子育て地蔵として信仰の対象にされているのでしょう。
つづく
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