象が転んだ

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天才から眺めたベルンハルト•リーマン"その5"(7/28更新)〜リーマンの第四の論文と明示公式とリーマン予想と〜

2020年05月10日 04時49分09秒 | 数学のお話

 1/25以来の”天才リーマン”ですが、”その1””その2”では第1の論文「複素関数の基礎」(1851)と第2の論文「幾何学の基礎」(1854)を、そして”その3””その4”では第3の論文「アーベル関数(積分)の理論」(1857)を述べました。
 特にアーベル関数に関しては、オイラーに始まり、ガウスやアーベルやヤコビの楕円関数論が深く複雑に関わってくるので、十全には書ききれない所もありました。
 勿論、リーマンが1851年から取り組んでた集大成でもありますし、”500年分の仕事を残した”とも称されたアーベル関数論ですから、このブログで書ききれる筈もないですが、大まかな所だけは理解頂けたでしょうか。

 リーマンが世界の数学者により高く評価されたのは、学位論文の続編となるこの第3の論文「アーベル関数の理論」でした。
 リーマンは楕円関数論での未解決問題であった”ヤコビの逆問題”を解決し、アーベル関数論を完成させます。その後も楕円型偏微分方程式によるモジュライの理論研究の先駆者となり、テータ関数論などの重要な研究はその後の代数幾何学の端緒となります。

 この第3の論文の1857年から第4の論文”リーマン予想”の1859年にかけては、リーマンの絶頂期と重なりますが、同時に最悪な不幸の日々とも重なります。
 特に、1855年は最愛の父と妹クララ、そして師匠のガウスを失い、その後は弟と妹マリーを続けて失います。更に1859年はディリクレも亡くなります。僅か5年間で6人をも最愛の人を亡くすんですね。 


ガウスからディリクレ、そしてリーマンへ

 1855年にガウスが、1859年5月にディリクレが亡くなると、リーマンは同年7月に念願の正教授なるんですが。ドイツ政府は、彼らに代わる”数学の巨人”の後釜を国外から招聘する案を立ててましたが、リーマンの第3の論文の業績が広く欧州中に認められる様になると、それを取り下げにした。
 つまり、ガウスの後釜はリーマンで決まりになったのだ(”その4”要Click)。
 クンマー、カール•ポチャード、クロネッカー、ヴァイエルシュトラスらは、リーマンの”素数分布に対する研究”に触れ、特にクロネッカーは、8月に通信会員になったばかりのリーマンにベルリンアカデミーの正規会員選挙に立候補するよう勧めていた。

 新会員に課せられた研究報告で、リーマンは期待を裏切らない結果を残した。
 1859年10月、「与えられた大きさ未満の素数の個数について」の僅かに6頁の報告の中で、複素解析と素数の統計分布とを関連付けるリーマン予想を提唱します。
 めでたく同年12月には、満場一致でアカデミーの正会員に選ばれた。

 リーマンが論文の題材にした”素数”は、数学では中心的な位置を示してるが、色んな点で腹立たしい存在ではある。とてつもなく重要な性質を持ってながら、何一つパターンを示さないのだ。
 1793年、若干14歳のガウス少年は独自の観察により、素数の統計パターンを見抜いた。素数の個数が近似的にx/logxである事(素数定理)に気付いてたのだ。 
 
 この素数パターンの証明はフェルマーの最終定理と同様に、全く予想外の方向から導かれた。つまり、素数は数論に基づく不連続な存在である。数学の中でその対極にあるのが、連続な対象を扱い、数論とは全く異なる幾何学的&解析学的&トポロジー的(位相)手法を使う複素解析である。
 これらの間に繫がりがあるとは到底思えなかったが、リーマンこそがその結び付きを指摘し、発見した事で、それ以降の数学は大きく様変わりする。
 この結び付きは、”数学の鬼”とも言えるオイラーが”ゼータ関数=オイラー積”を発見した事(1737年)に端を発する。
 つまりオイラーは、2230年も前の”エラトステネスの篩”を見つけ、それを解析学の言葉で表現したものこそがオイラー積とも言えます(”リーマン2の10”参照)。

 一方で、ガウス少年が予想した素数定理ですが、その約100年後でリーマン予想の約50年後、マンゴルドがリーマンの明示公式を置き換えた翌年に、アダマールとプサンが独立し、リーマンがやったのと同様にして複素ゼータ関数を使い、緩い素数定理を証明します(1896年)。
 因みに、リーマンの緩い予想(非自明な零点の実部が1より小さい)を用いたが故に、リーマンの”緩い”素数定理と呼ばれる(”リーマン2の16”も参照)。
 1948年には、アトル•セルバーグと”放浪の数学者”ポール•エルデシュが、未解決だと思われてた初等的な方法で素数定理を完全証明し、世界を驚かせた。つまり、ゼータ関数なくして素数定理が成立しない”Re(s)=1上に零点を持たない=素数定理”事が確立されてた為、この初等的な証明は大きな驚きをもって迎えられた。 


リーマン予想と第4の論文と8つの要素と

 ”リーマン予想”(1859)が含まれる第4の論文ですが、3つの新たな定義と4つの証明、そしてリーマン予想の計8つの要素で成り立ってます。
 3つの新定義とは、ゼータ関数の全複素領域への3つ解析接続完全対称等式のクシー関数(完備ゼータ関数)、素数のべき乗毎に飛躍する階段関数J(x)の3つです。
 次に4つの証明とは、ゼータ関数等式の2通りの証明、アダマールの積公式(クシー関数)の証明のあらまし、クシー関数の根の分布近似の証明とリーマンの明示公式(素数公式)の証明のあらましで、特に最後の2つは、フォン•マンゴルドによって証明されます。
 つまり、リーマンは素数の謎を解明する為に、上述の8つの道具を駆使し、見事に素数の謎を暴いたんです。

 このリーマンの第4の論文「与えられた大きさ未満の素数の個数」の大まかな流れを述べます。 
 先ず、ゼータ関数を全複素領域へ(第1の)解析接続し、ζ(s)=Σₙ(1,∞)1/nˢを定義したリーマンは、オイラー積”ζ(s)=∏ₚ1/(1−p⁻ˢ)”の対数をとり、ゼータの対数であるlogζ(s)を、自ら定義した階段関数J(x)で表示します。
 このオイラー積を”黄金の鍵”と呼ぶとすれば、オイラー積をlog(1−x)の無限級数に展開して得られたlogζ(s)=s∫ₓ[0,∞]J(x)x⁻ˢ⁻¹dxは、黄金の鍵の微積分版ですね(「素数に憑かれた人たち」参照)。
 つまり、これこそがリーマンの第4論文の中心であり、J(x)は主要公式と呼ばれます。同じ階段関数であるπ(x)とよく似たJ(x)関数ですが、ⁿ√xが素数の時に1/nジャンプする為、離散関数とも呼ばれ、リーマンはf(x)と記しました。
 この”黄金の鍵”である”logζ(s)=s∫ₓ[0,∞]J(x)x⁻ˢ⁻¹dx”は、フーリエ変換の形をしてるので、”フーリエ反転”を使い、J(x)をlogζ(s)で書き出します。
 J(x)=1/2πi∫ₛ(a-i∞,a+i∞)logζ(s)xˢds/sと、”フーリエ逆変換”の形の広義積分で書き出されますが、フーリエの定理をJ(x)に適用できるかを、リーマンは説明してませんでした。
 しかし、J(x)は不連続な点でも非常にお行儀のいい振舞いをする関数なので、このリーマンの大胆な主張は結局は正しかったんです。


リーマンの主要公式とアダマールの積表示 

 一方でリーマンは、”テータ関数”を使った(第2の)解析接続を使い、ゼータ関数を全複素平面にまで広げ、完全対称等式を満たす完備ゼータξ(s)=(√π)⁻ˢΓ(s/2)ζ(s)にs(s-1)/2を掛け、全複素平面で正則(微分可能かつ連続)になった整関数のゼータを、クシー関数Ξ(s)と定義します。これは、ζ(s)とΓ(s)の極がそれぞれs=1、0であるより、明らかですね。
 この完全対称のクシー関数を使い、積公式”Ξ(s)=Ξ(0)∏ᵨ(1−s/ρ)”に展開します。 
 リーマンはここでもテータ関数を使い、Ξ(s)=Σa₂ₙ(s−1/2)²ⁿとみなし、Ξ(s)の積表示を主張し、Ξ(s)のべき級数表示が無限次の多項式であると、不完全ながらも推測します。
 この証明はリーマンの論文中で最も難解とされ、リーマンの証明は不完全でしたが、ρはΞ(ρ)=0の根全体を走る事から、このΞ(s)の積分解”はアダマールにより証明され(1893)、アダマールの積表示と呼ばれます。

 そこでリーマンは、上で述べたクシー関数の定義とアダマールの積公式を結びつけ、J(x)のフーリエ反転の式に代入し、項別積分”すれば、J(x)=Li(x)−ΣᵨLi(x^ρ)−log2+∫ₜ[x,∞]dt/{t(t²-1)logt}と、4つの項に展開された主要公式J(x)の解析公式を得る
 因みにリーマンは、J(x)を展開する過程で登場する、Ξ(s)の根ρ全体に渡る和(第2項)が項別積分が可能である事を主張しただけで証明は省きました。
 また、第3項と第4項は殆ど無視できる小さな値(−0.6931...~−0.5381...)で、第1項を”主項”とみなし、第2項を”周期項”と呼んだ。
 つまりリーマンは、第2項以下を”誤差項”とみなし、”J(x)~Li(x)”と捉え、ガウスの経験的近似”π(x)~Li(x)”を踏襲していたのです。

 後でも述べますが、”リーマン予想”(Re(ρ)=1/2)を含む”周期項”(第二項)の重要性に、リーマンはあまり注意を払いませんでした。
 勿論、リーマン予想がなくても、精度の高い明示公式π(x)は導出できたし、リーマン予想に対し、リーマン自らが懐疑的であった事も事実です。
 しかし、リーマン予想が解明されれば、より完全な素数の個数関数π(x)に関する解析公式(明示公式)が得られるのは明らかです。
 長くなりすぎたので、”その5”をここで区切ります。続けて、”その6”行きます。


8 コメント

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リーマン予想という推理小説 (paulkuroneko)
2020-05-10 06:24:51
リーマンの論文を推理小説とみなすとわかりやすいですね。

まず3つの定義をトリックとみなします。
ゼータ関数ζ(s)(解析接続)とクシー関数Ξ(s)と離散関数J(s)という3つのトリック(関数)です。

次に、4人の犯人ですが。
ゼータの2つの関数等式(オイラーとリーマン)、アダマールの積公式、マンゴルドの証明(クシー関数の根の分布とリーマンの明示公式)。
つまり、オイラー、リーマン、アダマ−ル、マンゴルドの4人の犯人です。

しかし、3つのトリックも4人の犯人も今では確定(逮捕)済みです。

最後にリーマン予想という未だ逃亡中の犯人ですが。リーマン本人が”粗雑な計算式”として破棄したが為に、とうとう迷宮入りしてしまいました。

以上、余計な推理でした。
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paulさんへ (象が転んだ)
2020-05-10 08:50:19
これ面白いです。
数学が苦手な人にも受け入れてくれるかも。これで自作推理小説「リーマン予想殺人事件」でも書いてみたいですね。
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犯人はもう2人? (UNICORN)
2020-05-10 14:14:48
スティルチェス(J(x)の積分表示と狭いリーマン予想)とフーリエ(変換)の二人。それにチェビシェフ(弱い素数定理)とヤコビ(テータ関数=第二の解析接続)も間接的には関わってる。

それとアダマールとマンゴルドは捜査員じゃないのかな?それにプーサンもランダウも。
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UNICORNさん (象が転んだ)
2020-05-10 16:21:29
スティルチェスを忘れてました。彼の狭いリーマン予想の証明の噂がなかったら、アダマールとプサンの緩い素数定理は証明できんかったかもですね。
それにチェビシェフのΨ(x)関数とヤコビのテータ関数も大きなトリックとなりました。

アダマールの積公式の証明は勿論ですが、マンゴルドの(リーマンの)明示公式の書き換えやランダウの項目積分可能の証明もとても重要な鍵となってますね。

貴重なコメント有難うです。
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スティルチェス積分 (腹打て)
2020-05-10 20:52:45
リーマンはまず、オイラー積(ζ(s)=∏ₚ1/(1−p⁻ˢ))の両辺の対数をとり、logζ(s)=Σₚ(Σₙp⁻ⁿˢ/n)=ΣₚΣₙ(p⁻ⁿˢ/n)とした。

この総和をリーマンは、logζ(s)=s∫(x.∞)J(x)x⁻ˢ⁻¹dxと書いたんだ。

これは、p⁻ⁿˢ=s∫(pⁿ.∞)x⁻ˢ⁻¹dxとおき、この総和式を微分すれば得られる。故に、ζ(s)を離散関数J(x)で表す事が可能になる。

上の総和式をスティルチェス積分”logζ(s)=∫(x.∞)1/xˢ*dJ(x)”で示し、部分積分で導く事も可能だが、当時のリーマンがスティルチェス積分を知る筈もない。でも結果的にスティルチェス積分になってる。

次に、総和式をフーリエ逆変換(反転公式)を使い、J(x)をζ(s)で表した。J(x)は離散関数だから、フーリエの反転公式が使える事に気付いたんだ。離散関数は振動関数の一種だからね。
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腹打て腹さん (象が転んだ)
2020-05-11 05:09:54
詳しい事は判らないんですが。

J(x)はJ(0)=0で始まり、xが素数p毎に1つずつ飛躍して増加し、素数の平方p²毎に1/2ずつ飛躍、以下、p³毎に1/3ずつ増加する特殊な離散関数ですね。
フーリエ変換とは変数変換の事で、ある関数を振動関数(リーマン的に言えば周期関数)に分解する事であるから、総和級数を変換する時にも使えます。
しかも、J(x)は離散関数にしてはお行儀いい収束する関数だから、フーリエ変換が使えるんですかね。

貴重なコメントいつも有難うです。
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フーリエ逆変換について (paulkuroneko)
2020-05-11 17:52:21
各飛躍におけるJ(x)値ですが、その値はその新しい値と以前の値の中間値で定義されます。
故に、0≦x<2の時J(x)=0、J(2)=1/2、2<x<3の時J(x)=1、J(3)=1+1/2、3<x<4の時J(x)=2、J(4)=2+1/4、4<x<5の時J(x)=2+1/2、J(5)=3、5<x<7の時J(x)=3+1/2、と続きます。
つまり、J(x)=1/2(Σ(pⁿ<x)1/n+Σ(pⁿ≦x)1/n)と定義出来ます。

次に、腹打てさんが言う”総和式”をスティルチェス積分{logζ(s)/s=∫(0.∞)J(x)x⁻ˢ⁻¹dx}で表し、フーリエ逆変換(反転公式)を使い、J(x)をζ(s)で表します。
すると、J(x)=1/2πi∫(a-i∞,a+i∞)logζ(s)xˢ*ds/s、a>1、という少しややこしい式を得ます。

フーリエ変換(反転)とは一般に、Φ(s)=∫(0.∞)u⁻ˢ⁻¹φ(u)du⇔φ(u)=1/2πi∫(a-i∞,a+i∞)Φ(s)uˢdsで表されますが。Φ(s)に対する作用素をφ(u)=1/2πi∫(a-i∞,a+i∞)Φ(s)uˢdsと定義すれば得られます。
実際に、Φ(s)=logζ(s)/s、J(x)=φ(u)とすると、上の定義どおりになりますね。本当はもっとややこしいんですが。

リーマンは、フーリエ変換(定理)をJ(x)に適用できるかの説明を飛ばしてますが。転んださん言う様に、J(x)はお行儀のいい振る舞いの関数なので、結果的(厳密に言っても)にリーマンの主張は正しいとされます。

以上、余計な補足でした。
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paulさんへ2 (象が転んだ)
2020-05-12 04:44:26
最初にリーマンはフーリエ反転を使い、ゼータζ(s)をJ(x)で表示し、最後にメビウス反転を使い、主要公式のJ(x)からリーマンの明示公式π(x)導き出しますが。
この2つの変換定理もリーマンの主要マジックの一つですね。

余計どころか詳細な補足細くとても参考になります。
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