正直、賛同する声がもう少し多いと思った。いやアナログ人間でも、ペーパーレスを望んでると思った。
広報紙作成の経験と現場を知る立場で「ペーパーレスは誰がために」を記事にしたつもりだが、上手く伝わらなかったみたいだ。
事実、寄せられたコメントには、”ペーパーレスより毒性の強いインクが問題”とか”アナログ人間が絶滅しない限り、(ペーパーレスの)実現は難しい”とか、それに”田舎にはネタがないし、広報誌は住民の支えになるから”とあるが、確かにその通りではある。
ただ、一昔前なら(大半が読まれる事なく)束になって燃やされてた広報誌の山である。政府や自治体の利権もあろうが、コロナ渦の影響で今の日本にはお金がないし、都会も地方もお金がない。
そんな追い詰められた状況の中、流暢な事は言ってられない。
広報誌とてもタダだから読む、有料なら絶対に読まない。そんな税金の無駄に、政府や自治体はバックアップする。そんな広報誌が存続できるのも明確な何かがある。
事実、私が広報誌を作ってた頃は、数百部を束にして焼却炉に入れる人がいた。その時はとても腹が立ったが、今から思うと、それこそが現実である。
勿論、数百部単位の雑誌を毎日の様に呑み込む焼却炉も大変だったろう。”ペーパーレスにしてくれ”と叫びたかったのかもしれない。
つまり、”束になって燃やされる”運命にある広報誌こそが、今そこにある現実である。
故に、今こそ(広報誌を有料にして)その歴史の幕を静かに下ろす時だとも思わないでもない。
束になって燃やされる運命は、戦時中の兵士や民間人と同じである。かつて軍上層部は、ケツを叩いてでも兵士を現場に送り込んが、その結果は言わずもがなである。
そして今、政府や役場は無駄な税金を使ってでも広報誌を作らせる。しかし、既に限界は見えてはいる。
私も典型のアナログ人間である。勿論、専門書や書籍や文庫本(単行本含む)などは、(その内容にもよるが)活字である必要がある。
しかし、タダで配る広報誌や情報誌や雑誌などはペーパーレスにすべきである(と思う)。
ごみ分別アプリ
我が柳川市は”ゴミ分別アプリ”(写真)を作り、ゴミ分別を促している。
これは効果覿面で、ここに来て燃えゴミの量が急速に減りつつある。
3月の燃えるゴミの量は、前年度の同月に比べ、23.81%(373㌧)の減少。それでも隣町のみやま市(20.9%減少)に比べ、74%対26%の割合のままである。人口比は柳川市(63881人)とみやま市(36135人)で、64%対36%だから、これだけ頑張っても(みやま市より)10%程余計に排出してる事になる。
新たに作るゴミ焼却炉だが、燃えゴミの比率で建造予算が決まる。故に、このままだと柳川市はよくて7割強を搬出する必要がある。
私が、広報誌などのペーパーレス化を口酸っぱく言うのは、地方自治体が(これまた)口酸っぱく”燃えゴミを減らせ”というのなら、量も重さもダントツに嵩張る雑誌類をペーパーレス化すべきだろう。
柳川市は月に2回(第1第3水曜日)に雑紙の回収がある。雑紙(古紙)のリサイクルの半分以上はダンボールや新聞紙で、リサイクルの用途は限られる。故に、再生紙とてもリサイクルを繰り返せば、最後には燃えゴミになる。
また、日本の古紙利用率は目標の65%を越え、もはや限界に達してる。回収率が85%だから、余剰分を海外に輸出してるのが現状だが、利用率も回収率も世界的に見てもトップクラスだ。
しかし、雑紙の全てがリサイクルできる訳ではない。アイロンプリントや点字印刷物に化粧箱、分厚いカタログやパンフに使われる印画紙や簡易雑誌のインクジェット紙、それにダイレクトメール(圧着紙)や商品パッケージのフィルム紙にFAX紙やレシートなども、リサイクルできない。
特に、広報誌も含め、最近の大半の印刷物は化粧紙(和紙)や光沢紙が多く、リサイクルできずに燃えゴミとなる。それにリサイクルできたとしても、タダじゃ出来ない。
紙を無駄にしない為に
つまり、古紙を回収&再生する事に無駄な労力を払うではなく、古紙を出さない知恵が必要なのだろう。
戦争と同じで、戦争の犠牲はどれだけ時間とカネと労力を掛けても回収できないが、戦争を回避する事はできる。
それと同じで、古紙を出さない事、つまり雑誌類のペーパーレス化を計る方がより合理的である。
古紙リサイクルの半分以上を占める新聞なんか、全てをペーパーレスにしても何ら不具合はない筈だ。紙資源と印刷の手間や費用に見合う記事を書いてる新聞社なんて、今の日本には存在しない。
(昔ながらの地域に根ざした)”アナログ文化を潰す気か”と怒鳴られそうだが、柳川市のごみアプリを見るがいい。紙に書かれたものよりずっと読み易いし、判り易いじゃないか。
いくら伝統あるアナログ文化でも、それが地球環境にとってリスクになるのなら、排除すべきである。”生物のダイナミクス”ではないが、進化とは変異(変化)と淘汰(排除)の産物である。つまり、雑誌のペーパーレス化はその両方を満たす。
しかし日本製紙連合会は、”紙は現代社会になくてはならない生活必需品であると同時に、産業や文化を側面から支えている。社会や経済の発展や生活文化の向上に伴い、紙の用途は益々多様化し、それぞれの分野での活用度が高まっています。経済活動の活発化と共に上昇する紙の消費量に対する原料確保の観点からも、古紙の価値は重要性を増しているのです”と雄弁を垂れる。
でも、果たしてそうだろうか?
ネットによる社会・産業構造の変化や地球環境の事を考えれば、紙の用途は(多様化ではなく)限られる。活用度は(高くなるどころか)低くなり、原料確保の観点から見ても(古紙の価値よりも)ペーパーレス化の方がずっと重要性を持つ。
つまり今や、紙は生活必需品でも産業や文化を支えるものでもない。紙の用途を限定し、ペーパーレスを多様化する方がずっと合理的で有効な活用なのだろう。
最後に〜ペーパーレスは誰がために
隣組の世話もそうだが、SMSで済む所をわざわざA4用紙を1枚1枚配り歩く。全く、歩行と紙と印刷の無駄である。
ウォーキング好きな人はそれでいい。自宅で高価なプリンタを使う印刷マニアならそれでもいい。
私はプリンタもウォーキングも好きになれない。前者はインクヘッドが目づまりし、すぐに使い捨てになるし、(デカく重いが故に)環境にもよくない。後者はダラダラと時間を食い潰し、お腹が減り、炭水化物摂取量が増えるだけである。高血圧や糖尿病予防の為だろうが、やりすぎると逆効果だし、CO2排出という点でもマイナスである(多分)。
ペーパーレスはスーパーのレシートも同様である。折角、ポイントカードがあるのだから、アプリにして記憶させたらどうだろうか?
スーパー側も購買傾向を一瞬で判別できるし、その傾向に見合ったお買い得セールの宣伝もネット上で行える。チラシも必要なくなるし、最高の販促ではなかろうか。
それに私が嫌なのは、チラシや広報誌に使われてる(安物臭い)インクの匂いである。
こう見るだけで、ペーパーレスの多様化は(環境保護だけでなく)これからの生活や産業システムの基盤になってく様に思えるのだ。が、そう思うのはやはり私だけだろうか?
が、実際問題として、われわれ世代でも紙に書かれたものを読む時間がありません。それはblogをはじめとしたSNSの記事を読むのに忙殺されているから。
IT革命とはよく言ったもので、産業革命に匹敵する社会的革命です。
紙媒体が消えるのも時間の問題でしょう。
今は過度期?
とにかく、IT革命の波に溺れそうになっているのがわれわれ世代であることは確かです。
コメントが届いてた事をてっきり忘れてました。
たまたま、柳川市に広報誌のペーパーレス化を相談しようと、この記事から抜粋してようと思ってた時に気づきました。
言われる通り、ペーパーレス化も時代の流れなんですよね。
コメント有難うございます。