数学の巨人ガウスをして”100年に一度の天才”と言わしめたアイゼンシュタインですが、”この世で数学者と言えるのは(アルキメデスとニュートンと)アイゼンシュタインだけだ”とも言わしめました。
本名はFerdinand Gotthold Max Eisenstein(1823-1852)と、リーマン(Georg Friedrich Bernhard Riemann=1826-1866)にも負けない程の長さですが、数学者としても同じ様に異次元のレベルにありました。
講師時代はリーマンも生徒の一人で、アイゼンシュタインから楕円関数論の講義を受けました。しかし、関数の理論に複素量を導入する事を巡り、互いの主張が食い違い、論争になったらしい。
因みに、リーマンの親友のデデキントによると、リーマンは”アイゼンシュタインは式の計算を基礎とする立場に留まっていた”と言ったが、「コーシー=リーマンの微分方程式」を通じて複素関数の解析性を考察するのがリーマンの立場だから、確かにアイゼンシュタインとは異なる。
二人には親しい交流が生まれる事はなかったが、それでも楕円関数論にて複素変数を使うという点は共有されてた。アイゼンシュタインはある手紙でリーマンに言及し、”リーマンにずっと関心を持ってたが、自分の方からリーマンを避けてた”事を残念がってたという(「100人の数学者」より)。
僅か29歳で夭逝(ようせい)したアイゼンシュタインがもっと長生きしてたら、と思うのは私だけでしょうか。
アイゼンシュタインの”既約定理”
1840年代、ディリクレやヤコビらと共にベルリン大学を支え、アイゼンシュタイン整数を使って(ガウスの)3乗剰余の相互法則を証明しました。
アイゼンシュタインといえば、アイゼンシュタイン整数(整数環=イデアル)やアイゼンシュタイン級数や既約判定法などが有名でしたが、整数論で数多くの著名な研究結果も残してます。
特に、楕円曲線が虚数乗法を持つとモジュラー関数(アイゼンシュタイン級数)を使って定義される複素関数になる。これはフェルマー予想が解決されるまで、楕円曲線が保型形式と結びつく数少ないケースでした。
そして今日、代数学の教科書で有名なのは次のアイゼンシュタインの”既約判定法”である。因みに”既約”(irreducible)とは、これ以上因数分解が不可能な事で、”可約”(reducible)とは逆に、因数分解が可能な事です。
(固く言えば)”既約”とは、多項式f(x)が定数とf(x)の定数倍を除く全ての多項式で割り切れない事を言います。
そこで、整数係数多項式f(x)=a₀+a₁x+a₂x²+・・・+aₙxⁿがある素数pに対し、以下の3つの条件を満たす時、f(x)は(可能なまで因数分解すれば)k次式以上の既約な因数を持つ。但し、n:自然数。
①a₀(定数項)はp²の倍数ではない。
②a₀,a₁,...,aₖ₋₁(最高次の項以外)は全てpの倍数である。
③aₖ(最高次の項)だけがpの倍数ではない。
特にk=nの場合、f(x)は有理数体上”既約”(これ以上因数分解できない)となる。
少しややこしいですが、”(既約とは)最高次の項がpで割り切れなく、それ以外はpで割り切れ、定数項はp²では割り切れない”でもいいです。
因数分解が可能を示すのは(解を見つければいいので)楽ですが、因数分解できない事を示すのは大変だとされます。因みに数学オリンピックでは、因数分解できない事を示す問題が出題された事がある。
で、”既約定理”って、どう使うの?
以下「アイゼンシュタインの定理」を参考に紹介です。
最初は簡単な例で、f(x)=x³+6x²+3x+12が因数分解できない事を”既約定理”を使って証明します。
まず、f(x)が(x−a)を因数に持つなら、(「有理数解の公式」により)aは12の約数であるから、a=-1,-2,-3,-4,-6,-12を1つ1つ全て調べればいいが、面倒なので”既約定理”を使う。
因みに”有理数解を求める公式”とは、整数係数の方程式が”q/pの形の有理数解を持つなら、pは最高次係数の約数であり、qは定数項の約数となる”事です。
上の例では、p=1でq=12の約数(1,2,3.4,6,12)より、解は-1,-2,-3,-4,-6,-12の何れかになる。
そこで既約定理にて、p=3とすると、①a₀=12は3の倍数だが9の倍数でない。②a₁=3とa₂=6は3の倍数。③a₃=1は3の倍数でない。
よって、既約定理の①②③を満たすので因数分解できない。故に”既約”である(証明終)。
次に(少しややこしいですが)、x⁵−1の因数分解を考えます。
これはガウスの円周等分方程式の様に、x⁵−1=(x−1)(x⁴+x³+x²+x+1)と綺麗な形に分解できる事が判っている。
しかし厳密には、f(x)=x⁴+x³+x²+x+1=(x⁵−1)/(x−1)がこれ以上因数分解できない事を証明する必要がある。が、このままでは(多項式に素数pが現れないので)既約定理が使えない。
故に、x→x+1としてf(x+1)が因数分解できない事を示す。
因みに、X=x+1と見れば、f(X)が因数分解できるか?と、f(x+1)が因数分解できるか?が同値な事は明らかですね。
f(x+1)=((x+1)⁵−1)/x=x⁴+5x³+10x²+10x+5となり、そこでp=5とすると(第2項以下は5の倍数で、定数項は5²の倍数ではないので)既約定理①②③を満たし、因数分解できない事が分かる(証明終)。
数学オリンピックに挑戦
さてと、次は1993年国際数学オリンピックトルコ大会の第一問です。アイゼンシュタインを知らないと難しい問題ですね。
”自然数n≥2に対し、f(x)=xⁿ+5xⁿ⁻¹+3が因数分解できない事を示せ”
まず、p=3として既約定理を使う。
①a₀=3は3の倍数だが9の倍数でない。
②a₀,a₁,...,aₙ₋₂=0は全て3の倍数。
③aₙ₋₁=5は3の倍数でない。
これは、k=n−1の場合の”既約”定理を満たし、f(x)はn−1次(以上)の既約な因数を持つ事が分かる。
そこで、f(x)が仮に因数分解できるのなら、(1次式)×(n−1次式)とn次の多項式となり、f(x)=0が整数解を持つ。しかし(前述の有理数解の公式より)x=±1,±3のどれも解でない事は簡単に分かるので、f(x)は因数分解できない。故に”既約”である(証明終)。
第2項の係数5が3で割り切れないので”可約”と仮定し、背理法を使う所がミソですね。
この様に、アイゼンシュタインの既約定理は非常に便利ですが、厳密な証明は厄介なので、簡単に説明します。コツは、1つ1つ係数を比較する事です。
ある素数pに対し、既約の条件を満たすf(x)が、f(x)=aₙxⁿ+・・・+a₁x+a₀が
g(x)=bₗxˡ+・・・+b₁x+b₀と
h(x)=cₘxᵐ+・・・+c₁x+c₀の積、つまりf(x)=g(x)h(x)に因数分解できたと仮定し、矛盾を導く。但し、n,m,l:自然数で、n=m+l。
a₀=b₀c₀は①の条件から、(a₀はpの倍数でp²の倍数ではないので)b₀がpの倍数となり、c₀がpの倍数にならなくても、一般性を失わない。
次に、1次の係数を比較する。
a₁=b₀c₁+b₁c₀にて、②の条件からa₁が、上からb₀がpの倍数なので、b₁もpの倍数となる。
以下同じく係数比較により、b₂,b₃,⋯,bₗ₋₁もpの倍数である事が分かる。
最後に、aₙ=bₗcₘは③の条件(aₙはpの倍数でない)から、bₗもpの倍数でない。
(1)そこで、g(x)の係数がpの倍数ではない最小の次数kとすると、bₗ=bₖ≠0が分かる。故に、g(x)はk次でk=lとなる。f(x)は既約の条件より、n=kとなり、n=l。l+m=nよりm=0となり、h(x)は定数となるから、f(x)がg(x)h(x)に因数分解できる事に矛盾(証明終)。
(2)そこで、g(x)の係数全てがpで割り切れる事はないので、係数がpの倍数ではない最小の次数kの項をbₖxᵏとする。
この時、aₖ=b₀cₖ+・・・+bₖ₋₁c₁+bₖc₀において、bₖc₀以外の項はpの倍数で、bₖc₀はpの倍数ではないから、aₖはpの倍数ではない。
f(x)は既約により、k=nとなり、l=nでl+m=nからm=0となる。よってh(x)は定数となる。
故に、f(x)がg(x)とh(x)の積に因数分解できるとの仮定に矛盾する(証明終)。
以上、最後は2つ方法を紹介しましたが、どちらも係数比較なので、判り易い方を参考にです。
補足〜ガウスの補題
しかし上の証明では、”Z(整数体)上既約”を示しただけで”Q(有理数体)上既約”を示してはいない。
故に、「ガウスの補題」(Z上既約な多項式はQ上でも既約)を証明すべきですが、これはf(x)がQ上可約であるとして、Z上可約である事を示す。つまり、”Z上既約⇒Q上既約”の対偶である”Q上可約⇒Z上可約”を示せばいい。
つまり、f(x)=g(x)h(x)に分解されると仮定すれば、ある整数s,t≠0に対し、sg(x),th(x)はZ上の多項式になる。
そこで、f(x),sg(x),th(x)において係数の最大公約数をa,b,cとおき、
f₀(x)=f(x)/a、
g₀(x)=sg(x)/b=bₗxˡ+・・・+b₁x+b₀、
h₀(x)=th(x)/c=cₘxᵐ+・・・+c₁x+c₀とおけば、g₀(x),h₀(x)の係数の最大公約数は1である。
因みに、この”係数同士が互いに割り切れない”整数係数多項式を”原始的”と呼ぶ。
そこで、g₀(x)h₀(x)の係数の最大公約数も1である事を示す。
pを任意の素数とすると、(上の条件から)g₀(x),h₀(x)にて、全ての係数がpで割り切れる事はないから、pで割り切れない次数の最小項をbᵢxⁱ,cⱼxʲとする。
この時、b₀cᵢ₊ⱼ+・・・+bᵢ₋₁cⱼ₊₁+bᵢcⱼ+bᵢ₊₁cⱼ₋₁+・・・bᵢ₊ⱼc₀において、bᵢcⱼ以外の項はpで割り切れ、bᵢcⱼはpで割り切れないから、g₀(x)h₀(x)のi+j次の項の係数はpで割り切れない。
よって、g₀(x)h₀(x)の係数は(互いに割り切れないので)その最大公約数は1となる。
そこで、af₀(x)=f(x)=g(x)h(x)={bg₀(x)/s}{ch₀(x)/t}から、astf₀(x)=bcg₀(x)h₀(x)ー①が成り立つが、各多項式f₀(x),g₀(x)h₀(x)の係数の最大公約数は1であるから、各多項式astf₀(x),g₀(x)h₀(x)の係数の最大公約数は①より、ast,bcである。
よって、素因数分解の一意性から、bc/ast=±1であり、①からf(x)=a{bcg₀(x)h₀(x)/ast}={±ag₀(x)}{h₀(x)}となり、f(x)はZ上の多項式±ag₀(x)とh₀(x)の積に分解され、故に、Z上”可約”である(証明終)。
以上、「有名問題から学ぶ」から抜粋でした。
その他にも、”f(x)が既約多項式の積に一意的に分解される”という「多項式の既約分解」など示す必要がありますが、長くなるので省きます。
以上、小難しく長々と書きましたが、大まかな流れだけでも掴んでおけば、アイゼンシュタインと言う人なりを知った様な気分には浸れると思いますが・・・そうでもないか。
f(x)がg(x)とh(x)に因数分解出来ないとして、矛盾を導き
証明終りでいいんじゃないかな 。
そうなんですよ。
少し考え過ぎですかね。
貴重なご指摘、有難うございます。
リーマンを避けてた
って告白?するあたり
とても純朴でロマンチストだったのかも
彼は数学者になってなかったら
詩人にでもなってたんじゃないかな
素晴らしい天才を紹介してくれて
気分は・・・最高!?
アイゼンシュタインは典型の純粋数学者で、師匠ガウスからも高い評価を得てましたが、幼児期に5人の兄弟や姉妹を亡くすなど、貧困生活を送ります。
高校卒業時に政治家で数学者でもあるフンボルトに出会い、極貧から救われ、21歳の時にベルリン大学へ入学。
それからが天才の本領発揮で、この僅か1年間でガウスの平方剰余の相互法則の2つの証明や3乗剰余及び4乗剰余の相互法則を主張します。
数学だけでなくピアノも天才的でしたが、僅か27歳で教授になるものの、結核の為に29歳で亡くなります。
イケメンで100年に1度の天才と、全てを兼ね備えた数学者でしたが、悲しいかな病魔には勝てませんでした。
お陰で、アイゼンシュタインについてもその生涯と時代を記事にしたくなりました。
レムニスケート関数の虚倍角の公式から4次剰余相互法則が導出できる事と、円関数(三角関数)の無限積表示と類似の枠組みで楕円関数を2重無限積表示しようとする独自の試みがある。
更に、オイラーやヤコビの<無限乗積と無限級数の世界を自在に行き来する>という自由闊達な数学が、アイゼンシュタインの楕円関数論にも見出せるのは実に驚きです。
こうしたアイゼンシュタインの偉大で驚異的な発見を継ぐ形で、クロネッカーが行った楕円関数論の研究(ニ重級数や極限公式)ですが、初等的な数論と楕円関数論の神秘的ともいえる相互関係という点で眺めれば、とても興味深いと言えます。
事実ガウスは、”アイゼンシュタインの特徴はその初等的な方法にある”と述べ、高く評価しています。
確かに、アイゼンシュタインの偉大さは、レムニスケート関数や積分の逆関数によらない楕円関数の導入などがあります。
初等的な手法を繰り返し、三角関数や楕円関数の基本公式を導きますが、アイゼンシュタインの本当の驚異は、無限積が三角関数で表される事に注目し、二重無限積が楕円関数に結びつくと予想した事にありますね。
アイゼンシュタインはもっと評価すべき天才数学者です。
コメント嬉しかったです。