象が転んだ

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復讐と憎悪の先に・・〜ドラマ「ギバーテイカー」(2023)

2024年06月30日 06時32分15秒 | 映画&ドラマ

 原作では“妹が殺された刑事”の設定だったが、“娘が殺された元小学校教師”へと変更したお陰で、結構濃密でシリアスな展開となる。
 「TOKYO VICE」では、”シリアスなドラマは日本人では描けない”と書いた。が、勿論、多重階層に展開する「BOSCH」と比べるべくもないが、私が理想とするドラマには近いと思えた。
 いや、そう思わせてくれる中谷美紀の見事なまでの鬼気迫る演技でもある。

 倉澤樹(中谷美紀)は元小学校教諭の刑事で、彼女が可愛がってた教え子・貴志ルオトに、愛する娘を惨殺された過去を持つ。事件当時ルオトは12歳、殺された娘は8歳という事もあり、日本中を震撼させた。
 12年後、倉澤は娘の命日を目前に、24歳になったルオトが少年院を退院した事を知る。彼が”完全に更生した”との話に疑心と恨みを抱く彼女だが、ある日”貴女の大切なものをもう一度奪います”との不審なメッセージが届く。
 それは再び日本中を震撼させる事になる、新たなる”続編”の始まりに過ぎなかった・・・ 


復讐か?破壊か?

 元教諭が刑事になるとの設定に多少無理はあるが、中谷は違和感なく、ごく自然に演じている。
 事実”底なしの悲しみに寄り添いつつも、がむしゃらに事件に立ち向かう倉澤を演じる日々は大変苦しく・・死の淵に立たされてるかの様な感覚で現場にいましたが、何とか怒濤の撮影を終え、無事に生還する事ができました”と語る様に、このドラマは中谷美紀自身の彼女による彼女の為の作品であるかの様に思えた。
 更に、”被害者遺族として犯人に復讐をするのか?或いは刑事として事件を追うのか?・・・貴志ルオトというモンスターが仕掛ける数々の罠をお楽しみ頂けたら・・”とも彼女は付け加える。
 だが、こうした猟奇犯罪系サスペンスはどうしても遺族への感情移入が半端なく、暗澹たる気持ちに覆われ、その重いテーマに葛藤と感傷を感じるものだ。しかし、中谷美紀が演じる事でよりリアルでスリリングに展開し、かつ鮮やかに洗練された感じがするのも、彼女の生まれ持つ魅力と女優としての天賦の才でもあろう。

 勿論、倉澤が背負う後悔と憎悪と、モンスターと化したルオトが背負う社会全体への漠然とした狂気と憎しみは、別種のものだろう。だが、幼い殺人鬼がモンスターに化けるとしたら、こうした単純な理由からなのかもしれない。
 但し、タイトルが「ギバーテイカー」ではあまりにもセンスがなさすぎる。単純に「ファースト・マーダー」でよかったかもしれない。
 それに、5話完結のショートドラマだから、それに見合う規模に登場人物を絞り込むべきにも思えた。つまり、中谷美紀あってのドラマであり、余計な配色も人物も必要ない。

 複雑で繊細な人間模様を日本人は好む傾向にあるが、私はごくシンプルな人間模様を見たかった。警察内部のゴタゴタ感も元刑事のバーテンの存在も、それにパン屋の設定も少し余計に脆弱にも思えた。
 一方で、貴志ルオトを演じた菊池風磨の演技も評価には値するが、中谷あっての彼であり、モンスターと呼べる程の脅威と質感はない。
 私としては、もっと無邪気で無垢な連続殺人鬼を演じてほしかった。感情移入するのは、被害者遺族の倉澤だけで十分だし、殺人鬼の裏事情や秘められた物語はなくてもよかった。
 一方で設定上、彼女と対となる対照的な立場の人物を用意する必要がある。つまり、憎しみには恨みを、復讐には破壊を、である。
 例え、殺人鬼がどんな属性であれ、私は中谷美紀が演じる倉澤の憎悪と苦悩を、ただ只管追いかけてた様に思える。

 勿論、倉澤の視線の先にはルオトがいる。だが、倉澤の憎悪を増幅させ、復讐を全うさせるには、倉沢の憎悪により彼の狂気が研ぎ澄まされる必要があった。もっと言えば、彼女の憎悪が蓄積される程に、殺人鬼としての狂気が彼を満たしてくれる。
 所詮、殺人に正義はなく、猟奇という属性が付加されるだけだ。
 つまり我々は、倉澤の憎悪の先には何があるのか?を見たいのだ。少なくとも、ルオトの憎悪の先ではない。
 勿論、ドラマはフィクションである。が故に、フィクションの先に何が描かれるかを我々は見たいのだろう。


最後に〜憎悪の先には何もない

 結論から言えば、憎悪の先には何もなかった。更に言えば、ルオトの殺害動機は母親の愛情に飢えてたとは言え、曖昧で希薄なものに思えた。つまり、憎しみや恨み、復讐や破壊の先には何も存在しない。
 確かに、事件は解決するが、それは結果であり、倉澤が求めていた答えではない。
 つまり、彼女は娘の死から救われたかったのだ。仮に復讐を全うできたとしても、そこに残るのは救いではなく、虚しい現実と悲しい運命だけである。
 一方で、刑事としての最大の職務は、彼女が味わった様な不条理な殺人を繰り返させない事にある。が、こうした事件は(現実には)常に繰り返され、事件が解決される度に、新たなる殺人が繰り返される。
 そして、殆どの殺人犯は何ら反省する事も故人や遺族に懺悔する事もなく、刑を全うする為だけに独房内での退屈な時間を潰す。それでも、犠牲になった者の魂が聖なるものである事には変わりはない。

 ”確率はとても低いが正義は必ず存在する”
 これはボッシュの言葉だが、悪が法により公平に裁かれれば、何ら矛盾はない。がしかし、法に正義がないのなら、いや、法が正義の剣を下せないのなら、被害者の遺族が自ら正義の鉄拳を下すしかない。
 しかし、それも自分を持する為の自己満足に過ぎない。故に、倉澤も自分を持する為に、(原作とは異なり)教諭から刑事になり、娘を殺したルオトを追い詰めた。
 つまり、倉澤の憎悪に一番近くで接したのは中谷自身であり、ドラマが僅か5話で完結した事で、一番救われたのも彼女自身であろう。

 最後は、倉沢が娘の遺影の前で泣き崩れる所で幕を閉じるが、殺人犯への憎悪は何も生み出さないではなく、悲しみだけが増幅された結果となる。 
 勿論、失うだけで得るもののない人生ほど残酷なものもない。一方で、人が人を殺すという事は、人が思ってる以上に残酷である事を、倉澤自身が最後の最後で思い知らされたのかもしれない。
 ただ、殺人鬼への憎悪を経験したお陰で、”憎しみの先には何もない”と思ってた事から”悲しみだけが存在する”事を答えとして見出したとも言える。
 言い換えれば、”憎悪の先には悲しみだけが残り得る”という1つの解答を得る事が出来たとも言えるのかもしれない。


補足〜正義と職務の違い

 「BOSCH」シリーズの最高に見せ場は、M・コナリーの原作「エンジェルズ・フライト」に基づくシーズン4(全10話)にある。
 ボッシュは、少年の頃に死別した母親の殺人事件を調べ続ける内に、その捜査線上にLA警察委員長のウォーカーがいるらしい事を突き止める。彼はブラックガーディアン事件での黒人弁護士(エライアス)殺人の容疑者としても名が挙がっていたのだ。
 ボッシュは極秘でウォーカーを追い続けるが故に、仲間をも危険に晒す。事実、彼の執拗な強引過ぎる捜査により、一般人にも犠牲者が出る。それでもボッシュは、母親を殺した犯人が警察内部にいると睨み、単独で捜査を続けていく。
 結局ボッシュは、ウォーカーがエライアス殺しの弾丸の証拠をすり替えた事を突き止め、ボッシュの母親とエライアス殺人の件で、憎きウォーカーを逮捕に追い込む。
 つまり、ボッシュの長年の復讐劇はここにて成し遂げられたのだ。その足で彼は、エライアスを救えなかった事を遺族(母親)に詫びるが、母親は”貴方は何にも悪くない。正義を貫いただけよ。これからもそうであり続けるべきだわ”と、ボッシュを励ますシーンで、このシーズンは幕を閉じる。

 この「エンジェルズフライト」と「ギバーテイカー」の違いは、同じ様な憎悪でも、前者は正義を、後者は職務を全うする事で復讐を果たす。
 勿論、正義と職務の違いはあるが、見る者に訴える質感や奥行きは大きく異なる様に感じた。故に、ボッシュの復讐劇には不思議と悲しさや後悔というものは感じなかった。
 つまり、ボッシュが言う様に、死というものが(どういう形で成し遂げられようと)”神聖である”事に変わりはないからなのだろう。

 どうでもいい事だが、日米におけるシリアスなドラマの本質の違いを、改めて教えられた様な気もする。
 勿論、「ギバーテイカー」が軽く見えたというのでは、決してない。
 つまり、殺された母親も娘も、その先には”神聖なる魂が宿ってる”という事だけは言える。



2 コメント

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Unknown (tokotokoto)
2024-06-30 12:46:47
転んだサンはボッシュ一択みたいですね。
ギバーテイカーは元はすえのぶけいこのコミックで、妹を殺された女警察官という設定でした。
所詮は漫画が原作ですから
世界的評価の高い長編推理小説が原作のBOSCHと比べようもないのでしょうが
生まれながらの病的殺人鬼と復讐と憎悪に燃える正義の女刑事の対峙には色々と考えさせられるものがありました。
コミックしか読んだことはないのですが
これはこれでシリアス感満載でした。
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tokoさん (象が転んだ)
2024-06-30 16:20:37
どうも最近はアマプラばっかで
ボッシュ贔屓が度を過ぎてて・・・
言われる通り、コミックでもそこそこの評価みたいですよね。
補足では、「BOSCH」シーズン4の要約を掻きましたが、実はもっと複雑なんですよ。
判り易く省略して紹介したんですが、原作が原作なだけにドラマもとても濃密です。
tokoさんも一度は見て下さい。ハマると思いますよ。
コメントいつも有難うです。
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