鏡張りの部屋､その２４〜マーロウの苦悶と中年女サビオレの疑惑と〜

　7/11以来の”鏡張り部屋”です。今月の14日に､南米コロンビア沖での麻薬潜水艦拿捕のニュースが飛び込んできました。　

　アメリカ沿岸警備隊が､何と総重量8トン､末端価格で日本円で210億円を超えるコカインを､太平洋の東海上で押収したという。

　今回の摘発は､今年の5月から7月にかけて行われた”海上麻薬取締り作戦”で摘発された14隻の内の1隻で､この一連の作戦で合計17.6トンのコカイン､423キロのマリファナを押収､その価値は約616億円という。アメリカは全てにおいて桁が違います。

　という事で､これを利用しない手はないですな。

　そこで､これまで(23話)の展開を大まかに振り返ります。
　主人公ダーレムは､ある闇組織に命を狙われるも､九死に一生を得､ここホテルカリフォルニアに救われた。しかし､外界との接触が殆ど遮られた､奇怪なホテルだった。
　早速ダーレムには､2人の訳有り女が近づく。一人は薬の売人をしてた若い女カミーユと､もう一人はメキシコのスラム出の中年女サビオレ。

　ダーレムは2人の女に身も心も翻弄され､自分を見失いそうになる。そこに､探偵マーロウが現れ､大人しくしてるよう諭される。その上､老支配人マティアスが精神的支柱になり､男は少しずつ自分を取り戻していった。
　その時､ダーレムの愛人で娼婦のレオニーが瀕死の重傷を負い､このホテルに運ばれた。
　
　という流れです。その場しのぎのインスタントなストーリーなので､多少矛盾があるかと思いますが､悪しからずです。

　
　さてと本題です。前回のその23では､行方をくらましてた中年女のサビオレをマーロウが見つけ､無事保護した所で終りました。

　男(ダーレム)と若い女(カミーユ)は､マーロウの早朝の訪問に､いきなり叩き起こされた。

サビオレさんを無事保護し､
一緒にこちらへ向かう予定だったんですが
少し厄介な事が起きました
詳しい事は言えないが
先日のニュースでも報道されてた様に､
アメリカの湾岸警備隊がコロンビア湾沖で
麻薬潜水艦を拿捕した
その潜水艦の乗組員の中に､実は､
サビオレさんの義父が含まれてたんです

組織とその義父との関係は調査中だが､
お陰で､サビオレさんは今､
麻薬取締局の管理下にある
サビオレがこの事を知ってるかどうか
まだ判らないが､
暫くはここへは戻ってくる事はないだろう

一時はかなり取り乱してたが､
義父との再会の目処が立った事で
随分と回復してます
では私も仕事がありますんで
これから麻薬取締局と同行しますが
何か判り次第､管理人を通じて報告します
あそれと､
レオニーさんの回復具合はどうでしょうか？
Dr.ドレフュスも､少し心配らしくてね

　マーロウにしては､珍しく必死に冷静さを保ってる様に見えた。
　眠たい目を擦りながら､カミーユが呟いた。

ど〜お､私の言った通りでしょ
今回だけは私の勝ちだわね
最初から勘付いてたのよ､何か隠してるって
でも､大体において想定内だわ
ヤッパリ､あの中年女の義父が
大麻の密輸に関わってたのね
それも潜水艦で密輸するなんて
なかなかの大物じゃない､大した度胸だわ
少しは私の事を見直して頂戴ね､探偵サン！

　探偵は､少し間の悪そうな微笑みを浮かべた。

そうだと良いんですがね､ただ残念ですが､
お嬢さんの推理は外れそうですね
というのも､まだ調査段階なんですが
サビオレの義父は
今回の密輸には関与してないとの線が濃い　
つまり､
何らかの人質に取られた可能性が高い
サビオレの異常なまでの動揺と
何か関係があるのか？
今から探りを入れるつもりです

　そこに､ダーレムが慌てて口を挟む。

探偵サン！
サビオレは悪くはないんですよね？
まさか彼女が今回の密輸に絡んでる､
という事はあり得ないですよね？
もしそんな状況だったら
彼女はもっと巧く立ち回ったと思う
でも何かが､想定外の何かが､
彼女を異常なまでに不安にさせた
そうでしょ？マーロウさん？

　探偵はタバコを取り出すと､ゆっくりと蒸し始めた。

最初に言った様に､彼女は”シロ”です
義父への愛情が強い余り､激情しただけです
精神的不安を抑える為に
大麻の使用が慢性化しただけです
義父と顔を合わせれば､
すっかり落ち着くでしょう
でも最悪の事態にならなくて､
正直ホッとしてますよ
これも支配人の冷静な振舞いのお陰です

　丁度その時､老支配人が朝食を運んできた。探偵に一言挨拶を交わすと､自らも葉巻を取り出し､口に加えた。

でも良かったの､一時はどうなる事かと
サビオレも､相当追い詰められてたらしく
義父が危険な状態にある事を
事前から察知してたんだな
自分一人で義父を助け出そうと､
必死だったんじゃよ　
そして精神を乱し､暴走したんじゃよ
誰も彼女を責められんよの
でもお陰で､最愛の義父に会えるんじゃ
皆で乾杯でもしたいくらいじゃの

　探偵は思わず吹き出した。

朝から乾杯ですか？
私は今から仕事があるのでお断りですよ
でも､レオニーさんが回復してからでも､
遅くはないでしょうに
その頃にはある程度､
一連の事件の真相が見えてきますよ
今は､何事も落ち着いて行動です

　カミーユは少しバツの悪そうな表情を浮かべる。

何だか男3人で盛り上がってるみたいね
私だけが仲間外れみたいで
乾杯したけりゃ､あなた達3人でやったら？
それもここは病室だから､他の部屋でやってね
でも､麻薬を潜水艦で運ぶ？なんて､
しょっちゅうある事なの？探偵さん！

　マーロウは少し真顔になって呟いた。表情には苦悶の跡が見え隠れする。

実は､麻薬密輸潜水艇の歴史は意外と古く
1993年が最初なんだな､
この時は､全長7ｍ程の小さな潜水艇で
2トンの大麻を目一杯詰め込んだ奴だった
排気パイプが常に海上に出てて､
すぐに拿捕されたんだ
翌1994年のやつは､
高度な潜行装置と通信機器を積んだ
本格的な潜水艇で､
より潜水艦らしくなっていた
勿論､見つけるのにも一苦労する訳だがね

そして2000年に､軍用レヴェルに近い､
本格型の麻薬潜水艦が発見されたんだ
ロシアンマフィアとコロンビアの麻薬組織
との繋りが噂されたのも､この頃だ
お陰で､コロンビアの麻薬カルテルが
旧ソ連の航空機やヘリを沢山保有し､
軍隊化してしまうんだがな

2006年は初めて米軍が麻薬潜水艦を拿捕した
危険すべき年となったんだ
この”ビッグフット”と名付けられた
大型潜水艦はコロンビア以外の組織にも
拡散してるらしく､
以降､麻薬潜水艦の複雑なルートによる
コカインの密輸は後を絶たない
全く困ったもんだよな

サビオレの義父もきっと､
複雑な地下ルートに巻き込まれたんだろうな
分ってくれるかな？お嬢さん俺らの苦悩を？

　
　カミーユはポカンと口を開けて聞いてた。途中で話について行けなくなったのだ。

探偵さん､もう複雑なお説教は御免だわ
潜水艦を使おうが､爆撃機で運ぼうが､
密輸は密輸だし､犯罪は犯罪よね
だったら､麻薬組織のアジトに
ミサイルを打ち込めば済む事じゃない？
世界中に蔓延するコカインを
全て焼き払えば済む事よね
そう思わない？ダーレム

　ダーレムもポカンと口を開けたままだった。この女､流石に鋭すぎる。

でもアメリカが世界中に蔓延する
麻薬組織と全面戦争にでもなったら､
それこそ議会が承認するのかな？
イラク戦争の規模よりずっと大きい筈だぜ
背後に､ロシアや北朝鮮やイランが構えてんだ
そんな簡単な事じゃないさ

　マーロウはずっと下を向いてた。

でもな､マズイ事に
アメリカは最近になって大麻を合法化した
だから､余計にややこしくなったんだよ
特に西海岸は､合法化の影響で
水面下での麻薬犯罪が激増してんだ
医療用大麻の大半はコロンビア製だろ

もうこの国はおかしいんだよ
トランプが大統領になって
今まで地下に潜ってた
白人至上主義の腐った連中が
我が物顔で表に出始めたんだ
シャブ中も､超過激右派の白人も薬の売人も､
票になるなら､政治屋は何だって利用する
そうやって､トランプは頂点に立ったんだ
もうこの国は終わってんだよ､とっくにな

　男(ダーレム)は悲しくなった。我らが生きてるこの新大陸が､夢と希望と自由を叶えてくれる筈のアメリカが､第3世界が生み出したコカインによって､いとも簡単に潰されていく。

マーロウさん､俺はどうしたらいい？
俺らは､これからどうしたらいい？
このホテルから何とか開放されて
普段の生活に戻ったとしても
そこには自由も希望も望みもない
あるのは､コカインと犯罪と暴力だけだ
だったら､このホテルに軟禁されて
カミーユや老支配人に囲まれて
生きてた方がずっと幸せだ

　老支配人もカミーユにも沈黙が走った。しかし､ベッドに横たわり､点滴を受けてるレオニーだけは､幸せそうに安らかな眠りについていた。

ようこそ､
我がホテルカリフォルニアへ
🎵ここは素敵な場所でしょ🎵
🎵ここは素敵な人達でしょ🎵