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フェイク(捏造)という名の侵略者〜ラジオ版「宇宙戦争」とパニックの行方

2024年12月16日 06時28分37秒 | 読書

 偶々TVをつけたら、NHKのダークサイド・ミステリー”「宇宙戦争」パニック事件、75年目の真実”が放送されていた。
 1938年にアメリカで放送されたラジオ番組「宇宙戦争」は、放送を聞いた人々が番組内で語られる火星人の襲来を事実だと思い込み、アメリカ全土で約100万人がパニックを起こし、伝説的な番組として伝えられていた。
 デマやフェイクニュースの代表例として今も語り継がれるが、実はこの逸話自体もフェイクだらけで、報道された騒動も実際には起きず、100万人という数字もデタラメだった。
 でも、なぜそんなウソが以降80年以上も信じこまれたのか?

 昨今のSNSを持ってしても、大規模なパニックなんて早々起こる事はないそうで、仮に起きたとしても”映画の中だけ”だと、NHK番組内のゲスト解説者は説明する。事実、神戸淡路島震災や福島原発事故、能登大震災でも大きなパニックは起きなかったとされる。
 つまり、そうした大規模な災害や危機の場合、多くの人はパニックに陥るどころか、本能的にその場に佇み、周りの様子を冷静に伺うらしい。事実、上の3つの災害の事例でも大騒ぎしたのは、(SNSも含め)メディアやそのメディアに浮かれた我らよそ者の大衆だけで、現場にいた被災者は自身を何とかコントロールしていた様にも思えた。
 確かに冷静に考えれば、ラジオ版「宇宙戦争」で全米中がパニックに陥ったという噂は信憑性に欠ける。


メディアという名の侵略者

 アメリカのラジオ局CBSは1938年10月30日、SF作家のH・G・ウェルズが著した小説「宇宙戦争」を脚色したラジオドラマを、映画監督であり俳優でもあったオーソン・ウェルズの朗読で放送した。しかし、放送翌日に新聞がラジオ版「宇宙戦争」によって引き起こされたパニックをセンセーショナルに報じたのだ。
 以下、「宇宙戦争はメディアによって作られた」より大まかに纏めます。
 当時、新たなメディア(媒体)として人気を博したラジオは新聞から広告を奪い、出版業界に大きなダメージを与えていた。故に、新聞社や雑誌社はラジオの信頼性を損なわせようと、ラジオ版「宇宙戦争」を利用した。
 例えば、NYタイムズは「ラジオによる恐怖」という社説の中で、ラジオ関係者を非難。また、某月刊貿易誌も「宇宙戦争」の話題に乗じ、”ラジオによる不完全で誤解を含むニュースの危険性に国全体が直面してる”と述べ、ラジオの信頼性に疑念を呈していた。

 多くの人々が初めて、”「宇宙戦争」でパニックを引き起こした”との情報を知ったのは、放送翌日の10月31日に登場した新聞記事であり、実際に「宇宙戦争」をラジオで聞いた人はかなり少数派で、その後の調査では全体の2%に過ぎなかったとされる。
 また、「宇宙戦争」をラジオで聞いた人々が”火星人が襲来した”と回答した事実もなく、「宇宙戦争」をフィクションとして楽しんでいた。それに、「宇宙戦争」の聴取率は非常に低く、裏番組のコメディ番組が強い人気を誇っていた。
 更に、新聞の報道を受け、CBSが行った全国調査では、「宇宙戦争」を聞いた人が殆どいなかった事も判明している。

 しかし、その後の数年間で「宇宙戦争」がパニックを引き起こした事が事実だと捉えられる様になったが、この「宇宙戦争」によるパニックを補強し続けたのに、アメリカの世論研究者H・キャントリルのレポートがある。
 彼は”約100万人が「宇宙戦争」でパニックに陥った”と報告したが、この数は「宇宙戦争」を聞いたと推定される全人口の数より遥かに大きい。更に彼は、番組を聞いて”怖くなった”とか”不安になった”と答えた人々を”パニックに陥った”人の中に算入したが、そうした一時の感情はパニックを意味しない。 
 故に、キャントリルの調査結果は信頼性に欠けるものだったが、当時の彼は学術界から高い評価を受けていた事で「宇宙戦争」に関する調査結果も広く信頼される様になっていく。
 因みに、この調査結果は「火星からの侵略―パニックの心理学的研究」(1940)に纏められている。

 実際、1938年10月30日の夜は何のパニックも起きていない平穏な夜だった。
 仮に、アメリカ全土でパニックが起きていたのなら、「宇宙戦争」に関する新聞記事はその後も紙面を賑わせ続けた筈だが、殆どの新聞は最初こそセンセーショナルに報じたが、僅か1,2日程で「宇宙戦争」に関する報道は激減。
 実際に起きなかったパニックがこれ程の人気と話題を集め、現代にまで伝えられてる理由は非常に複雑で、大衆が愚かだと信じる”文化的背景”や”メディアに対する疑念”に加え、”大衆に与える影響力を誇示する”ラジオ局側の思惑もある。
 つまり、「宇宙戦争」の神話が象徴するのは火星人の襲来がもたらす恐怖ではなく、大手メディアが人々の意識に侵入し、大衆の脳を植民地化する恐怖である。事実、1930年代はラジオが新しい媒体として注目を集めていたが、現代では人々がネット(SNS)という新たな媒体としてのマインドコントロールの恐怖を受けている。
 以上、GIGAZINEのコラム(2021/3/31)からでした。

 
パニックと冷静の間で

 キャントリルが著した「火星からの侵略」は、パニックの陥った人々の集団行動時の心理と反応についての調査報告書でもあり、地震やテロ事件など大規模災害では、”自身を如何にコントロールするか大きな課題となる”と、著者は説く。更に巻末では、”80年前の歴史上有名なこの事件について書かれた本書は、現代にも起こりうる伝染性の高い恐怖の人間心理を詳細に分析した”と解説する。
 確かに現在は、核弾頭を積んだ超音速の大陸間ミサイルが存在し、その巨大な破壊力は火星人襲来よりも遙かに強い妄想が人々を襲う可能性がある。だが、メディアの過度な報道により、人々に過ぎた不安とパニックを引き起こす下地が既に存在する。

 一方で、本能的に(ヒトを含めた)生き物は窮地に追い込まれると、冷静に行動を起こす様に出来ているとされる。
 勿論、例外もあろうが、窮地に追い込まれる度に人類がパニックに陥ってたなら、今頃人類は絶滅してるであろう。
 事実、北陸の大津波の時には、条件反射的に多くの人が高台へと逃げこんだ。勿論、逃げ遅れた人も大勢いたが、殆どがパニックに陥ってたなら、被害はもっと甚大になっていた筈だ。

 著者は、パニック時に冷静に行動する為には、批判力(健康的な懐疑主義)と判断基準(知識)が重要だと説くが、人は冷静に行動する本能を備えている。
 人が冷静になろうとしてる時に、敢えて”今こそ冷静になれ”とか説いても、火に油を注ぐのと同じで逆効果である。つまり、著者が仕掛けた「宇宙戦争」はその後80年近くに渡り、話題にこそなったが、彼が危惧する様なパニックは起きなかったし、彼の研究は肥大妄想いや被害妄想に過ぎなかったとも言える。

 昨今のネット全盛の時代には、”リテラシー”という言葉が大流行りだ。元々は”読み書きする能力”を意味したが、今では情報を適切に処理・活用できる能力の事をいう。
 つまり、ネット上に錯綜する雑多の情報から正しい情報を選択して理解し、活かす事の出来る人は”リテラシーが高い”となる。
 多くの専門家は、情報を鵜呑みにせず、自分で真偽を見極め、自身の経験や知識に基づいて”少しでもおかしいと思ったものは疑ってかかれ”と諭す。故に”フェイクやデマには騙されるな”と口酸っぱく説いても、既にこの時点で、ネット上に氾濫する情報の洗礼を受けているのだ。


最後に〜数学的思考こそがフェイクを見抜く

 ”リテラシー”と喚くのはバカでも出来るが、漠然と錯綜する情報から本質を抜き出すのは中々出来る事ではない。
 事実、1938年の「宇宙戦争」のウソを見抜くのに、80年近くも掛かった事実は、如何に現代人がその手の専門家も含め、メディアが捏造したフェイクやデマに騙され易いかを物語っている。
 つまり、リテラシーという情報を適切に処理・活用できる(聞こえの良い)能力よりも、ネット上に溢れるフェイクやデマの本質を見抜く事の方が、パニック時に冷静に振る舞おうとする努力よりもずっと重要なのである。

 極論を言えば、ネット上に氾濫する情報は全てウソだとみなし、”背理法”によって(ウソと仮定した時の)矛盾を洗い出す。大体においてインフルエンサーが広範囲にバラまく情報はフェイクが多いから、矛盾は限られる。
 リテラシーが生きるのはそこからで、浮き上がってきた矛盾を1つ1つ適切に処理する能力があれば、騙される事は少ないかもしれない。
 言い換えれば、背理法というフィルターの精度が高い程、そこに引っ掛かる矛盾も高度なものになる。つまり、フェイク(捏造)にも難易度と次元とが存在するのだろう。
 そういう意味では、新聞社が仕掛けた「宇宙戦争」は巧妙に出来たフェイクとも言える。

 今回、「宇宙戦争」によるパニック騒動のウソが見抜けなかったのは、そのウソを洗い出す背理法と言うフィルターが、キャントリルの仕掛けた罠によって濁ってしまったからだ。
 勿論、直接の罠を仕掛けたのは、ラジオ局をよく思わない新聞社だが、その仕掛け自体は巧妙でもシンプルなものであった筈だ。
 つまり、思考のフィルターは常に清潔に中立に保ち、その精度は高く維持されるべきであるが、その為には数学的論理思考が一番の近道となる。 

 勿論、キャントリル氏の調査報告書は数学的見地から言えば、子供騙し的で信憑性にも欠けるものだったが、80年以上も世界を騙し仰せた事に関して言えば、評価すべきである。
 自由主義社会では、騙される奴がバカであり、騙す奴は賢いのだ。
 ”善人は肝心な時にウソをつくし、詐欺師は肝心な時に真実を説く”というが、言い換えれば”善人はいい加減なウソに騙されるし、詐欺師はいい加減なウソで人を騙す”となる。
 つまり、”火星からの侵略者”という子供騙しのウソで、「宇宙戦争」をミリオンセラーにしたキャントリルは、一流の詐欺師と言える。
 結局は、”宇宙からの侵略者”は火星人ではなく、フェイク(捏造)という名の詐欺師だったのだから・・・

 


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