｢けものみち｣(1982)に見る､名取裕子の女優としての妖艶さと凄みと

　正直､このドラマには興奮しっ放しだった。1982年と言えば､まだ私が高校生の頃で､洋画に夢中だった頃だ。
　それでも松本清張の原作｢けものみち｣は知ってはいたが､女優の名取裕子に関しては､｢金八先生｣の不器用で頭の悪そうな女というイメージしかなかった。
　しかし､NHKBSで再放送されたリマスター版(全3回)を見て､彼女に関するイメージが180度覆された。

　当時23歳という若さだったから､女として女優として一番光り輝いてる時期だったという事もあろうが。逆を言えば､23歳であの妖艶さを醸し出せる女優が日本に世界にいただろうか？
　キャサリン･ロスもキャンディズ･バーゲンもナタリー･ドロンもシドニ･ーロームもボリューム的には十分すぎる程に官能的だったが､あそこまで妖艶じゃなかった。
　吉永小百合も山口百恵も黒木瞳も整ってはいたが､あそこまで魅惑的ではなかった。
　それに比べ名取裕子は､怪しげな美人という特異で不器用な一面がある。
　しかし､一度彼女のツボに入ると､危険な香りのする”性の蜃気楼”いや”妖美のオーラ”から抜け出す事はなかなか出来ない。
　お陰で3時間以上ずっと､私の心は名取裕子に惹きつけられていた。いや憑かれていた。

　もし彼女がキャバ嬢だったら､相手にされないと判りきってても､毎晩通い続け､全財産を注ぎ込んだだろう。
　勿論､23歳のピチピチの名取裕子だからこそ､あれ程の異次元の魔力があった訳だが､それを差し引いても偉大な女優さんだったと､今更ながら感心する。

　自宅を放火し､ヤクザで寝たきり状態の夫を殺す民子(名取裕子)。その民子に夫殺しの手引きをし､黒幕の“世話係”に送り込むホテル支配人の小滝(山崎努)。政財界を操り､意のままにできない者を次々と消し去る冷徹な黒幕･鬼頭(西村晃)。
　このドラマの登場人物は全員悪人､まるで”悪の見本市”でもある。
　展開的には､悪に染まったまま一直線的な単調な流れだが､松本清張の偉大なるオーラを名取裕子の妖艶なる色気が凌駕した様なドラマだった。

　しかし､名取裕子の艶っぽい濃厚な演技は､西村晃の”ベッドシーンは甘くておいしいもの､高級なチョコレートを食べた時の顔をしてごらん”とのアドバイスが支えになったという。
　確かに､濡れ場のシーンでの彼女の妖艶なる豊かな表情は､高級で美味しいものを頬張った顔によく似ている。
　特に､深い恍惚に浸る表情は欲情的であり､官能的であり､妖艶的でもある。性は無垢なほどに魅惑的なのだろう。
　一粒で3度美味しいとはこういう事をいうのか。
　
　今まで色んな映画やドラマを見てきたが､ここまで魅入った作品があったろうか。
　80年代には､日本にも”洋もの”に対抗できる女優がいたもんだと､つくづく感心する。

　映画やTVが詰まんなくなったと言われる昨今､昔の作品には魂や生命力が堂々と闊歩してた様に思う。4Kでも8Kでもないアナログの時代の方が､映像の鼓動や躍動という点では勝ってた様な気がする。

　大体において､こういった強烈に欲情したドラマを見ると､夢に出てくる筈なんだが。
　では､お休みなさいです。