映画「ゴジラ-1.0」では日本映画復活の兆しが見えてきたが、VFXを駆使したアニメやSFや怪獣映画では、世界のトップクラスである事を証明できた。
しかし、シリアスなサスペンスや濃密な人間ドラマ系では、まだまだ欧米とは距離がある様に思える。
映画「ZODIAC」(2007)みたいに、古き良き時代をVFX技術で再現し、見る者の心を奪う事は十分に可能な筈だ。少なくとも、某人気小説家の推理モノは映画にすべきではない。
そうした幼稚な小説を目先の利益の為だけに映画化すれば、(故マッカーサー元帥の言葉にある様に)日本映画は”12歳の子供のまま”だと、今までもこれからも揶揄され続けるであろう。
「BOSCH/ボッシュ」は、2015年からAmazon Primeで配信された米国のTVドラマシリーズである。
マイクル・コナリー原作のロサンゼルス市警察刑事ハリー・ボッシュを主人公とするミステリー小説「ボッシュ・シリーズ」のTVドラマ化だが、コナリーは製作総指揮も担当する。シーズン7で終了するも2022年時点では、Amazonオリジナルとして最長の記録を持つ。シリーズ終了後は、スピンオフとして「ボッシュ: レガシー」とのタイトルで、22年5月から配信されている。
「BOSCH/ボッシュ」のここが凄い
このドラマは原作と同様にシリアス感満載で、現実よりもリアルで稠密である。シーズン単位で事件が一区切りし、各シーズンが連動する。大半の刑事ドラマはエピソード毎に事件が解決するが、「BOSCH」シリーズはシーズンを跨ぐ所が憎い。
展開は非常にシンプルで、子供の頃に(娼婦である)母親を何者かに殺されたボッシュだが、殺人犯を隠蔽したLA警察本部と不条理な殺人を絶対に許さない彼は、殺人課の刑事として執拗に容疑者を追い詰める。その一方で、闇の犯罪組織が警察とグルになり、ボッシュを罠にはめようとする。
ボッシュの正義をx軸として、闇組織の悪をy軸とすれば、xとyの二項展開のシンプルなかつ濃密な縮図となる。が故に、知らずに感情移入し、思わず見入ってしまう。
我らがヒーローであるボッシュだが、捜査に過去の恨みや私情を挟み過ぎるせいか、検事やロス市警内部にも敵を多く作る。かと言って、よくいる様な一匹狼タイプでもなく、広範囲に仲間がいて、多重構造的なコネが彼を支えている。
度々、四面楚歌状態に陥るボッシュだが、そこからが原作者であり、総指揮コナリーの腕の見せ所でもある。そう、ボッシュの筋金入りの信念はそう簡単には崩れない。
”正義は勝率よりも重視されるべきだ”
つまり、勝率がどんなに低くても真実は嘘をつかないし、正義の入り込む余地は十分にあるのだ。
主人公ハリー・ボッシュを演じるのはタイタス・ウェリバーという俳優さんで、ドラマ「LOST」に脇役、それも悪役で出てたそうです。
私には初めて見る顔ですが、ボッシュ役にはピタリとハマってます。言い換えれば、ボッシュにはこの人以外には考えられない。ただ、奥さんと娘がパッとしない。もう地味すぎてボッシュを支えられないでいる。ここら辺は凄く残念ですが・・・
一方で、このドラマは有名で豪華な俳優陣ではなく、無骨なおじさんや渋いオバサンを主役に据えた点で、巷にゴマンと流れる軽いノリの浅薄な刑事モノではない事が判る。
天才捜査官や敏腕刑事や最先端の科学捜査班とかではなく、プロファイリングや検死やDNA鑑定に凝る事もない。更に、「あぶない刑事」みたいな妙なカッコつけも全くない。
ただひたすら、リアルなLA警察の日常が描かれ、無骨が売りのボッシュはコツコツと聞き込み、調べ、また聞き込みと、しつこい程に黒幕を追い詰める。
勿論、ミスも犯すし、暴走もする。故に、検察や警察内にも敵が多い。常に追い詰められ感のあるボッシュだが、そんな位では彼の信念は揺るがない。つまり、正義というのは本来、筋金入りべきなのだ。
一方で、ボッシュの周りを固める警官たちも地味な中高年の俳優陣で構成され、何とも地に足がついてる感がある。更に、舞台は映画の都ハリウッドという大都会の華やかさと地下組織とのコントラストが美しく描かれ、そこで毎日の様に起きる陰惨で悪質な事件が影を落とす。
こうした複雑で奇妙な展開がエピソードを踏む様にシーズンを跨ぐ。更に、悲惨で暗くて気分が悪くなる要素が凝縮し、それでいて絶妙で微妙な人間模様もさり気なく描かれている・・・と、ここまで読んだら、既に君はボッシュの世界に誘い込まれている筈だ。
「TOKYO VICE」の凝りすぎたドラマ
因みに、この「ボッシュ」と対称的なのが、同じくアマプラで配信されている「TOKYO VICE」(2022)である。
タイトルを見た時、「特捜刑事マイアミバイス」をパクってる様で、悲しいかな、その予感が当ってしまった感がある。
WOWOW初のハリウッド共同制作のオール日本ロケで、製作総指揮はマイケル・マンら名匠らたちがずらりと並ぶ上に、キャスト陣も渡辺謙や菊地凛子に伊藤英明、笠松将や山下智久ほか豪華絢爛そのものだ。
時代は1999年の東京を舞台に、警視庁のベテラン刑事に連れられ、裏社会が支配する暗黒世界に足を踏み入れた若きアメリカ人新聞記者を描いてはいるが、”刑事VS裏社会”というシンプルな展開は良いとしても、その中に描かれてる歌舞伎町や裏社会には、少し違和感を覚える。
確かに、このドラマの主導権はアメリカにある。が、この日本はアメリカから見たニッポンであり、私達が住んでる日本とは少しかけ離れてる様に思う。
ただ一昔前の日本は、映画で描かれてる様なヤクザ同士の闘争やパワハラ、女性・外人差別などあったろうが、少し誇張し過ぎで、極端にも映る。そうした要素と裏社会の話ばっかで、全体的に見ても、窮屈で退屈な作品と言えなくもない。
6話を見終えたばかりで何とも言えないが、”見てて損はないドラマ”と全体的な評価は悪くはない。一方で、”昭和のヤクザ映画に外国人がいるだけ”とか”豪華な役者を無駄に使う酷いドラマ”との酷評もあるが、私も後者の印象に近い。
事実、展開自体は単調で、内容も相当に古い気がする。それに刑事役に豪華俳優陣が偏り、対する裏社会側のキャストは見劣りする。新聞記者役の俳優も若くて長身で日本女性ウケしそうだが、ありきたりなイケメン白人男というイメージで、個性と質感が希薄に感じた。
ただ、日本人スタッフだけで、これだけの濃密な刑事ドラマが作れるかと言うと、不可能に近い気がする。
一方で、刑事役を地味な中堅どころのキャストで固め、TOKYOの日常のリアルを緻密に描いてたら、「BOSCH」みたいに大化けしてたかもしれない。
因みに、”VICE”とは”悪徳”という意味である。過去に、「マイアミバイス」(1984~89)という退屈な犯罪系ドラマがあったが、「TOKYO VICE」と同じマイケル・マンが製作総指揮を務めただけあり、全111話の中に犯罪事件を詰め込んだだけのウンザリする作品に思えた。
悲しいかな「TOKYO VICE」も、この悪しき流れを受け継いでるようだ。
このドラマの主役は白人の新聞記者ではなく、「マイアミバイス」と同じ様に、刑事とヤクザが共有する、日常と大衆の中に潜む悪である。そうした悪を悪徳(VISE)として、等身大に忠実に描いて欲しかった気もする。
正直言うと、このドラマの冒頭を見た時、バリー・ランセットの「ジャパンタウン」とイメージがダブった。噂ではドラマ化が検討されてると言うが、未だ実現できてはいない。
「ジャパンタウン」の怖さは、(映画などで描かれる)闇社会の様な表向きの怖さではなく、過疎なムラ社会に潜む得体の知れない、逸脱した怖さにある。
背中から忍び寄ってくる様な怖さに怯えながら、文字を追う様にして読んだものだ。
一方で、「TOKYO VICE」の原作(2016)は同タイトルで、”東京の闇社会・米国人記者の警察回り体験記”との幼稚な注釈がつく。
原作では、アメリカ人記者が12年を掛けて手にした、日本最悪の暴力団組長と司法当局が絡み合った事件の秘密が描かれてるが、これこそが山口組分裂のきっかけともなった衝撃の真実とある。
”日本の大手出版社が復讐を恐れ、出版を見送った禁断の暴露本が遂に日本解禁!”との触れ込みだが、これもドラマと同様に評価が見事に分かれる。
事実、”傑作クライムサスペンス”との絶賛もあるが、”誇張あり過ぎで脚色が下手”との酷評もある。
最後に
「ボッシュ」と「TOKYO VICE」の大きな違いは、日常の恐怖を描ききれるか否かにある様に思えた。そういう意味では、日米合作とも言える「TOKYO VICE」は「ボッシュ」にはまだ及ばない。もっと言えば、MIAMIをTOKYOに変えただけと言えなくもない。
が一方で、Amazonプライムがオリジナルで配信する数多くのドラマ群には凡作も多いが、日本映画界が参考にすべきヒントが多く隠されてる様だ。それは、わざわざ高く付く外国の俳優陣を起用する必要はないという事。
「ゴジラ-1.0」で証明された様に、監督を含めたスタッフと脚本がしっかりしてれば、国内の俳優陣で十分に世界に対抗できる。事実、ドラマ「ボッシュ」でも豪華な俳優陣とは無縁だが、制作陣が充実してたので、あれだけの傑作ドラマが作れたのだから。
話を「TOKYO VICE」に戻すが、結局は原作もドラマも記者の正義と裏社会の悪の両極に凝りすぎたが故に、中途な出来となった感がする。が、逆に日本人にはこうした”凝りすぎ”という感覚すらない。
確かに、コナリー原作のボッシュシリーズもリンカーン弁護士も”凝りすぎ”の傾向にはあるし、ランセットの「ジャパンタウン」も同様だ。しかし、これも日常の恐怖を等身大に描くには欠かせない技法ではある。
日本人は、こうした日常の恐怖には無関心である様に思えてならない。特に、アメリカ白人が描く日常の恐怖はしつこい程に悍しく、嫌らしいのにだ。
被ってるような気がして
あんまり気乗りしなかったけど
某ヤクザの組長役の菅田俊さんかなり嵌ってましたよね。
組員の笠松将さんもとてもカッコよかった。
それに対し、刑事役の伊藤英明は中途半端だった。
この俳優さん長身でカッコはいいんだけど
人を惹き付けるような存在感がないんですよね。
4話ほどしか見てないんですが
渡辺謙さんも乗り気がないようで
HBOも米国スタッフやキャストをケチってるせいか、あんまりパッとしないような印象を受けました。
主役で白人男のアンセル・エルゴートも薄っぺらに思えました。
やる気がないのか、そもそもヘボな役者なのか?
言われる通り、笠松将さんはとても魅惑的に映りました。このドラマの中ではイケメンNo.1ですね。
組長役の菅田俊さんも悪役商会が真っ青の雰囲気出してます。
でもアメリカ人スタッフのやる気のなさが伝わってくる様なドラマにも思えました。