この所ずっと、”牛の解体”ブログに押されてまして、この”鏡張りの部屋”シリーズもすっかり影が薄くなりました。東野圭吾にも負けないつもりですが、やはり読者は正直ですな。
さてと前回(その20)では、ホテルの老支配人が刺されるというショッキングな事件が起きました。探偵マーロウは、事件が起きた推定時刻に男(ダーレム)が支配人と一緒にいた事から、第一容疑者として見ると思いきや、彼の目は節穴ではなかった。マーロウにはある程度容疑者の目安はついてたが、推測で動くのを恐れたのだ。
そして男(ダーレム)は、老支配人が命に別状がなかった事と、探偵が自分を疑ってたない事が判り、ホッと胸を撫で下ろした。
男は久しぶりに爆睡したせいか、起きたのは朝の9時過ぎだった。男が住むこのホテルの一室は、窓らしきものはあるが、中庭に面してて外は全く眺める事が出来ない。
お陰でストレスは溜りっ放しだが、信頼おける老支配人といい、優れ者の探偵といい、正直者で働き者の若い女といい、混乱し衰弱し切った一時期に比べれば、満更悪い気はしなくなっていた。
しかし男には、最初は全てが亡霊に思えた。常飲してたマリファナの副作用で幻想や妄想も追い打ちを掛けた。その上、交通事故で頭を強く打ち、脳に大きなダメージを受けた割には、今となっては随分と元気だ。
即死状態とされ、半年近くも昏睡状態だった事を考えると、第一発見者の老支配人や必死で看病してくれたカミーユには、今や頭が下がらない。
家族と自由に連絡が取れないのが、唯一の不満だが。命を狙われてる身からしたら、自業自得であろう。でも中年女のサビオレが再び俺を頼りに訪問してきたら、どう対処しろっていうのか?アイツが本当に支配人を刺したのか?
探偵が仄めかす様に悪い女という訳でもなさそうだし、老支配人もサビオレの事は殆ど口にしなかった。
でもそのサビオレに、支配人は刺された。いや刺されたに違いない。しかし探偵が言う様に、推測で判断するのは、今は危険過ぎる。そうこう思案を巡らす内に目が覚めた。男は朝食を取る為に一階のロビーへ降りていった。
早番の筈のカミーユはいなかった。しかし何だかフロント内がざわついてる。そして空気が一変した。車で誰かが運ばれた気配だ。ホテルの従業員たちが慌てて走り回る。
偶然、カミーユと顔が合った。
何があったんだ?
ここで何してるんだ?
今日は早番じゃなかったのか?
それにこの騒動は?
一体何があったんだ?
カミーユは青褪めてた。
ああよかったわ
レオニーが狙われたのよ
心臓に近い所を刺されてるわ
探偵さんが極秘で動いてくれてて
西海岸の著名な外科医を探し回ってるわ
その間に私達で、何とか命を持たせないと
でも頼みの支配人は
まだ動ける状態じゃないし、
それかと云って
あの中年女は仮病を使い、寝込んでるし、
ダーレムさん、よかったら手伝ってよ
頭の方はもう大丈夫なんでしょ?
ある程度の労働には耐えられるんでしょ?
男は動揺していた。そして心の中で呟いた。
あのレオニーが刺されるとは?
俺と付き合ってたのがバレたのか?
いや俺が生きてるのがバレたのか?
でも何故病院ではなく、このホテルに?
彼女も俺と同じく重大な”情報”を掴んでるのか?
カミーユは叫んだ。男(ダーレム)の手を握って、地下室へ向かった。そこはヒンヤリとした薄暗い大きな部屋の一室だった。
瀕死の重症を負ったレオニーは、殆ど意識もなく、ベッドの上に横たわってた。
傷口を抑えててよ、しっかりとね
出血が激しいから、輸血が必要なの
貴方はO型だったわね?彼女もO型だわ
今から貴方の血液を彼女に移すから
片手は彼女の傷口を抑えて、
もう片方の腕をこちらに差し出してね
女は採血用の太い注射を取り出し、男の右腕の静脈に突き刺した。勢いよく流れ出る真っ赤な血液が白く細長いチューブを通じ、レオニーの身体の中に吸い込まれていく。
まるで男の生命力を、瀕死のレオニーが勢いよく吸い上げていく様な気がした。
男は心の中で叫んだ。
俺は今まで目の前にいる彼女に、
何度も助けられてきた
しかし今度は、俺が彼女を救う番だ
俺の全てを捧げても、彼女を救う番だ
たとえここで俺が死んでも、
彼女の命が助かれば、それはそれで本望だ
俺は一度死んだが、
人は二度とは死なない筈だ
しかし男は、自分の意識が時間と共に薄れていくのが感じ取れた。
レオニーの傷口を抑える手が緩んだ。
しっかりしてよ!
貴方がしっかりしないと
彼女はここで死んじゃうわ!
私の前では、誰も絶対に死なせはしないわ
神に誓ったのよ、永久にね
そう叫びながらもカミーユは、レオニーの傷口の中に指を突っ込み、切れた動脈や静脈の血管を探し出し、次々とクリップで器用に止血していく。
一通りの止血を終えると、別のO型の血液を持つ客から、血液を大急ぎで採取する。ダーレムから注射針を引き抜き、消毒し、もう一人の男の静脈に突き刺した。再び勢いよく新しい血液がレオニーの身体に吸い込まれていく。
2人の男からは、2リッター近くの血液が瀕死のレオニーに送り込まれたろうか。彼女の顔色が少し良くなったみたいだ。カミーユも男もひとまず安堵した。
あとは、お医者さん待ちね
探偵さんが早く連れてくるといいんだけれど
鮮血で手を真っ赤にしたカミーユは、O型の血液を持つ従業員や客を探して回った。全く働き者の女ではある。
男は意識が朦朧とする中、ベッドに横たわるレオニーをじっと見つめてた。麻酔で熟睡してるせいか、安らかに眠ってる様だった。
カミーユが3人目の採血を準備した時に、お腹に包帯を巻いた老支配人がやって来た。
ああ、何とか助かったようじゃの
今さっきマーロウさんから電話があった
あと30分ほどでこちらへ到着すると
サビオレが寝込んでしまってるから
今はカミーユ、お前一人しか
頼れるもんがおらんのじゃ
ダーレムさん、しっかりなされ
もう少しの辛抱じゃ
一段落したカミーユが老支配人に気付いた。少し驚いた様な感じで叫んだ。
大丈夫なの?マティアス
大事をとって、今は安静にすべきよ!
ここは私一人で大丈夫!
怪我人の出る幕じゃないわ
老支配人は少し微笑んだ。
そう言うな、ここで起きる責任は
全てワシにあるんじゃから、
何時までも寝込んでる訳にはいかんのじゃよ
はよ来んかな、あの探偵さん
ダーレムは朦朧とする中、必死でレオニーの傷口を抑えていた。採血は4人を数え、ほぼ一人分の血液が彼女に流し込まれた事になる。
まさに奇跡であった。カミーユがいなかったら、確実にレオニーは死んでた。
もしかしたら、この俺もカミーユが必死で看病したのだろうか。俺はカミーユのお陰で生かされたんだろうか。
ここにきて、マティアス老がカミーユを高く評価し、信頼してるのが理解できた。
そうこう思いを巡らす内に、ようやくマーロウが医師を連れて戻ってきた。
お待たせしました
Dr.ドレフュスさんです
もう心配いりません、
西海岸では彼を知らない人は
いない程の名医です
医者は早速、傷口を確認し、カミーユが必死で食い止めた止血用のクリップを一つ一つ外し、鮮やかな手口で血管を次々と繋ぎ合わせていく。
その芸術的手腕に、周りは呆気にとられた。”まるで、ブラックジャックじゃないか”
30分程が経ったろうか。傷口を縫い合わせると、ドレフュス医師は額の汗を拭った。手術は無事成功したようだ。
その間マーロウは、部屋の外でタバコを燻らせてた。近づいた老支配人に満足そうに声を掛ける。
一時はどうなるかと思いました
絶対に間に合わないとね
でも運が良かった、
ドレフュスさんが往診で近くを回ってた
運良く、偶然顔があって、
すぐさまこちらへ向かわせたんです
ホントにラッキーだった
マティアスさん傷口はどうです?
浅かったとはいえ、
一つ間違ってたら、
今日みたいに大騒ぎでしたよ
今日は運良く名医が
見つかったから事なきを得たんですが
何時もこうだとは限らない
そういう意味では
ダーレムさんも例外じゃない
老支配人は深く頷いた。
そうじゃの、あの男はホント運が良かった
事故った時、私が目の前にいたんだからの
でも、アンタもよく動いてくれた
工事現場用のトラックで
事故った車を素早く運び、
機密漏洩をギリギリの所で防ぎ、
事なきを得たんだからの
あの時もあのカミーユが大奮闘したんじゃ
男の脳に注意深くカテーテルを突き刺し、
脳が死滅するのを
ギリギリの所で防いたんじゃな
あの時もドレフュスみたいな名医だったの
わざわざMRIを運んで、
大騒動じゃった
マーロウも深くため息をついた。そして深くタバコを燻らせる。
全く俺たちはツイてますね
珍しくツイてる
ようこそ、
我がホテルカリフォルニアへ
🎵ここは素敵な場所でしょ🎵
🎵ここは素敵な人達でしょ🎵
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