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「11の国のアメリカ史」その3〜”連合国”アメリカを理解する為に今読むべき本〜

2019年12月29日 05時21分29秒 | 読書

 ”その1”(11/21)と”その2”(12/6)では、アメリカの骨組みである11のネイションと、その格差と影響力や特性について述べました。
 今日は、アメリカ合衆国(ステーツ)という名の、仮面に隠れたアメリカ連合体(ネイションズ)について纏めたいと思います。


”The Divided Nations of America”

 著者のウッダードはこうして、今まで表に現れなかった不可視の”11のネイション”をアメリカ合衆国を理解する為の基本的枠組みとして提供しました。裏を返すと、”州=ステイツ”とはあくまでも、法的建前から生み出されたものにすぎないと。
 アメリカの州は、緯度や経度にそって機械的に州境が決定されている所が多い事からも判る様に、あくまで人間が地図を使い、都合よく合意した塊にすぎない。その見た目の区分に幻惑されてはいけない。

 「11の国のアメリカ史」の原題である”American Nations”(アメリカ連合国)というアメリカの実像は、ネイションの集合体という点では、むしろ諸国の連合であるEUと同じと思った方がよいのかもしれない。
 ウッダードは、ステイト(state)という仮面の下に控えるネイション(nation)を露わにする事で、アメリカを”ステイツの連邦”ではなく、”ネイションズの連合”としての本来の姿に戻したのだ。

 2016年の大統領選以後の状況を踏まえれば、”The United States of America”ではなく、”The Divided Nations of America”こそが、今のアメリカ社会を捉える上での、基本的枠組みに相応しいといえる。
 つまり、50の州が結束した合衆国ではなく、11のネイションズが分離独立した連合国である。

 ウッダードが論じる様に、文化的出自を異にする11のネイションが、北米大陸上に散在し、覇を競っている状態こそが、むしろアメリカ本来の姿である。そして、その本来の姿を何とか押し留めようとした結果が、経度や緯度を使って直線的に、それこそ人為的に境界を定める事で作られた州であった事になる。


”分裂する”アメリカと”分断される”アメリカと

 こうしてネイションの連合体(アメリカ連合国)という姿が露わになると、ウッダード自身も論じてる。
 例えば、アメリカの国家的分裂を危惧したサミュエル•ハンティントン「分裂するアメリカ」(2012)の様な議論も冷静に受け止める事ができる。
 ハンティントンは、9−11の勃発を受け、かつて「文明の衝突」で記した様な、”宗教的”な区分に根ざした文明間の対立がアメリカを舞台に演じられる事を危惧した。そして、アメリカがバルカン化しないよう”アングロ•プロテスタント文化”や、建国以来語られてきた”アメリカ的信条”を再度重視しようと訴えた。

 この2つを文化的な錨とし、アメリカの統合原理として見直し、初期入植者がもたらしたアングロサクソン的な価値を重視しようという言い方をしてる。
 しかし、このハンティントンの立場も実の所は、ヤンキーダム的な価値観を述べているだけで、ウッダードはこの点から、多文化的寛容を劣後させようとするハンティントンの議論を批判する。
 その点では、トランプの大統領選の勝利に大きく貢献したといわれる”オルトライト”の首謀者の一人で、白人優越主義者として知られるリチャード•スペンサーだが。彼が影響を受けた本として、ハンティントンの「分断されるアメリカ」を挙げてる事は、ハンティントンの意図はどうあれ、示唆的とも言える。

 つまりウッダードは、ヤンキーダムの持つ”個人よりも社会に重きを置く”考え方に、疑問を抱いている様に思えるからだ。
 実際にウッダードは、2016年には「American Character」という「American Nations」の続編の様な本を出版しており、その中で”個人の自由””公共善”の対立という観点から、アメリカ史を見直している。
 この2つの軸は、著書の「American Nations」の説明に従えば、”個人の自由”とは主にグレートアパラチアで、”公共善”とは主にヤンキーダムであり、それぞれ重視された信条である。
 簡単にいえば、ウッダードが記した事は、一口に”白人”といっても様々な来歴や背景の人たちが存在する訳で、その違いを理解しないで論じるのは雑にすぎる、という事だ。

 ウッダードは、学者ではなくジャーナリストらしく、連邦や州(ステイト)という公的な視座を一旦解体し、その背後に隠されたネイションを、更にはそのネイションの影響の下で培われてきた、個々のアメリカ人の心性について解きほぐそうとしてる様に見える。
 そうして21世紀の現代において、移民の是非と直結する”アメリカ人とは何か?”という実践的な問いに挑もうとしている。そして、その為の新たな枠組みを取り出そうとしてる様にも思える。


クロエ•キムの物語と新しい移民と

 ”11のネイション”の中には、アジア系ネイションの話はない。同じマイノリティといっても、ヒスパニックの由来がエル•ノルテとして記されているのとは大きく異なる。 

 或いは、アフリカ系アメリカ人たる黒人の由来が、主にディープ•サウスの歴史の中で一種の”ネガ”として記されているのとも違う。
 その限りではアジア系の物語は、相対的にフラットなものといえる。
 かつての黄禍論の様に、あからさまな敵愾心が移民割当や制限として示された時代があったのも事実だが、その様な制約は1965年の移民法の改正で外された。
 ”クロエ•キム”の父の様に、アジアからの移民が増えるのは、この65年の移民法の成立以後の事である。

 因みに、17歳のスノーボーダーであるクロエ•キムは、スノーボード女子ハーフパイプで金メダルを獲得した。開催地が韓国(平昌)であった事もあり、韓国系アメリカ人の2世である彼女の快挙は広く報道された。
 中でも”現代のアメリカンドリーム”として、米議会で熱い賛辞を送ったのがリチャード•ダービン上院議員だ。彼の賞賛の中ではクロエだけでなく、1982年にロサンゼルスに降り立った彼女の父の”移民物語”にも触れられていた。
 僅か数百ドルしか持たず、アメリカにやってきた彼女の父は、厳しい条件の仕事から始めながらも、最終的にエンジニアリングの学位を得て仕事に就いた。その勤勉さが背後にあったからこそ、次代のクロエの成功に繫がり、それは同時に”アメリカ人の誇り”でもある、という物語だ。
 でも、エンジニアの娘がスノーボーダーというのも、アメリカ的で虚しいというか?判断に迷いますな。

 ダービン議員が、キム家のアメリカンドリームを語った背景には、彼が「ドリーム=DREAM(Development,Relief,and Education for AlienMinors)法」という、判断能力を持たない子どもの頃に親に連れられ、”不法入国”した者にもアメリカの永住権を得る機会を与える法案を、2001年から粘り強く提唱してきた人物だからだ。
 トランプ大統領の選挙公約の一つに、不法移民の強制送還があった為、トランプ政権の誕生以後、移民問題はアメリカ世論を二分し、ダービン議員は”ドリーム法”の成立に奔走した。
 彼の目には、クロエ•キムの勝利は彼女一人の成功譚に留まらず、アメリカにおける移民の価値や意義を振り返る為の、格好のきっかけ(ネタ)になると映ったのだ。


新アジア系ネイションとその扱いと

 つまり、白人でも黒人でもヒスパニックでもないアジア系のクロエ•キムの物語は、太平洋を渡ってやってきた移民という意味で、従来とは異なる視座を与えた。
 移民の国アメリカにおいても、”人が容易に国境を移動する時代”の移民とは何か?という問いが突きつけられている。と同時に、このような移民にまつわる議論は、即座に”アメリカとは何か?” ”アメリカ人とはどのような人びとなのか?”という根本的な問いを引き起こす。

 勿論、アジアというのは、日本や中国、韓国といった東アジアだけでなく、東南アジアや南アジア、或いは西アジアを含む広大な地域を指す。そのアジア系は、とりわけシリコンバレーで(例えばスティーブ•ジョブズの実父がシリア系移民であった様に)大きな存在感を示しつつある。
 その意味では、アジア系の様にネイションとして地理的には特定し得ない。しかし、確かに存在する”アメリカ人”を受け止める為の物語が、今新たに求められてはいる。

 その為の第一歩として取り上げられたのが、クロエ•キムの物語だった。尤も、冬季五輪に見られる様に、人が容易に移動する時代にては、そもそもネイションという言葉が従来通りの意味を持ち続ける事ができるのか?という疑問も同時に浮かぶ。
 その意味で2019年の今、ネイションに代わる新しい集合体を枠付ける概念、すなわち名前こそが求められている時なのかもしれない。

 以上、現代ビジネスからでした。


最後に

 以上、3話に分けて長々と紹介しましたが、今や”移民”と言っても、とても一言では言い尽くせない時代です。
 著者のウッダードは、下巻で”アメリカは衰退する帝国の古典的な兆候を示してる”と締め括ってます。
 ”分離国家”としてのアメリカの未来予想図を描いたフィクションは数多くありますが、”11のネイションに分裂するアメリカ”(=The Divided 11’s Nations of America)というのが、この著書の答えなのかも知れません。

 それ以上に、アメリカが分裂するだけでなく、世界を支配し続けてきた”アメリカの富”が分裂する事を願うばかりです。

 民主主義というものは、富の集中や独占や多数決という”足し算の論理”成り立ってます。一方、戦争や強奪やテロといったものは”引き算の論理”です。つまり、算術の一番簡単な論理で、世界は成り立ってます。
 今や金持ち同士が結束し、互いを掛け合せ、より強い存在になり、格差社会が極端になりつつありますが、これは単に”掛け算の論理”ですね。
 一方で、”富の分配”というのは”割り算の論理”です。
 つまり、人類社会が足し算や引き算から掛け算、そして割り算の領域へ拡張する事で、民主主義の本来の姿がだとも思うのですが。
 しかし、我らサピエンス脳は、割り算よりも足し算や掛け算のなどの簡単な演算に特化してる様に思えます。
 そんな単純な思考に特化し続けてきた我らサピエンスは今や、大きく脱皮する機会にある。

 アメリカが”割り算の論理”で分断され、、そしてアメリカの富が分配される時こそが、人類が”割り算の論理”で物事を思考し、民主主義が理想の姿を表す時かもしれません。



4 コメント

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ヤンキーvsボーダーランダー (paulkuroneko)
2019-12-29 13:16:47
の縮図ですね。
個人の自由vs公共善の自由とありますが、
『American Character』をよく読まないと理解できませんか。
でも、イギリス(ヤンキーダム)とアイルランド(大アパラチア)の対立で考えれば理解できなくもないですね。

アメリカの分断と富の分配を繋げるあたりは、さすがだと思います。トランプのお陰で白人同士の対立の縮図が明らかになった事は、ある意味アメリカのアキレス腱を晒しだした格好となりました。
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おとぎの国アメリカ (象が転んだ)
2019-12-29 15:51:08
paulさん
いま「ファンタジーランド」を読んでますが。
アメリカを語る上で色んな視点が必要だと感じてます。
結局、”おとぎの国”アメリカはバラバラに解体され、”現実の国”に戻るんでしょうか。
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アメリカは死なずそして消え去るのみ (#114)
2019-12-29 16:53:41
トルーマンにクビにされた
マッカーサーの最後の言葉に
老兵は死なず、消え去るのみ
というものがある

これをそっくりそのまま
アメリカに返したい
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#114さん (象が転んだ)
2019-12-29 21:24:24
ナイス!ナイス!
老いぼれは死なず、トランプは消え去る
ですかね
コメントどうもです。
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