空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「狐火の家」 貴志祐介 角川文庫

2020-08-26 | 読書

 

「十三番目の人格 ISOLA」「黒い家」で恐怖も極まった気味の悪いホラー作家だと思っていたら、「硝子のハンマー」のコンビで、密度の濃い密室ミステリのシリーズが始まっていた。
「硝子のハンマー」で、活躍した美人弁護士青砥純子(複雑なトリックの前では少し頼りないが天然混じりで憎めないキャラ、だが法律家としては凄腕らしい)と、セキュリティー会社を営む防犯コンサルタントの榎本(天才的な解錠技術を持ち、状況判断観察力共に純子の右腕、裏家業は泥棒かと何度も匂わすがまだそのあたりはモヤッとしたまま)このコンビがとぼけた会話もはさみながら密室の謎を解く。

「硝子のハンマー」で榎本が使うセキュリティー、防犯のノウハウが目からウロコだった。書く前にさぞ勉強されたのだろうと思い、こういう所に、読者は謎解きだけでなく、おまけつきの箱があるようで楽しかった。

もったいないくらいの深さ広さの知識が一作だけではあふれてしまって、このシリーズになり、トリックを一度に出さない短編になったのかと推測して、面白かった。

☆狐火の家
長野県の村外れにある築100年ほどの古民家で一足先に帰宅していた西野直之の長女が、柱に頭を打ち付けて殺される。
犯行前後に、玄関からは誰も出ていないと近くでリンゴの花摘みをしていた主婦がいう。どの部屋もきちんと施錠されていて、開いていたのは一階北の窓でここから出た足跡もない。遺留品もなし。どの部屋も、窓の下にはざっと見たところぬかるんでいるが足跡が残ってない。発見者の父親には当然動機がない。
過去の密室事件のニュースから連絡を受けて、榎本と青砥が現場を調べに行くのだが。
これはすんなりと読み進めない、作者の意気込みというか、短編ながらなぞなぞが何か匂わせながら縺れていて、整理しながら読むのに手間がかかった。
その上、解決した後の古民家臭がいつまでも鼻に残っているようで、すっきり感も重かった。

☆黒い牙
蜘蛛をペットにしている二人の男のうちの一人、桑島が毒蜘蛛に刺されて死ぬ。桑島はアパートの一室を借りて大型の毒蜘蛛を飼っていた。
友人古溝は「桑島が死んだら譲ってもらう約束だった」という。
しかしペットの相続権は妻にある。古溝は蜘蛛嫌いの妻が餌をやらず虐待して殺してしまわないかと心配している。
できる純子は考える、蜘蛛は愛護動物には当たらない、そこから法的に妻は責められない。依頼人の常軌を逸したペット愛と利益のために巻き込まれる、おぞましくもどこか奇妙な事件。
蜘蛛の描写が生々しく、虫好きでもここまではという気持ちの悪い話。

☆盤端の迷宮。
プロの棋士竹脇がホテルの部屋で背中を刺されて殺された。ホテルのドアには内側からチェーンがかかっていた。密室殺人事件だ。
ドアはチェーンの長さ10センチほどは開く、入り口で死んでいる被害者を押しのけた形で。
これでは隙間から刺すとしても狭いのではないか。
竹脇は竜王に、誰も思いつかないような妙手を打って勝ち、話題になったことがある。
竹脇には深い付き合いの元女流棋士がいた。
アンチだとうそぶいていた竹脇だが最近になって携帯電話を持っていた。
榎本は部屋にあったマグネット将棋盤の手を覚えていた。
最近は「電脳将棋・ゼロ」というソフトが人気である。それにはプロ棋士でも苦戦して負けることがあるという。
誰が内側からチェーンを掛けたのか。
登場人物それぞれがたてる仮説や、手がかりになりそうな、携帯電話やパソコンの登場が現代を反映している。
解決の手並みの鮮やかさや、そこまでの棋士たちの動きが謎解きに繋がるストーリーの面白さはこの中では秀逸。

☆犬のみぞ知る
次のシリーズ「鍵のかかった部屋」も短編集だが。最後の作品は著者もいう意図したバカミスというものらしい。面白く怖く手ごわい貴志さんの中で、一息入れる、馬鹿馬鹿しく可笑しな話が展開する。
一応出入りの不可能らしい場所での殺人事件が起きるが、これも榎本が来れば簡単にけりが付く。

先に「鍵のかかった部屋」を読んだ時、この先に何かあったらしいと気が付いた。シリーズか。この同じ舞台で既に解決されている殺人事件が起きたらしい。
そして読んだのがこれの前に出ていた二作目で、ウイットとユーモアという手あかのついた言葉を使うと、貴志さんの頭にはこういうサービスもあるのかと可笑しかった。
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許されようとは思いません」 芦沢央 新潮社

2020-08-07 | 読書

エンタメ上等、ミステリOK、疲れ気味の読書には最適。読みやすく適度に刺激的なトリック、日常の謎。時に感動し、時に身軽になり、優しくなる。
熱が冷めるかな、読み切れるかな、無駄になるかもと思いながらネットでのお勧めを参考にして買ってきてまた積んでみた。頑張って隙間時間にまず一冊。

守りたかった、たとえ何を犠牲にしても

帯には煽られがちで、いささか要注意だと思うことが多いが、これは短編5編をうまく総括している。

☆許されようとは思いません
ストーリーを読み解くつもりで作者の罠にはまる。
人の心は、ついついありそうなものに当てはめて、特殊な犯罪・事件という事実を外に置いてしまう。

まだ村の内外という意識で結びついていた時代によそ者は暮らし辛かった。
今でも残っていそうな「村八分」という因習が、さらに罪を犯せば「村十分」になるという古い習いがあった村が舞台。

十八年後、村で事件を知る人もほとんどいなくなった祖母の年回忌明け、納骨のために母の故郷を訪れた。

18年間母が守ってきた遺骨を息子(諒一)が祖母の生まれた村に埋葬するために訪れる。東北の山奥の寂しい村が、幼い頃母と訪れたことがある祖母が住んでいたところだった。
初めて同行した水絵にいきさつを話す。長い付き合いだったがなかなか結婚に踏み切れないでいたが。


祖母は認知症の曾祖父を殺していた。村の縁談を断ってよその村に嫁に行き婿を連れて帰ってきていた。
年老いた曾祖父は何度止めても大切な水の管理の邪魔をしてきた。
一人娘の母を育てあげたあと認知症の曾祖父のせいで「村八分」になり、ごみを捨てるために遠くまでリヤカーを曳き、食料を買い求めてきた。

肺がん末期の曾祖父をなぜ殺したのか。自分も癌に侵され死期が近いことは知っていたらしい。裁判で、母は犯行について思い浮かぶ様々な疑問を訴えた。しかし祖母は自分が殺したと自供した。
「私は自分の意思で殺しました。許されようとは思っていません」
裁判では情状が酌量され五年の実刑になったが、出所することもなく祖母は死んだ。祖母の骨を墓に入れ、その後遺品の整理に帰郷した母は、骨壺が道祖神のある村の境から外に放り出されているのを見つけた。


話を聞いた水絵は、この打ち明け話で、身内が気付かない祖母の深い思いがあるのではないかと思う。
もしそうなら。
「終わりがねぇものおっかねぇよなぁ」
 なんの話をしていた時の言葉だったか。―――そうだ、野路家の葬式の話を聞いた幼い私が、死ぬのが怖いと泣いていたときだったはずだ。大丈夫、死んだ後のことなんか考えても仕方ないと言ってくれるだろうと思ったのに、祖母は『おっかねぇよなぁ』と口にした。
「終わりがあるとわがっていれば、人間、大抵のことには耐えられるもんなんだけどねぇ」


水絵の推理から諒一は気付かなかった祖母の心境に、思い当たる気がした。


古いしきたりは人を縛る。一昔前の話だと思えるところもあるが、同じ墓に入るとしても嫁や入り婿はいつまでもよそ者だ。よく似た境遇の一家が起こした悲劇を盛り込みながら、風土や国民性からの独特の死生観が理解できるような面白い作品だった。

☆目撃者はいなかった
自分のミスを隠蔽するためにアリバイ作りをした男が、間の悪いことにその時間に車の事故現場に居合わす。

☆ありがとう、ばぁば
ステージ婆の自己満足に子役で成功しそうな孫、という登場人物が二人。皮肉な幕切れが読みどころ。

☆姉のように
子育ての苦労をこれでもかと語る妹。育児ノイローゼはこういう所からも生まれるのか。悲劇。
歪んだ姉と妹の話だが、あッと驚くほどでもない。

☆絵の中の男
芥川張りの「地獄変」
設定に凝ってはいるが、お得意の締めの部分をひねってほしかった。
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