新潮文庫のフェアに乗っかって在庫整理をしている。 瀬尾さんの「卵の緒」を買って来た。買って増やしたら在庫整理といえなくなっているけれど。リストには100冊もあるんだから在庫がなくても当然、と気持ちを勝手に整理する。
好きで読んでいるミステリは、日ごろは見せたくない苦い心理をさらけ出すような生々しさがあって、尖った気持ちがより尖って、毒をもって制すのかと思わせる。小説の中の安心圏はどこか遠くの星にあるというあらかじめのお約束で距離感をもって読むところが面白い。
でもときどきこういう本を読むと、いやいや近場で、ついそこという所には、少しは波風が立っても、特に目立つこともなくほのぼのとした家庭が多いのかもしれないという、尖った気持ちが丸くなるような気分になる。
こんな時に見つけて読んでみると、北村薫さんの「月の砂漠をさばさばと」や西加奈子さんの「円卓」「きりこについて」を思い出すような、周りにいるお母さんや大人たちの、子供との触れ合いが何か賢く暖かい作品だ。
「卵の緒」秀逸。
僕は捨て子だ、根拠もある。おじいちゃんとおばあちゃんに訊くと、ぎょっとした顔をした。こんな時は動揺などしないで切り返してほしかった。 お母さんなどはもっと始末に悪い。食べ物だって「え~これ嫌いだったっけ」などといまさら言う。 捨て子扱いに慣れているのだ。
先生は「お母さんとつながっていた証拠の<へその緒>がある」という。 そこで聞いてみるとおかあさんは「学校ってろくなこと教えないのね」
粘るとこの間貰った紅白饅頭の箱に似たものを持ってきた。中から出てきたのは「卵の殻」だった。 「育生は卵で産んだからね」とけろりとしていった。この宇宙へも行く時代に!「これが証しだよ」「そんなこと言って僕が捨て子だからなんでしょう」「証しは目に見えないんだよ、特別に見せてあげる」お母さんは僕を力いっぱい抱きしめた。「見えたでしょう証し」「見えない痛かっただけだ」 疑惑は消えなかったがこのお母さんなら卵も産むでしょう、と一旦考えるのをやめた。考えると髪が抜けるとお母さんが言うから。
お母さんは料理が上手い、同僚でお気に入りの朝ちゃんを何度かご飯によんだりしていたが結婚するという。朝ちゃんはいい人だ。 お腹が大きくなってきたとき「今度は卵では産まない」と言ってから、特別に打ち明け話をしてくれた。
大学時代無我夢中で好きになった教授がなくなった時小さな男の子がいた。その子を連れてきてしまった。周囲の反対を押し切ってね。と打ち明け話をした。 僕は驚かなかった。ただ泣いた。わかったって頷いた。
朝ちゃんと子育ての練習をしながら待っていると女の子が生まれた。朝ちゃんと二人で勝手に男の子だと決めて名前を付けた。その「育太郎」を待っていたのに、育子がきた。かわいい。
7’s blood もまたいい。
七子と七生。 七生はお父さんの愛人の子だ。七生のお母さんが障害事件で刑務所に入ったし、お父さんはいない。 お母さんは「七生の周りでは私が一番まともだったから」引き取ったという。 母さんは二度あっただけで「結構可愛いよあんたに似てるしね」とさっさと段取りをしてしまったらしい。七生は素直で卑屈さも全くないいい子だった。 お母さんが入院した時など家事はいそいそと七生がした。
七生は6年生、七子は高校で受験生。いい奴だけれど少々ガサツな同級生と付き合っている。 朝はいつも七生が起こしてくれる。
「ねぇ~ななちゃん起きてよ遅刻するよ」 お母さんが入院しても七生がいるので暮らしていける。 七生はクラスにお母さんが刑務所にいることを言ったので七子は先生に呼ばれたりするが、七生はあくまでも無邪気で気にしてない風。
七子の母が亡くなった。七生には親戚の心ない言葉が耳に入っただろう。気にした様子はなかったが微笑みかけてみるとわずかにほっとした顔をした。
七生と夜の散歩をした。 七生のお母さんが二日後に出所してくる。七生は帰り支度をした。 七子は七生の髪を切ってやった。七生も七子の髪を切ってくれた。6年生にもなって七生だけいまだにくたびれたランドセルをしょっていた。
帰りは七子が買った新しいリュックをしょって駅に歩いて行った。七生の家は案外近い、「いつでも会えるね」といった。
新しい記憶が生まれその中には七生が言った血の繋がりもあるようだ。
事件とか事故とか大きな不幸に会うような小説を好んで読んでいると、テーマには憎しみはあっても普通の人との結びつきや家族の暖かさが少ない。 こういったいい話は当然読むべきなのに、求めてまで読んでいない。どこまでわがままに暮らしているのだろうと読後にはちょっと心境が変わる。 優しい言葉で日々の出来事を書いているが、ほんのちょっとイタイところがいい。
まいこさん永久保存版。