転勤先の岩手に住んでいた頃、山に行くと懐かしいいろいろな花に出会えました。
枯れた野原でこの花を見つけた時その話をすると「おきなぐさ」は「うずのしゅげ」と呼ばれていると教えてもらいました。
「うず」は「おじいさん」。「しゅげ」は「ひげ」という意味だそうです。
たまたま車で通りかかった道なのですが、岩手のどこかの山ではまだこの花が咲いているかもしれません。今はどうなっているだろうと時々思い出していました。
子供の頃歩いた故郷の野山はすっかり変わってもう見ることはできません。
偶然通りかかった花屋さんで見つけたオキナグサは記憶の花と同じ形をしていますが、色が薄くたぶん園芸種なのだと思います。それでも買ってきて植えてみました、元気に育って咲きました。次は「髭」を見ようと楽しみにしています。
挿絵が美しい宮沢賢治の絵本を図書館で見つけました。
「宮沢賢治コレクション4 雁の童子」が底本になっています。
☆☆☆
私は去年の丁度今ごろの風のすきとおったある日のひるまを思い出します。
それは小岩井農場の南、
あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれの西がわでした。
この花は黒繻子ででもこしらえた変わり型のコップのように見えますが
蟻にたずねます
うずのしゅげはすきかい
大好きです
あの花は真っ黒だよ
いいえ黒く見えるときもそれはあります
けれどもまるで燃えあがって真赤な時もあります。
いいえ、お日さまの光の降る時なら
誰にだってまっ赤に見えるだろうと思います
蟻はそして花の全身を覆っている柔らかい銀の糸のことも話します
山男も、空高く舞うひばりも、この花が大好きでした。
花が終わり長いひげが旅立つ時が来ました。
綺麗なすきとおった風がやって参りました。
まず向こうのポプラをひるがえし
青の燕麦に波をたててそれから丘に登って来ました。
うずのしゅげは光ってまるで踊るように
ふらふらして叫びました
「さようなら、ひばりさん、さようなら、みなさん
お日さん、ありがとうございました」
そして丁度星が砕けて散るときのように体がばらばらになって
一本ずつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のように北の方へ飛んでいきました。
☆☆☆
これは抜き書きですが
賢治のたくさんの話の風景の中に「おきなぐさ」も咲いていて、こんな美しい言葉になっているのが嬉しくて何度も読み返しました。