摩耶さんの本が面白かったので、初めてメルカトルという探偵物を読んだ。
本格ミステリといわれている作品は、少し噛み応えのある硬い印象がある。
一般のミステリは結末が明かされていく開放感は謎解きが探偵でなくてもいい、登場人物たちの関係を解いて行くと、次第に謎が解けるといった作者の意図で解決することもある。
メルカトルという探偵は、天性のひらめきと判断力、事と事を結びつける、特殊なニューロンのような物質を持っている。
ということは探偵になるしかない人物のようで、そのいやみで高飛車で歯に衣着せない物言いといい、不可解な謎にでも出会わなければ逢いたくないという、実に可愛げがない人物に仕立てられている。
人間離れした趣味嗜好の持ち主だが、慣れれば、というか興に乗ればそれが病みつきになる魅力になりそうな気もする。
ワトソン役は憎めない人柄で即座のひらめきはないが、人柄としては普通人に近い。
この5編の短編集は、面白い仕掛けがさすがに理系工学部出身の作家だと再認識した。
「死人を起こす」
高校生たち6人が山中の別荘(カレー荘)で一夜を明かす。左右を線路に挟まれ、一階はレンガの壁の洋風建築で二階が純和風の木造建築という風変わりな建物だった。部屋には入り口の引き戸の内外に襖絵のような日本画が描かれていた。
二階に寝ていた一人が窓の下で死んでいた。それから一年後、メルカトルが呼ばれ死因を解明することになる。当時の状況は何かスッキリしない思いが残っていた。そしてまた一人が死んだ。自殺か他殺か、他殺なら誰が殺したか。部屋の配置、両脇にある線路を通過する列車の時間、探偵は短時間で結果を出した。
「九州旅行」
美袋のマンショの端の部屋でメルカトルが「血のにおいがする」といった。中で男が死んでいた。
死んだ男はキャップの閉まったマジックペンを持っていた。凶器らしいガラスの灰皿、宅配の不在通知、見つけた小物から様々に推理をめぐらす。美袋は予定の原稿が早く上がったので九州旅行を計画していた。解決が長引けば時間がなくなる。メルカトルは推理を提供して話のネタにするように言う。そして意外な結末が訪れる。
「収束」
島の宗教施設を訪れた二人は、台風に閉じ込められる。中庭で宗主と呼ばれる指導者が死んでいた。教会にはカテジナ書という幻の書物があった。目を通すと人神になって甦ると言う。
信者たちには様々な過去があり、島に來てからも複雑な人間関係があった。メルカトルは犯人の心理をシミュレートしながら推理する。
「答えのない絵本」
アニメやギャルゲーオタクで注意を受けていた、物理教師が理科の準備室で死んでいた。死亡時間に周りの4教室にいた生徒は20人。学校内部で処理するためにメルカトルが依頼を受ける。物理教師に来客があり、死亡時間の前後10分おきに呼び出しの校内放送が4回流れている。それを手がかりに生徒の行動を調べ、一人ずつ消去していく。
「密室荘」
二人は信州のメルカトルの別荘に来ていた。メルカトルは朝からセメントが届くといって待っている。訳を聞くと台所の床を上げて、地下室に入っていった。そこに男が首をしめられて死んでいた。
窓は全部鍵がかかり密室状態だった。
犯人は君か?僕か?
「密室には死体という不条理が存在する。この不条理を解決しない限り私か君かどちらかが犯人であると言うジレンマがつきまとう」
「不条理の根源は地下室の身元不明の男の死体だよ」
思いがけない、実に意外な方法でメルカトルはこれを解決する。
面白かった。こういうスタイルだってありなのだ。メルカトルの一見奇矯な人柄も、ある意味愛すべきではないかと思えてくる。
犯人はこの中にいない、ということは外の人々全てが被疑者ということもある。
メモしながら読むしかないという事件相手に、勘の鈍い読者(私)はメルカトル(作者)に頼るしかないと言うのも我ながら潔い感じで、その上事件が起きる環境の描写も何かありそうで、依頼されてメルカトルが来るまで、お決まりの事件はいつ起きるのか引っ張られ具合もいい。
だが一番の読みどころは、犯人探しではないという、いや、それはそうなのだが、最終でメルが下す結論の、珍しいアイデアに負けてしまうことだ。
「収束」は読みはじめから引き込まれ、その構想はどういうことかと二度読みしてしまった。
最後の「密室荘」でこの短編集のアイデアの意味を知ることが出来た。